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日本国憲法改正提案Ⅳ


―戦争って放棄すればなくなる?―

天声人語の強制は憲法違反

そのⅢまで如何だろう? 僕が受験生のころ、―昭和56〜57年、先生が「朝日新聞の天声人語を読んでおけ、必ず試験に出るからな。」これってすごいね。この次の稿では、権利について検討するが、この発言は明らかな権利侵害だ。ある特定の新聞のある特定の筆者が書いた私見を、そのまま疑いもしないで試験では正解として書け!ということなわけだから。当時は朝日新聞に書いてあることが、受験に出題される「正解」だったのだ。

ノーマ・ジーン・ベイカー

自衛隊を否定すれば卒業!

ある先生に、昭和40年代から50年代まで、大学の卒論で自衛隊の悪口を書けば、評価されたと来たことがある。もちろん、すべてではないだろうが、時代の雰囲気はそんな感じだったのだろう。受験生の僕のために、朝日新聞を購読していた、母親も見事に影響を受けて、いまでもそれは変わってない。

僕は、それはそれで仕方のないことだと思う。物事の良い悪いは、自らの経験や信仰、影響を受けた人や情報で判断する。ただ、事実や法律的な合法違法はあきらかなので、―これは司法の稿で説明するが、事実に基づく判断、法律に基づく判断は、国民として身につける必要はあるだろう。


なぜ男はだめなのか?

出来れば女性に読んでもらいたい。それは、―あくまでも僕、個人の経験だが、男はどうしょうもないから生きんのだと思う。男性全員が、そうだとはいわないが、―あくまでも、僕レベルの男性は、政治に興味がない。興味の方向はの女性だけに向いている。

何をするにも基準は「女性にもてたい」か「格好良いと思われたい」くらいだろう。音楽をやるのも、スポーツをやるもの仕事で出世するもの、究極の目的はそれ以外にない。天下りを斡旋して首になったどこかの省の次官が、次官になっても、キャバクラの特定の女性に入れあげたなんてのもそう、先生に反抗するのも究極、それしかない。だから男に憲法が…、と話してもなかなか興味はひかないと思う。

そういう僕も、Anarchy in the UK ―ちなみのコックニーではナナキーと発音します、を歌ったり、スターリンというバンドが好きだったりしましたので、あまり人のこといえないが…。若いうちと現在の考え方は変わって当然です。ですから今、こんな考え方もあるんだぁ〜、程度に読んでもらいたい。

では、女性はどうだろう。僕は女性の方が生命にたいして素直だから、もしかしたら話を分かってくれるかもしれないと思っている。それはある住職の話をきっかけに、強く思うようになった。

その住職がお務めをされていたのは、有名な水子供養のお寺だった。いろいろな事情があり、堕胎を選択したご夫婦やカップルが、供養を求めて参詣されていたという。中には10代のカップルも少なからずいた。

一通りの供養の後、その若いカップルに、お説教、―叱るとかではなく法話を話すこと、をするのだが、神妙にそれを聞く女性とは対照的に男性は、正座がきついので目もうつろ、で「早く終わらねぇかな〜」感をだして聞いているという。

どんな女性でもそれをして、それなりの準備をしていなければ、妊娠することになる。それを女性が手当てすることは、母体に負荷があるので、男子が責任をもって対処すべきなのだが、多くの場合その対処、―たった一箱千円くらいのも、を怠ったことで予期しない妊娠となる。

当然、堕胎を選択するしかなく、その授かった命はこの世に産まれることなく、廃棄物として処理される。それらを一生記憶にとどめるのが女性だ。―今はそうでもないかもしない。僕の勝手な思い入れかもしれなが…。

憲法の話は、命に直結している。日本国憲法は他国に攻撃をうけたときは、なにもしない、そのための武器も持たない、そういった武力行使はしない、と書いてある。そのときは公正と信義に信頼して、―念のため原文ととおり、「守ってくださぁ〜いっ」としている。

そういう中で、現在、他国が日本国に武力攻撃をする公算が高いのだ。そのとき、だれが自分や家族を守ってくれる?僕にも娘が二人いるが、相手が人間であれば、何と戦えるだろう。しかし、国家組織で核兵器を搭載したミサイルであるならば、もうお手上げだ。

