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日本国憲法改正提案Ⅱ


―正しい日本語にしょう!―

意見の一つとして

提案Ⅰでは、改正というよりは、訂正の提案を皆さんにした。さていよいよ、本格的なリメイクプランについての検討をしようと思う。憲法改正には様々な意見がある。僕がこれから申し上げるものその意見のうちの一つだ。もしかすると皆さんのご意見とは違う意見を申し上げるかもしれない。しかしそれも意見の一つとして読んで頂きたいと思う。

ノーマ・ジーン・ベイカー

前文の検討

提案はそれぞれの章にある。優先順位をつけられないので、前文からはじめたいと思う。前稿でも前文について2か所指摘を致した。一つは公正と信義に信頼してと、この憲法を確定する。という2か所だ。文章の読みづらさもあるが、それはとりあえず脇に置くことにする。

日本国憲法
前文
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

前文については様々な賛否両論がある。それら、すべてを検討していては膨大な字数になるので、まず前文への僕なりの感想を述べようと思う。

そもそも日本国憲法は大日本国憲法の改正手続きによって、昭和21年11月3日に公布され、昭和22年5月3日に施行されました。敗戦が昭和20年9月2日だから、わずか1年と3カ月後には憲法を改正して、公布されたことになる。

敗戦、占領を経て再独立した日が昭和27年4月28日だから、占領下で憲法の改正が行われたことになる。皆さん、またまた質問!、日本国憲法は大日本国憲法のどこをどのように改正したのだろうか?

答えは、一言一句残らず改正した。(驚き)僕はシステムエンジニアだが、システムの改正、つまり更新(アップデート)は現行システムを改良するもしくは不具合を修正することをいう。システムをすべてかえることは、新システムへの移行という。

話がそれたので元に戻すが、憲法改正は占領下で行われたことは事実だ。そのことが無効論の一つの根拠になっている。そしてその改正にはある方針があった。それがマッカーサー3原則で、これは重要なので原文を提示する。

The Emperor is at the head of the State.
His succession is dynastic.
His duties and powers will be exercised in accordance with the Constitution and responsible to the basic will of the people as provided therein.
War as a sovereign right of the nation is abolished.
Japan renounces it as an instrumentality for settling its disputes and even for preserving its own security.
It relies upon the higher ideals which are now stirring the world for its defense and its protection.
No Japanese army, navy, or air force will ever be authorized and no rights of belligerency will ever be conferred upon any Japanese force.
The feudal system of Japan will cease.
No rights of peerage except those of the Imperial Family will extend beyond the limits of those now existent.
No patent of nobility will from this time forth embody within itself any national or civic power of government.
Pattern budget after British system.

要約します。Ⅰは天皇元首の原則、Ⅱは戦争放棄、戦力不保持の原則、Ⅲは封建制度廃止の原則です。

昭和21年2月3日、マッカーサーはこのメモをホイットニーGHQ民政局長に示し、翌日には民政局内に憲法改正の作業班が設置された。日本国憲法はこの3原則をもとにGHQが原案を起草した。この間GHQは日本国政府にも憲法改正の政府案提出を求め、2月8日憲法問題調査委員会の松本烝治委員長が、「憲法改正要綱」「憲法改正案ノ大要ノ説明」等をGHQに提出致した。

そして2月13日、外務大臣官邸において、ホイットニーから松本国務大臣、吉田茂外務大臣らに対し、さきに提出された要綱を拒否することが伝えられ、その場で、GHQ草案が手交された。その後、日本国政府はGHQと折衝を重ね3月6日に「憲法改正草案要綱」を発表しする。

当時吉田首相の下でGHQとの折衝をしていた白洲次郎氏は、残しておくと迷惑になるといって関連資料をすべて焼却したのだが、ただ一つこの「憲法改正草案要綱」だけが金庫の中にしまってあったという。そして「敗戦最露出の憲法案は生る。今に見ていろという気持ち抑えきれずひそかに涙す」と書き残している。

衆議院、貴族院、枢密院の審議を経て、11月3日には日本国憲法として公布、翌年の5月3日に施行される。前稿で日本国憲法に英語の原文があるのがこれでお分かりいただけたと思う。でも疑問が残らないだろうか?

2月4日から起草をはじめて2月13日には草案を吉田外相に手交している。いくら民生局に法律家がいたとしても、一国の憲法をわずか9日間でつくるのは無理でしょう、という疑問だ。実は日本国憲法に原文があるようにGHQ草案にも参考にした原案があった。それが昭和20年12月26日に発表された 日本の学者でつくる、憲法研究会の「憲法草案要綱」だ。

民政局ではラウエルを中心に、大日本国憲法の研究をしてた。ラウエルは改正憲法に含まれる諸規定の提案を「日本の憲法についての準備的研究と提案のレポート」 1945年12月6日に、また「憲法草案要綱」に関する強い関心と高い評価を「私的グループによる憲法改正草案(憲法研究会案)に対する所見」 1946年1月11日で報告している。

このレポートにより憲法草案要綱の日本国憲法への強い影響が確認されている。このことは憲法無効論の一つの根拠、現行憲法には日本国民の意思が反映されていない、への護憲派の反論の根拠になっている。

さて前文についての私の感想を述べるために、ここまで長々と日本国憲法の改正過程をそれでもザクッと概観した。今まで検討してないが、念のため憲法とは何かを簡単に説明しておこう。

憲法とは、自由の基礎法であり、制限規範であり、最高法規です。―芦部憲法

つまり、国民が政府を組織するにあたり、国民に対して人権を脅かすことのないよう、人権規範に奉仕するように国家機関を制限するとともに、その人権を制限するいかなる法律も無効である、ということだ。

以上をふまえまして、今一度前文を確認しよう。

前文はその後の条文を構成する内容の目的や精神、憲法制定の意思を述べる文章だ。そしてその目的がマッカーサー3原則だ。前文の前段で、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」は意思表示であるとともに、3原則のⅡとⅢを意識した文章だ。

後段の「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」も原則のⅡを意識して、9条への根拠になっている。

GHQが参考にした憲法草案要綱には日本国憲法第9条のような安全保障に関する条項が存在していない。ということは前文の「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」や「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」などは日本国民の意思ではなく、マッカーサーもしくは連合国側の要求とはいえないでだろうか。

よって前文は以下ように改正したいと思う。

改正のご提案

前文 我々日本国民は、天皇を元首とする政府を組織し、国民主権と自由、平等の原則を実現するのため、この憲法を制定する。

どうでしょう?ずいぶんシンプルになった。でもこれでは少し護憲派のご批判がありそうだ。護憲派は、ご自分のご先祖や先輩を戦争犯罪者にしたいので、日本が、―当時の指導者たち、戦争して申し訳ございません、2度と戦争は致しません、武力も放棄します、という文言がないと心配な方が他なので、少し追記しよう。

(改正案)
前文
我々日本国民は、天皇を元首とする政府を組織し、国民主権と自由、平等の原則を実現するのため、この憲法を制定する。 我々日本国民は、再び戦争の惨禍が起ることのないよう、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求する。よって国際紛争を解決する手段としての、武力による威嚇又は武力の行使は永久に放棄する。

どうだろう?少しは反省の念が感じ取れるようになっただろうか?では、そういう護憲派が崇拝してやまない、フランス革命の国、フランス共和国憲法を少し覗いてみよう。

フランス(1958年憲法)
前文
 フランス人民は、1789年宣言により規定され、1946年憲法前文により確認かつ補完された人の諸権利と国民主権の諸原理に対する至誠、および、2004年環境憲章により規定された権利と義務に対する至誠を厳粛に宣言する。

 これらの原理および諸人民の自由な決定の原理の名において、共和国は、加盟意思を表明する海外諸領に対し、自由・平等・友愛の共通理念に基礎づけられ、諸領の民主的発展をめざして構想されたところの新制度を提供する。

フランスも革命後、ナポレオン帝政のころは、今のドイツ地域 ―プロイセンなど、やスペイン、さらにロシアまで進攻戦争―Aggressive war,War of aggressionこの英語を覚えてほしい、を行って、ヨーロッパ中を戦火に巻き込んだが、その謝罪の言葉はない。アフリカにもずいぶん植民地を持っていたが、それらの国に謝罪の言葉もない。―ワールドカップでフランス語を話すアフリカの代表って結構ありますよね、あれはすべて旧植民地だ。

フランスはそれまでのブルボン王朝を革命で倒したので、統治の連続性がない。その連続性を正統性と呼ぶ。だから、フランス憲法には1789年以前の記述は必要ない。1789年に民主政体が旧政体を倒して、新しい国家が誕生したということだ。―私たちはベルばら世代なので、革命政府には敵意がある」。とくにロベスピエールには…。