娘にも自分と同じように、遊んで、仕事して、恋愛して、失恋して、結婚して、子供が出来て、喧嘩して、離婚して、再婚して、という普通の女性の一生は、ある日、一瞬にしてアスファルトの影となってしまう。それが憲法の瑕疵が原因だと後世に検証されたとしたら、悔やんでも悔やみきれない。

現行憲法でも自衛隊は防衛軍

少し余計な話になったが、本稿は第2章 戦争の放棄の検討だ。僕にとって、憲法改正の優先順位第1は第1章、第2は緊急事態条項だから、現行で第2章は問題がなければそのままでも構はない。

これは最後に述べるが、現行でも十分、戦力の保有、個別的自衛権行使はもちろん、集団的自衛権行使も可能であると考えている。だが、平和安全法制の議論のとき、自衛隊違憲まで言及する憲法学者や議員がいたので、自衛隊の位置づけと名称は論争のないようにしたいと思う。

第2章 戦争の放棄 は以下のように改正したいと思う。

(改正案)
第2章 自衛権
第9条 日本国民は、国民の安全、国土の維持、国の独立を守るため国軍を保持する。
2 ただし、国際紛争を解決する手段として、武力による威嚇又は武力の行使を、永久にこれを放棄する。

その1でマッカーサー3原則をすでに提示しているので、これがⅡを強く意識した条文であることはおわかりだろう。このような平和条項は、他国にもある。

第5条
大韓民国は国際平和の維持に努力し、侵略戦争を否認する。…大韓民国憲法

第26条 [侵略戦争の準備の禁止]
(1) 諸国民の平和的共存を阻害するおそれがあり、かつこのような意図でなされた行為、とくに侵略戦争の遂行を準備する行為は、違憲である。これらの行為は処罰される。…ドイツ基本法

第11条(戦争の制限および国際平和の促進)
イタリアは、他人民の自由に対する攻撃の手段としての戦争及び国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄する。国家間の平和と正義を保障する体制に必要ならば、他の国々と同等の条件の下で、主権の制限に同意する。この目的を持つ国際組織を促進し支援する。…イタリア共和国憲法

と似たような条文がある。しかし日本国憲法草案を作ったGHQの祖国、合衆国憲法には、そのようなそもそも平和条項のような条文はない。なぜだろう、これは想像だが、日本もドイツもイタリアも韓国も敗戦国だ。敗戦国には平和条項があるといえる。

韓国は敗戦国

えっ、韓国って敗戦国???ですよね。その説明をする。

日独伊の三国同盟で第二次世界大戦、―東アジア地域の戦争は、大東亜戦争といいますが、を戦った。イタリアは1943年9月8日に降伏した。その後はすぐにドイツと共同参戦国として戦っていまる。ちなみに1945年7月15日、日本にも宣戦布告している。サッカーのイタリア代表は、戦う集団だが、当時のイタリア軍はそんな程度だ。

その後1945年5月9日、ドイツが降伏した後日本は、世界を相手に孤軍奮闘になった。有史以来、世界を相手に戦争したのは日本だけでだろう。―個人的にはギネスブックに載せてもらいたいのものだ…。8月15日、玉音放送により、日本軍は組織的な抵抗を停止、9月2日に戦艦ミズーリ上で降伏文書に調印した。正式な終戦日は9月2日だ。この日を対日戦争戦勝記念日にしている国も多くある。

さて、韓国は全く登場しない。朝鮮半島は当時、日本でだったからだ。公文書では植民地ではなく、合邦国家だ。一時のスペインとポルトガルのような関係だ。戦後、朝鮮半島の南側を掌握した李承晩は、日本からの独立運動には参加していたが、追放になっていた。戦中はアメリカで朝鮮半島の臨時政府を名乗っていたが、結局戦闘には参加していない。 火事場泥棒的に戦勝国として、終戦交渉に参加しようとしたが、アメリカはこれを拒否して、日本軍司令官を敗戦側の代表としている。だから、結局憲法に平和条項を入れざる得なくなったのだと想像している。