新日本国の憲法前文にも統治機構の歴史を少しだけ書き込んで、よって憲法を制定したと宣言したいと思う。何を書くかは、以下だ。

①日本の肇国とその理念
②近代国家としてのスタート、つまり明治維新が自発的であったこと。
③国際社会へ、自由と平等、差別撤廃の訴えとそれによる先進国との対立
④開戦と終戦理由
⑤新しいスタートとその目的、御誓文の実現

以上をふまえて前文をこのように提案する。

(改正案)
前文
気の遠くなるような昔、啓示によって天皇は、日本国を敬愛、孝行、愛和、信頼、謙遜、博愛、向学、勤勉、貢献、遵法、勇気、奉公、その他の仁徳によって統治する平和国家を肇国した。

誓文が渙発され、日本国は東亜で最初に、議会を発足させ、憲法を制定した。経済を発展させ、国際的な地位も向上した。肇国の理念の実現のため国際社会に対して人種平等の提案をしたが、その提案は時期早々と却下され、国際社会と不協和となった。不協和は対立を生み、戦争となり、その惨禍は、無辜を殺傷し、国土が焦土と化した。

我々日本国民は、再び戦争の惨禍が起ることのないよう、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求する。よって国際紛争を解決する手段としての、武力による威嚇又は武力の行使は永久に放棄する。

旧来の悪習を捨て、誓文実現のため、国民一致団結して、平和主義に徹するとともに、教養豊かに文化を築き、経済を発展させ、もって国民生活の向上を図れるように新しい日本国建設を決意する。そして、天皇を元首とする民主政府を組織し、国民主権と自由、平等の原則を実現するため、この憲法を制定する。

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II War as a sovereign right of the nation is abolished. Japan renounces it as an instrumentality for settling its disputes and even for preserving its own security. It relies upon the higher ideals which are now stirring the world for its defense and its protection.

No Japanese Army, Navy, or Air Force will ever be authorized and no rights of belligerency will ever be conferred upon any Japanese force.

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近代思想において国家は、たとえ国民がひとりでも、国民意志があれば形成することができるとされる。しかしそれは利己的な個人意志ではない。五箇条の御誓文で公論と示された、意志を国民主権では民意というのであって、それがなければ近代国家は存在しないのである。さらにその意志は個々人の中にある不条理で熱い志であり、それを顕現しあるいは不当な隷属の強要から擁護されなければならないと考えている。

そして近代における憲法はその国家を統治する権力を制限するために制定するものであり、国民から政治権力への手紙であり、もっと強く表現すれば命令書として機能するのもである。よって国民が必ずしも従うべきものではないという性質のものである。
統治体というのは国際的には近代国民国家が国際関係を維持するため、またはその関係が破綻した場合に起きる紛争を解決したり、戦争を遂行し条約を締結するための代表府である。同時に国内においては共同体秩序を維持発展させるために制度や法律を制定する立法府、制定された法律をもとにそれを執行する行政府、そして行政が正しい手続きで行われているかを監視したりあるいは手続きの瑕疵を判断する裁判所などの組織のことである。

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アメリカ合衆国憲法(日本語訳)
前文
われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここにアメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。The Constitution o…

国際関係論で論じられる理想主義

―リベラリズムー 誤解されるリベラリズム リベラリズムほど解釈が多様にある言葉はないと思う。日本語では自由主義と訳される場合が多いのだが、昨今では自由主義とリベラリズムは対立する政治姿勢ともいえる。よって自由主義をリバタリアニズムと呼ぶのが一般的になりつつある。本稿の場合はリベラリズムを社会自由主義的な用法、ようするに国際関係論で論じられる理想主義として論じることにする。




20世紀の戦争 20世紀は戦争の世紀と呼ばれるように産業革命による技術革新が戦争を巨大化、無慈悲化させた。世界は巨大化・無慈悲化する戦争に対して、一定の規則を締結したが、その後に勃発した第一次世界大戦は大規模かつ無慈悲な消耗戦によりヨーロッパ社会に大きな衝撃を残した。

第一次世界大戦の塹壕戦や化学兵器の使用は、ただ敵を消耗させるための戦略で、それまでの戦争とは様相が大きく変化した。戦争は国家が軍に命令して、軍が名誉をかけて行う営みから、国家国民全体で行う営み全体戦争つまり総力戦へと変容した。