日本国憲法第9条は敗戦国ですよぉ〜と、いうしるし、タトゥーのようなものだ。かっこよければいいのだが、なんせ敗戦の証だから、できれば消したいと思う。

余談だが、ドイツ基本法やフランス共和国憲法には国旗や国歌に対する記述があるが、日本国憲法にはない。通常憲法条文には擁護すべき人権や組織、その権限と行使の限界などが書かれている。だから禁止とか、制限という言葉は使われるが、戦争の放棄などという言葉はあまり見受けない。敗戦国は別だが。

もう一度原文を確認しよう。

(日本国憲法英文原案)
Article 9. Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order, the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation and the threat or use of force as means of settling international disputes.
In order to accomplish the aim of the preceding paragraph, land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained. The right of belligerency of the state will not be recognized.

日本国憲法
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

マッカーサーは、三原則では、
War as a sovereign right of the nation is abolished. Japan renounces it as an instrumentality for settling its disputes and even for preserving its own security. It relies upon the higher ideals which are now stirring the world for its defense and its protection.
No Japanese Army, Navy, or Air Force will ever be authorized and no rights of belligerency will ever be conferred upon any Japanese force.
国家の主権としての戦争は廃止される。日本は、紛争解決の手段としての戦争のみならず、自国の安全を維持する手段としての戦争も放棄する。日本は、その防衛と保護を、今や世界を動かしつつある崇高な理想に信頼する。日本が陸海空軍を保有することは、将来ともに許可されることがなく、日本軍に交戦権が与えられることもない。

この場合の交戦権とは戦争するしないの権利ではなく、交戦状態に入った場合に交戦国に交際法上に認められる権利ということです。―芦部憲法

戦うか否かではなく、戦った場合の諸権利だ。国際的に各国軍隊に認められている権利が自衛隊には認められていないということだ。皆さん、よく聞いてほしい。諸外国に認められている権利が日本国自衛隊には認められていないのだ。

だから、自衛隊が外国で活動する場合の法律にはかならずといっていいほど刑法36条37条の適用記述がある。

平和安全法
第九十四条の五第八十四条の三第一項の規定により外国の領域において保護措置を行う職務に従事するしくは当該保護措置の対象である邦人若しくはその他自衛官は、同項第一号及び第二号のいずれにも該当する場合であつて、その職務を行うに際し、自己若の保護対象者の生命若しくは身体の防護又はその職務を妨害する行為の排除のためやむを得ない必要があると認める相当の理由があるときは、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができる。ただし、刑法第三十六条又は第 三十七条に該当する場合のほか、人に危害を与えてはならない。

こんな感じだ。国際貢献をするために派遣された自衛隊員はまちがって戦闘で相手を殺害した場合、それが正当防衛でなかったならば、殺人罪で告訴される可能性があるということだ。
第9条は、GHQ案では、第8条として、

(GHQ案)
Article VIII. War as a sovereign right of nation is abolished. The threat or use of force is forever renounced as a means for settling disputes with any other nation.
No army, navy, air force, or other war potential will ever be authorized and no rights of belligerency will ever be conferred upon the State.
第八条 国民ノ一主権トシテノ戦争ハ之ヲ廃止ス他ノ国民トノ紛争解決ノ手段トシテノ武力ノ威嚇又ハ使用ハ永久ニ之ヲ廃棄ス
陸軍、海軍、空軍又ハ其ノ他ノ戦力ハ決シテ許諾セラルルコト無カルヘク又交戦状態ノ権利ハ決シテ国家ニ授与セラルルコト無カルヘシ

第1文はマッカーサー3原則と全く同じだ。最終文もany Japanese force.がthe State.となっている以外同じでだ。要約すると主権としての戦争はしてはいけない、陸海空その他の戦力は保持してはいけない、交戦の権利は認めない、ということだ。

主権国家の憲法など社会体制を占領国が変更することは国際法違反といわれている。―諸説ありますが…、にもかかわらずマッカーサーは、戦争する権利のはく奪を強く要求している。マッカーサーの強い要求には米国政府もしくは連合国の強い意思があったことは否めない。

国家主権にしろ、国民主権にしろ「主権」は何をしてもかまわない権利だ。だから、日本国憲法でも国民の権利及び義務以下、列記されている諸権利は建前上国民が政府に対して、それらを制限してはならないと命令している。

しかし第9条は違います。なにしろ、原案のマッカーサー3原則は強烈だ。
Japan renounces it as an instrumentality for settling its disputes and even for preserving its own security.

GHQ案では少しニュアンスが弱まるが、
The threat or use of force is forever renounced as a means for settling disputes with any other nation.

言葉よりも慣習

話がそれるが、なんでこんなにくどくど文言にこだわって説明をしているのかというと、憲法を変えるには文言や構成から理解をしてもらうのが手っ取り早いと感じているからだ。しかし、実は憲法の本質は成文法としての文言ではなく、民族の慣習としての慣習法にある。

えぇぇぇ〜、さんざん文言が違うって学者批判してたじゃ〜ん、といわれそうだが。 日本国憲法にかけているのは、内容などではなく、独立自尊の態度だ。独立自尊の態度が制憲権でいうところの国民意思だ。

和而不同

自分のことは自分で決める態度があれば、占領中GHQに忖度して憲法は「確定」したけれども、昭和27年4月28日講和条約の発効とともに議会の議決をもって破棄できたはずだが、当時の日本人は独立自尊の態度を封印して国際社会に復帰しようとした。

現にフランスは第2次大戦後ド・ゴールがペタン憲法を破棄しました。ドイツでは東西に分裂したことで、西側で敗戦国となった西ドイツは基本法を制定し、統一ドイツを待って憲法を制定しようとした。統一後、現在も基本法のままだが、59回基本法を修正している。

私はその内容がいい悪いではなく、外国の影響―フランスの場合はドイツ第三帝国、西ドイツの場合はアメリカ合衆国、を排除する独立自尊的態度の問題だと考えている。護憲派の中には、日本国憲法は内容が素晴らしいので、たとえ外国人が起草したとしても変える必要なない、と主張する人たちがいる。

また法教育界の重鎮、伊藤塾伊藤真先生は護憲の立場から、起草が外国人で原文が英文でも、日本国憲法には日本国民の意思が充分に反映されている、という趣旨の発言をされている。私はこれらの主張を理解できる。例えば民法典も外国人が草案を起草しているので、草案が外国人か他国の言語かということは大きな問題ではない。ただ共感は出来ない、それが態度の問題だ。

日本国憲法は外国製?

日本国憲法「確定」過程をおさらいすると、日本国の主権が制限されている占領下、日本国政府にも改正案提示を求められ、それを提示したにもかかわらず、突然英文の草案を手交され、それでも急いで翻訳し審議をしてできたのが日本語の憲法だ。

吉田外務大臣と松本国務大臣とともに、英文草案を手交された白洲次郎氏は、憲法改正草案を「涙す」と悔しさをにじませている。少なくとも白洲氏は憲法改正案を自由意思で作成したとは考えていない、その悔しさだ。

その過程には日本国及び日本人が主体的にかかわっているようには思えない。しりをたたかれてゴール(憲法改正)に走る競走馬のごときだ。

これは何度も指摘しているが、第9条は特異な条項だ。日本国憲法の章名称をピックアップしてみよう。天皇、戦争の放棄、国民の権利及び義務、国会、内閣、司法、財政、改正、地方自治、最高法規、補足だ。比較として、合衆国憲法を示しますと、立法部、執行部、司法部、連邦条項、改正、最高法規、成立手続きだ。

第2章は削除

この稿では冒頭に改正案を提示したが、論考を進めるうちにそれではおかしいことに気が付いた。どうしても平和主義的な文言を残したいというリベラルのために、マッカーサーの命令的な部分は前文に移すとして、第9条は削除し、陸海空などの戦力規定は第4章の国会部分で記述する方が憲法典としての体裁が整うように思う。

第9条 削除 但し1項の平和主義表現は前文で示すことにする。

(改正案)
我々日本国民は、天皇を元首とする政府を組織し、国民主権と自由、平等の原則を実現するのため、この憲法を制定する。さらに、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。


第9条の私的解釈

少し現行の枠組みで、前文と第9条にわたるマッカーサーの要求を僕の超個人的解釈を披歴したいと思う。 前文にある、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」は、三原則の、

It relies upon the higher ideals which are now stirring the world for its defense and its protection.