パリ不戦条約(戦争抛棄ニ関スル条約)は大戦のような悲惨な戦闘を二度と繰り返さないために交戦国、非交戦国も含めて63カ国が署名した。目的は戦争の違法化、特に侵攻戦争の違法化を目指したが、最終的には侵攻戦争を非難するにとどまった。




貧困が戦争を起こす もし社会が現状で固定されるとしたら、現在比較的幸福な人はいいが、もし不幸な人はどうだろうか。それはその人の希望を奪い去ることになる。国家同士の戦争もある一面では現状に満足できない国家と、それを阻止しようとする国家の営みといえる。

第一次大戦後ヨーロッパの比較的裕福な人々の間で戦争が二度と起こらないように、家族友人の死、あるいは戦争による破産などの不幸をなくすには、どうしたら良いか考えられたのは自然なことだ。そして彼らは結論した。「貧困が戦争を起こす」。

大戦中ロシアでは革命が起こりソ連邦が誕生する。国民(ソ連に国民がいたかは定かでないが)に貧困のない平等な生活を提供する統治体の出現に、ヨーロッパのエシュタブリッシュメントは期待と不安の眼差しを向ける。

リベラリズムの誕生 フランス革命の惨劇を経験しているヨーロッパの裕福な人達は、現状を維持しながら戦争を防止する政治体制の確立を急いだ。そのような背景でリベラリズム理論が誕生することになる。その理論は金持ちはそのまま…

日本国憲法改正提案Ⅳ

―戦争って放棄すればなくなる?― 天声人語の強制は憲法違反 そのⅢまで如何だろう? 僕が受験生のころ、―昭和56〜57年、先生が「朝日新聞の天声人語を読んでおけ、必ず試験に出るからな。」これってすごいね。この次の稿では、権利について検討するが、この発言は明らかな権利侵害だ。ある特定の新聞のある特定の筆者が書いた私見を、そのまま疑いもしないで試験では正解として書け!ということなわけだから。当時は朝日新聞に書いてあることが、受験に出題される「正解」だったのだ。

自衛隊を否定すれば卒業! ある先生に、昭和40年代から50年代まで、大学の卒論で自衛隊の悪口を書けば、評価されたと来たことがある。もちろん、すべてではないだろうが、時代の雰囲気はそんな感じだったのだろう。受験生の僕のために、朝日新聞を購読していた、母親も見事に影響を受けて、いまでもそれは変わってない。

僕は、それはそれで仕方のないことだと思う。物事の良い悪いは、自らの経験や信仰、影響を受けた人や情報で判断する。ただ、事実や法律的な合法違法はあきらかなので、―これは司法の稿で説明するが、事実に基づく判断、法律に基づく判断は、国民として身につける必要はあるだろう。


なぜ男はだめなのか? 出来れば女性に読んでもらいたい。それは、―あくまでも僕、個人の経験だが、男はどうしょうもないから生きんのだと思う。男性全員が、そうだとはいわないが、―あくまでも、僕レベルの男性は、政治に興味がない。興味の方向はの女性だけに向いている。

何をするにも基準は「女性にもてたい」か「格好良いと思われたい」くらいだろう。音楽をやるのも、スポーツをやるもの仕事で出世するもの、究極の目的はそれ以外にない。天下りを斡旋して首になったどこかの省の次官が、次官になっても、キャバクラの特定の女性に入れあげたなんてのもそう、先生に反抗するのも究極、それしかない。だから男に憲法が…、と話してもなかなか興味はひかないと思う。

そういう僕も、Anarchy in the UK ―ちなみのコックニーではナナキーと発音します、を歌ったり、スターリンというバンドが好きだったりしましたので、あまり人のこといえないが…。若いうちと現在の考え方は変わって当然です。ですから今、こんな考え方もあるんだぁ〜、程度に読んでもらいたい。

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年次改革要望書

サイトで偶然みつけた原文の、いわゆる「年次改革要望書」だが、TPPと比較してみても面白い。アメリカの戦略なのか執念なのか、はたまた信仰なのか、1994年からもう20年くらいやってる市場開放交渉だ。我国政府も辛抱強くそれに対応していることがわかる。