を実現した文章だ。本文中の崇高な理念と諸国民の公正と信義は同義で具体的にはUnited Nations のことだ。マッカーサーは日本の安全保障を「ある崇高な理念に委ねる」と指示している。ようするに、日本の安全保障を国連に委ねる、ということになる。もう少し具体的にいうと、日本国憲法発布時には効力が発行していたある崇高な理念、つまり国連憲章に安全と生存を保持しようと決意したのだ。

国連憲章には第7章平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動、以下に陸海軍の保持や指揮統制などが記述されている。いわゆる国連常備軍で、日本国民は、この国連常備軍に安全と生存を保持しようと決意したわけになる。

少しそれるが、第9条についてはみんなの知識 ちょっと便利帳、の「幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について」と題した、当時、衆議院議員平野三郎氏が幣原喜重郎氏に聞き取りをした文章があるので紹介する。本文は長いので要約すると、

「原子爆弾が出来た以上、世界の安全保障体制は激変してしまった。もはや通常戦力は無意味なものになった。そして核保有国同士の戦争は短時間で交戦国の都市を灰塵させるだろう。よって真剣に平和を希求しけなければならない。それには世界政府が必要だ。過去、ローマ帝国や徳川幕府もそうだった。

しかし主権国が主権を放棄して傘下に集まることは空想に過ぎない。せめて緩やかな連邦方式が必要だ。少くも各国の交戦権を制限し得る集中した武力がなければ世界の平和は保たれないからである。戦争をなくすためには武力の統一が不可欠であり、ある協定の下で軍縮が達成され、各国がそこに参加していることが望ましい。

各国の軍隊は治安警察程度に圧縮され、国際的に管理された武力が存在し、それはそれに反対する、いかなる武力の組み合わせよりも強大でなければならない。しかし軍縮交渉は各国スパイの温床になり、原子爆弾は拡がるであろう。軍縮競争は軍拡競争にかわり、終わりなき連鎖反応となる。第3次大戦はおそるべき破壊と殺戮をともなうだろう。

ここまで考えを進めてきた時に、第九条というものが思い浮かんだのである。そうだ。もし誰かが自発的に武器を捨てるとしたら …。」

長いので割愛するが、以下それを受け入れる論理が展開される。幣原氏も言っている通り、通常戦力の場合、バランス・オブ・パワーで均衡平和を維持することは可能だったかもしれないが、核兵器は違う。短時間で反撃の機会も与えないように、相手に壊滅的な打撃を加えることが可能だ。

敗戦国として、被爆国として占領下で憲法を改正したのもすべて天皇陛下の地位、すなわち日本国根本原理を守るためだったといっている。第9条のような不条理極まりない条文を受け入れる苦労がうかがわれる。いずれにしろ国連常備軍に安全と生存を委ねる条件、あるいは前提で戦争を放棄したといえないだろうか。

ある条件、あるいは前提を、それが実行されたら、これをすると約束した場合、もしくはその条件や前提は、相手を信頼しているので、実現されることを信じて、先に約束を実行したとして、その条件、前提が実現されなかったときはどうだろう。

相手の条件や前提の履行を求めるか、もしくは不履行で約束は反故にすることになる。相手を信じて先に履行してしまったら、騙されたといって、まず履行をもとめ、実現されない場合は、先に履行した自分の愚かさを嘆いて、相手に反故を伝えるだろう。今の日本がまさにその状態だ。 もしかすると国連常備軍はアメリカ軍になり、国連常備軍の駐屯地がアメリカ軍基地になったとすれば、代替は出来ているといえるが、当初の契約とは違う形だ。前提条件が崩れれば契約が無効になる場合もある。

現在の第9条の解釈では国連憲章で認められている個別的自衛権を保持している。しかし集団的自衛権については、保持するも行使できないだ。もう少し掘り下げれば、個別的自衛権も国連軍が必要な措置をするまでの、応急措置的な必要最小限が建前だ。よって国連常備軍が組織されていない現状、第9条の前提条件は満たされていないといえる。前提が満たされていないにも関わらず、我々日本国民はその条文に従い、必要最小限の装備の防御力しか保有していない。