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―言葉による混乱― 家族、社会、国 国家は、ヘーゲルの分類のよれば、家族や会社から構成される社会とは区別され、ウエーバーは正統性がある継承によって形成された一定の領域を暴力に関する権威・権限を行使する単独の主体(国家)と定義している。国家とは政府組織であり社会とは区別される。State の訳語として国家があてられているように、国家とは政府、議会、警察、官僚、裁判所などの機関を有する統治権力のことを指す。


国民、国家 人間は子孫を残すため家族をなし生活する。そのような家族が一定の習慣や宗教によってある領域内で集団となったものが共同体だ。そして多少の習慣や宗教的違いを包括した地域を「国」と呼ぶ。「国」の住人が「民族」であり、近代はこの集団=民族を統治する権力が組織され「国家」と呼んだわけだ。そして、民族は「国民」となったのである。日本語に State と Country や Nation を区別する言葉なないのは、憲法議論などを混乱させている要因の一つだろう。



領域、人民、権力 国際法で定義されている「国家」もその地域を統治する政治組織のことを指す。つまり内外に干渉されず国民を正統性のある統治機構のことを国家という。国際法では、領域、人民、権力の三要素が承認の条件ともなる。
ある程度以上確定された一定の領土を持つこと。国民が存在すること。統治機構を持ち実効的支配をしていること。 このように国家は強大な権力を有していなければならない。つまり外に対しては自衛力、うちに対しては秩序維持の警察力が国家の基本となることがわかるだろう。
国、天皇 我々の「国」は、国ヲ肇ルコト宏遠ニと教育勅語にあるように神武天皇が肇国した世界最古の「国」だ。天皇は「治らす」存在として祭政一致の統治者として政にあたり、明治維新によって近代的な君主となった。日本国は憲法以前に存在しているという事実は憲法が国の形に(その事実に)その権力を及ぼしてはいけないということだ。
社会、天皇 国家は社会と対峙する存在とまではいえないが社会に対し強制力がある。さらに国民の自由を拘束することができる。しかし憲法の規定により組織される政府は憲法を制定している、正統性を有する権威を否定出来ないしまた、それを変更できない。明治憲法における第1章天皇条項の1条から3条はそのことを明記した条文だ。

つまり天皇の身体を不可侵…

日本国憲法改正案条文の解説 第2章 権利

権利は外在的言語に過ぎないので獲得するのもである。 権利は鎧である 第2章は国民の権利だが、この章では、現行憲法より多くの人権を規定して国民の福祉向上に寄与しようとしている。権利カタログは条文ではなく、条項で列記しているのは大きな改正点だ。


第2章 権利
第15条[国民の要件]日本国民は、日本国籍を有するものとする。
あまりにも当然の規定なのだが、昨今二重国籍で問題になっている議員がいるように、この後の条文で議会議員要件は明確化したい。

次に権利の具体的規定だが、学説の争いをなくすために、日本国民の権利、制限できる権利、万人の権利に分けた。婚姻や選挙、教育、就労などの権利は公共の福祉の観点から年齢制限を課しているのでわけることにする。第17条は日本国民固有の権利として憲法がその擁護を宣言した。

日本国憲法改正案 第2章 権利
第17条[国民の権利]次にあげる基本権は、国民の権利として、日本国民に保障する。個人として尊重され自由かつ幸福を追求すること。
2 むやみに生命を奪わず、健康で文化的な生活を営むこと。
3 平等であること。
4 人種、信条、性別、社会的身分又は出生により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されないこと。
5 財産を自由に処分し、また不当に奪われないこと。
6 居住、移転及び職業選択の自由を侵されないこと。
7 外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されないこと。
8 拷問及び残虐な刑罰に処されないこと。
9 公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し請願すること。

日本国憲法の諸テキストを読んでも、人権に関する解説に重点を置いている。私は人権に関して、米国的な自然権思想よりは仏国的な行政権の抑止的な立場に立っている。それは英国的な国民の権利と親和性が高いが、あくまでも人造の鎧のようなイメージを持ってる。

個々人が武装して個々人のバランスオブパワーによる、社会秩序の維持を目的としている、自然権的人権思想は、やはり米国的といえる。ところが第二次大戦において、独国が行った人権侵害は、欧州において、議会による人権保護から法律からの保障という、新しい次元の人権に昇華した。現在の日本は国際人権規約を批准しているので、憲法はその規約を誠実に尊守する必要がある。

いずれにせよ、欧米の人権思想の奥には…

日本国憲法改正案条文の解説 ―第4章 立法権

二院制の必要ある? 二院制は基本的に王国で貴族などの制度があるときに、貴族院と庶民院、ー英国、もしくは連邦制国家が国民代表と各自治体の代表、―独国や米国、というようなときに必要とされる。北欧諸国が王政の制限と平等原理の徹底によって、二院制から一院制への移行をしているように、日本国も天皇の権限の制限と貴族制の廃止は、一院制の十分条件である。


第4章は立法権を規定している章である。冒頭説明したが、現行憲法の二院制はGHQ案では一院制であった。

Article XLI. The Diet shall consist of one House of elected representatives with a membership of not less than 300 nor more than 500.