そこで僕は日本国憲法下で、2つのことを提案したい。一つは国連常備軍の創設を実現することだ。日本が中心となって国連のそれを強く要求しよう。そのために現在あるリソースを活用するべきだ。日本は国連予算分担率の第2位なのだから。

二つ目は9条の効力を停止して国連憲章下で安全保障を考えよう。具体的には個別的自衛権と集団的自衛権の合憲宣言だ。9条の効力が停止してているので、9条で制限されている権利は国際法、国連憲章上で有効だ。自衛軍の保有編成も主権の範囲だ。第4章国会、改正提案では立法権内に軍編成の条文を作成することとする。

以上が僕の9条に関する私的解釈だ。

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II War as a sovereign right of the nation is abolished. Japan renounces it as an instrumentality for settling its disputes and even for preserving its own security. It relies upon the higher ideals which are now stirring the world for its defense and its protection.

No Japanese Army, Navy, or Air Force will ever be authorized and no rights of belligerency will ever be conferred upon any Japanese force.

マッカーサーは日本国の防衛と保護をある崇高な理念に委ねる、ことを指示している。この崇高な理念とは国際連合のことである。もう少しつめると、国連軍もしくは国連常備軍ということになる。国連憲章は、
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近代思想において国家は、たとえ国民がひとりでも、国民意志があれば形成することができるとされる。しかしそれは利己的な個人意志ではない。五箇条の御誓文で公論と示された、意志を国民主権では民意というのであって、それがなければ近代国家は存在しないのである。さらにその意志は個々人の中にある不条理で熱い志であり、それを顕現しあるいは不当な隷属の強要から擁護されなければならないと考えている。

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20世紀の戦争 20世紀は戦争の世紀と呼ばれるように産業革命による技術革新が戦争を巨大化、無慈悲化させた。世界は巨大化・無慈悲化する戦争に対して、一定の規則を締結したが、その後に勃発した第一次世界大戦は大規模かつ無慈悲な消耗戦によりヨーロッパ社会に大きな衝撃を残した。

第一次世界大戦の塹壕戦や化学兵器の使用は、ただ敵を消耗させるための戦略で、それまでの戦争とは様相が大きく変化した。戦争は国家が軍に命令して、軍が名誉をかけて行う営みから、国家国民全体で行う営み全体戦争つまり総力戦へと変容した。

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貧困が戦争を起こす もし社会が現状で固定されるとしたら、現在比較的幸福な人はいいが、もし不幸な人はどうだろうか。それはその人の希望を奪い去ることになる。国家同士の戦争もある一面では現状に満足できない国家と、それを阻止しようとする国家の営みといえる。

第一次大戦後ヨーロッパの比較的裕福な人々の間で戦争が二度と起こらないように、家族友人の死、あるいは戦争による破産などの不幸をなくすには、どうしたら良いか考えられたのは自然なことだ。そして彼らは結論した。「貧困が戦争を起こす」。

大戦中ロシアでは革命が起こりソ連邦が誕生する。国民(ソ連に国民がいたかは定かでないが)に貧困のない平等な生活を提供する統治体の出現に、ヨーロッパのエシュタブリッシュメントは期待と不安の眼差しを向ける。

リベラリズムの誕生 フランス革命の惨劇を経験しているヨーロッパの裕福な人達は、現状を維持しながら戦争を防止する政治体制の確立を急いだ。そのような背景でリベラリズム理論が誕生することになる。その理論は金持ちはそのまま…

年次改革要望書

サイトで偶然みつけた原文の、いわゆる「年次改革要望書」だが、TPPと比較してみても面白い。アメリカの戦略なのか執念なのか、はたまた信仰なのか、1994年からもう20年くらいやってる市場開放交渉だ。我国政府も辛抱強くそれに対応していることがわかる。

国家とはなにか

―言葉による混乱― 家族、社会、国 国家は、ヘーゲルの分類のよれば、家族や会社から構成される社会とは区別され、ウエーバーは正統性がある継承によって形成された一定の領域を暴力に関する権威・権限を行使する単独の主体(国家)と定義している。国家とは政府組織であり社会とは区別される。State の訳語として国家があてられているように、国家とは政府、議会、警察、官僚、裁判所などの機関を有する統治権力のことを指す。


国民、国家 人間は子孫を残すため家族をなし生活する。そのような家族が一定の習慣や宗教によってある領域内で集団となったものが共同体だ。そして多少の習慣や宗教的違いを包括した地域を「国」と呼ぶ。「国」の住人が「民族」であり、近代はこの集団=民族を統治する権力が組織され「国家」と呼んだわけだ。そして、民族は「国民」となったのである。日本語に State と Country や Nation を区別する言葉なないのは、憲法議論などを混乱させている要因の一つだろう。



領域、人民、権力 国際法で定義されている「国家」もその地域を統治する政治組織のことを指す。つまり内外に干渉されず国民を正統性のある統治機構のことを国家という。国際法では、領域、人民、権力の三要素が承認の条件ともなる。
ある程度以上確定された一定の領土を持つこと。国民が存在すること。統治機構を持ち実効的支配をしていること。 このように国家は強大な権力を有していなければならない。つまり外に対しては自衛力、うちに対しては秩序維持の警察力が国家の基本となることがわかるだろう。
国、天皇 我々の「国」は、国ヲ肇ルコト宏遠ニと教育勅語にあるように神武天皇が肇国した世界最古の「国」だ。天皇は「治らす」存在として祭政一致の統治者として政にあたり、明治維新によって近代的な君主となった。日本国は憲法以前に存在しているという事実は憲法が国の形に(その事実に)その権力を及ぼしてはいけないということだ。
社会、天皇 国家は社会と対峙する存在とまではいえないが社会に対し強制力がある。さらに国民の自由を拘束することができる。しかし憲法の規定により組織される政府は憲法を制定している、正統性を有する権威を否定出来ないしまた、それを変更できない。明治憲法における第1章天皇条項の1条から3条はそのことを明記した条文だ。

つまり天皇の身体を不可侵…

日本国憲法改正案条文の解説 第2章 権利

権利は外在的言語に過ぎないので獲得するのもである。 権利は鎧である 第2章は国民の権利だが、この章では、現行憲法より多くの人権を規定して国民の福祉向上に寄与しようとしている。権利カタログは条文ではなく、条項で列記しているのは大きな改正点だ。


第2章 権利
第15条[国民の要件]日本国民は、日本国籍を有するものとする。
あまりにも当然の規定なのだが、昨今二重国籍で問題になっている議員がいるように、この後の条文で議会議員要件は明確化したい。

次に権利の具体的規定だが、学説の争いをなくすために、日本国民の権利、制限できる権利、万人の権利に分けた。婚姻や選挙、教育、就労などの権利は公共の福祉の観点から年齢制限を課しているのでわけることにする。第17条は日本国民固有の権利として憲法がその擁護を宣言した。

日本国憲法改正案 第2章 権利
第17条[国民の権利]次にあげる基本権は、国民の権利として、日本国民に保障する。個人として尊重され自由かつ幸福を追求すること。
2 むやみに生命を奪わず、健康で文化的な生活を営むこと。
3 平等であること。
4 人種、信条、性別、社会的身分又は出生により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されないこと。
5 財産を自由に処分し、また不当に奪われないこと。
6 居住、移転及び職業選択の自由を侵されないこと。
7 外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されないこと。
8 拷問及び残虐な刑罰に処されないこと。
9 公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し請願すること。

日本国憲法の諸テキストを読んでも、人権に関する解説に重点を置いている。私は人権に関して、米国的な自然権思想よりは仏国的な行政権の抑止的な立場に立っている。それは英国的な国民の権利と親和性が高いが、あくまでも人造の鎧のようなイメージを持ってる。

個々人が武装して個々人のバランスオブパワーによる、社会秩序の維持を目的としている、自然権的人権思想は、やはり米国的といえる。ところが第二次大戦において、独国が行った人権侵害は、欧州において、議会による人権保護から法律からの保障という、新しい次元の人権に昇華した。現在の日本は国際人権規約を批准しているので、憲法はその規約を誠実に尊守する必要がある。

いずれにせよ、欧米の人権思想の奥には…

日本国憲法改正案条文の解説 ―第4章 立法権

二院制の必要ある? 二院制は基本的に王国で貴族などの制度があるときに、貴族院と庶民院、ー英国、もしくは連邦制国家が国民代表と各自治体の代表、―独国や米国、というようなときに必要とされる。北欧諸国が王政の制限と平等原理の徹底によって、二院制から一院制への移行をしているように、日本国も天皇の権限の制限と貴族制の廃止は、一院制の十分条件である。


第4章は立法権を規定している章である。冒頭説明したが、現行憲法の二院制はGHQ案では一院制であった。

Article XLI. The Diet shall consist of one House of elected representatives with a membership of not less than 300 nor more than 500.