GHQ案が手交されたのち、日本政府下で、憲法改正を議論したのは憲法問題調査委員会だ。その議事で、「二院制を維持すべきであるが、従来の貴族院の権限に制限を加え、その構成を民主的なものに改めるべきだ、との意見が支配的であった」、「その名称についても、「上院」「第二院」「元老院」「特議院」「審議院」「参議院」など様々な案が出されたが、「参議院アタリガ無難」だということになった」という。
GHQ民政局が起草した案は「日本の政治の発達状況をみても、簡明性という点からも、一院制を提案するのがよいとの結論に達した。」としているが、これは、貴族制度が廃止されること(マッカーサーノート)、日本は連邦国家でないこと、第一院と第二院の間の争いが生じるおそれがあることなどの理由によるものであったとして、非常に理にかなっている。

参議院の設置理念を金森徳次郎国務大臣は、「衆議院に対する抑制的機能を前提として、知識経験のある慎重熟練の士を求めることにある」とした。この理念は現在、踏みにじられている。障害のある子供をほったらかして、市会議員と一線を越えないまでも、ベッドをともにして開き直ってる議員、二重国籍が確定しても、努力義務なのでと、戸籍を公表して居座る議員、そのほか議員資格に???が付く参議院議員が多い。

原点に返って一院制にすることが最初の目的である。また議会の権限と権能を規定すること。特に現行憲法には全く規定のない貨幣造幣権や度量衡、暦、徴税権、軍の編成権など権限、総理大臣の指名、…

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 第4章

第4章は連邦に対する規定だ。合衆国憲法の規定を読んでいると気がつくことがある。それは防衛という言葉がかなり使われている。独立をして間もなく軍隊もない小さな州政府が自らの自治をある程度制限しても、連邦を組織した理由は国土と国家体制をなんとか護りたいという切なる願いのような気がする。それが合衆国憲法を制定した国民意志なのだろう。


第4章[連邦条項]

第1条[十分な信頼と信用条項]

各々の州は、他のすべての州の一般法律、記録および司法手続に対して、十分な信頼と信用を与えなけ ればならない。連邦議会は、一般的な法律により、これらの法律、記録および司法手続を証明する方法な らびにその効果につき、規定することができる。

第2条[市民権条項、逃亡犯罪人・奴隷の引渡し条項]

[第1項] 各々の州の市民は、他州において、その州の市民が享有するすべての特権および免除を等し く享有する権利を有する。

[第2項] いずれかの州において反逆罪、重罪その他の犯罪につき告発された者が、裁判を逃れて他州 で発見された場合には、その逃亡した州の執行部の要求があれば、当該犯罪につき裁判権を有する州に移送するために、この者を引き渡さなければならない。

[第3項] 1 州において、その州の法律によって役務または労務に服する義務のある者は、他州に逃亡 しても、その州の法律または規則によってかかる役務または労務から解放されるものではなく、当該役務 または労務を提供されるべき当事者からの請求があれば、引き渡されなければならない。[修正第13 条で改正]

第3条[新州および連邦財産条項]

[第1項] 連邦議会は、新しい州がこの連邦へ加入することを認めることができる。但し、連邦議会お よび関係する州の立法部の同意なしに、既存の州の領域内に新州を形成し、または2 つ以上の州もしくは その一部を合併して1 つの州を形成することはできない。

[第2項] 連邦議会は、合衆国に属する領有地その他の財産を処分し、これに関する必要ないっさいの 準則および規則を定める権限を有する。この憲法中のいかなる規定も、合衆国または特定の州の請求権を 損なうように解釈されてはならない。

第4条[共和政体条項]

合衆国は、この連邦内のすべての州に対し共和政体を保障し、侵略に対し各州を防衛する。合衆国は、 州の立法部または(立法部が集会できない…