GHQ案が手交されたのち、日本政府下で、憲法改正を議論したのは憲法問題調査委員会だ。その議事で、「二院制を維持すべきであるが、従来の貴族院の権限に制限を加え、その構成を民主的なものに改めるべきだ、との意見が支配的であった」、「その名称についても、「上院」「第二院」「元老院」「特議院」「審議院」「参議院」など様々な案が出されたが、「参議院アタリガ無難」だということになった」という。
GHQ民政局が起草した案は「日本の政治の発達状況をみても、簡明性という点からも、一院制を提案するのがよいとの結論に達した。」としているが、これは、貴族制度が廃止されること(マッカーサーノート)、日本は連邦国家でないこと、第一院と第二院の間の争いが生じるおそれがあることなどの理由によるものであったとして、非常に理にかなっている。

参議院の設置理念を金森徳次郎国務大臣は、「衆議院に対する抑制的機能を前提として、知識経験のある慎重熟練の士を求めることにある」とした。この理念は現在、踏みにじられている。障害のある子供をほったらかして、市会議員と一線を越えないまでも、ベッドをともにして開き直ってる議員、二重国籍が確定しても、努力義務なのでと、戸籍を公表して居座る議員、そのほか議員資格に???が付く参議院議員が多い。

原点に返って一院制にすることが最初の目的である。また議会の権限と権能を規定すること。特に現行憲法には全く規定のない貨幣造幣権や度量衡、暦、徴税権、軍の編成権など権限、総理大臣の指名、…

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 第4章

第4章は連邦に対する規定だ。合衆国憲法の規定を読んでいると気がつくことがある。それは防衛という言葉がかなり使われている。独立をして間もなく軍隊もない小さな州政府が自らの自治をある程度制限しても、連邦を組織した理由は国土と国家体制をなんとか護りたいという切なる願いのような気がする。それが合衆国憲法を制定した国民意志なのだろう。


第4章[連邦条項]

第1条[十分な信頼と信用条項]

各々の州は、他のすべての州の一般法律、記録および司法手続に対して、十分な信頼と信用を与えなけ ればならない。連邦議会は、一般的な法律により、これらの法律、記録および司法手続を証明する方法な らびにその効果につき、規定することができる。

第2条[市民権条項、逃亡犯罪人・奴隷の引渡し条項]

[第1項] 各々の州の市民は、他州において、その州の市民が享有するすべての特権および免除を等し く享有する権利を有する。

[第2項] いずれかの州において反逆罪、重罪その他の犯罪につき告発された者が、裁判を逃れて他州 で発見された場合には、その逃亡した州の執行部の要求があれば、当該犯罪につき裁判権を有する州に移送するために、この者を引き渡さなければならない。

[第3項] 1 州において、その州の法律によって役務または労務に服する義務のある者は、他州に逃亡 しても、その州の法律または規則によってかかる役務または労務から解放されるものではなく、当該役務 または労務を提供されるべき当事者からの請求があれば、引き渡されなければならない。[修正第13 条で改正]

第3条[新州および連邦財産条項]

[第1項] 連邦議会は、新しい州がこの連邦へ加入することを認めることができる。但し、連邦議会お よび関係する州の立法部の同意なしに、既存の州の領域内に新州を形成し、または2 つ以上の州もしくは その一部を合併して1 つの州を形成することはできない。

[第2項] 連邦議会は、合衆国に属する領有地その他の財産を処分し、これに関する必要ないっさいの 準則および規則を定める権限を有する。この憲法中のいかなる規定も、合衆国または特定の州の請求権を 損なうように解釈されてはならない。

第4条[共和政体条項]

合衆国は、この連邦内のすべての州に対し共和政体を保障し、侵略に対し各州を防衛する。合衆国は、 州の立法部または(立法部が集会できない…