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日本国憲法改正提案Ⅷ


司法は皆さんにとって敵ですか、味方ですか?

検察庁は司法権か

そのⅦは司法権とそれ以降の規定だ。この司法の章には大きな学説の争いはない。しかし非常に分かりづらく、国民や私たちには理解ができないようなことで論争がある。それは違憲審査についてだ。その前に、司法権について検討してみよう。

ノーマ・ジーン・ベイカー
警察庁は国家公安委員会で内閣府なので行政、道府県警は自治体ではなく、道府県公安委員会で総務省、警視庁は東京都でも東京都公安委員会でやっぱり総務省で行政だ。警察は行政側の組織で、司法ではない。ちなみに消防庁は総務省だ。町の消防署は自治体消防で総務省だ。

議会や内閣、裁判所と会計検査院は設置根拠が憲法にある。その他の省庁は、すべてその設置法が根拠になっている。憲法に、この組織はこういう権限がある、と書かれたら、その組織を設置しなければならないということです。逆に憲法に書かれている間はその組織は設置されていなければならないということです。



その程度の議員たち

公務員や、組織の長となれば、設置根拠がどこか、任務は何かを常に自問自答して執務して当然だ。憲法に根拠があれば、憲法に書かれている権限や義務を逸脱しないよう、範囲内で意思決定するのは当然だ。下位法に根拠があっても、その根拠法に書かれていることが任務になる。

憲法であれ法律であれ、書かれていることやって、いないことをやらないというのが立憲主義だ。過去、消費者庁長官に就任して、前長官から国会で、「消費者庁はなんで存在し、何をすべきなのですか?」という趣旨の質問に、「消費者のために消費者を保護することです」というような答弁をしていた。間違いではないが、充分ではない。

議員なら「消費者庁及び消費者委員会設置法によって存在し、法に示されたことをする」くらいの答弁がほしいとことだ。日本の国会議員のほとんどが、なにか政策を実現したくて、議員になっているので、そういう意識が非常に低いのが問題です。法律のよって秩序の安定を図ることより、立法して予算を獲得して、何かをしたい、という意識が先走っているように感じます。

元官僚や主婦、タレント、経営者が、ご自分がこういう病を患ったので、こういう政策を実現して、対処を無料化したいとか、身内に障害をもっているので、こういう福祉政策を実現したい、こういう経済政策が必要だ、などの志をもった議員が与野党問わず多くいるが、議員の任務はそれを実現することではない。

あくあでも主権者である国民やその他外国人含めて、私人間の活動が円滑に処理できるような法律体系を構築して、なるべく、係争が起こらないようにする、おこっても司法によって円滑に処理ができるようにすることだ。

昨今目に余るのが元タレント議員と事後タレント的に活動している議員だ。知名度を生かして参議院議員に当選してが、結局、党のいいなりになるか、挙句の果てには公務党務をいいことに個人的な欲望を満喫している。また、比例代表という自身の知名度というよりは政党の集票力で当選した議員が政党を離党して活動することにも疑義がある。

オーストラリアでは、うっかり二重国籍であったことが分かって、政党の副代表が2名、議員辞職致したが、日本では二重国籍期間があったことがわかったにも関わらず、国籍離脱が努力義務だ、という理由で、うっかりしてましたと、国籍離脱したという戸籍を公開して、堂々と議員を続けている。国が違うと同じうっかりでもこうも対応が違うのかと、日本の議員の意識の低さに愕然とする。

司法は、そんな立法府が、立法した法律に基づいて、法律で解決可能なもめ事を法律で解決するという、使命をおびた組織だ。その程度の立法府が制定した法律で争訟を裁いる。逆にいうとそんな立法府が立法した法律で私たちは裁かれるわけだ。

日本国憲法では、

第76条 すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
2 特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。

として、司法権は裁判所に付与している。裁判所にあるということは、総理大臣にも議会にものない、ということだ。では司法権とはどのような権限なのか。

司法権とは、「具体的な争訟について、法を適用し、宣言することによってこれを裁定する国家作用」―芦部憲法、です。具体的には、①具体的な争訟、②適正な手続きの要請等に則った特別の手続き、③独立した裁判、④正しい法の適用―芦部憲法、だとしている。

司法で、重要な概念はどうやら「具体的な争訟」だということが分かる。具体的な争訟を裁判所は「当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつそれが法律の適用で終局的に解決することができるもの」と説明してます。この他、裁判所が自ら「判断しない」としているものに、自立権に属する行為、自由裁量権行為、統治行為がある。

裁判所は、抽象的な法令解釈や効力については裁判所の審査権、つまり司法権の担当外ということになる。それと2項に規定されるように、最高裁、高裁、地裁、家裁、簡易裁以外の裁判所を設置することができないということだ。他国には憲法裁判所や行政裁判所、軍事裁判所があるところがある。

ざっくりとしたあいまいな説明だが、こんな感じくらいは理解できると思う。憲法で付与されている司法権だから、並列にある、立法権、行政権へはなるべく口出ししない、という感じだ。ただし、場合によって「物申す」ときがある。それが違憲審査だ。

物申す根拠がこの条文だ。

第81条 最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

中段の憲法に「適合するかしないかを決定する」とあるように、ある法律の違憲合憲判断をする権限が付与されている。この、違憲合憲判断には二種類のタイプがあり、ドイツの憲法裁判所型とアメリカの司法裁判所型付随的違憲審査だ。では、日本国憲法はどちらを採用しているのか?

条文から判断すれば、第76条第2項によって、特別裁判所は設置できないので、司法裁判所型付随的違憲審査と考えるのが妥当だろう。すると付随的違憲審査とは何ぞや?ということになる。付随的ですから、ことのついでに違憲合憲の判断をしよう、ということだ。学説はここで論争しているのだ。少しその争いを概観してみよう。その前に、学説の争いのような、抽象的で法律の適用によって、終局的に解決ができないことがらを司法は判断しないということだから、憲法の問題も永遠に結論がでないまま、争っているのだ。

参照元(憲法の条文)があいまいでどちらとも取れる表現だったり、2か所で別のことをいっていたりするのですから、解釈はいろいろある。学者はそんな議論を毎日して給料をもらっているのだから、憲法が改正され、明確になるとくいっぱぐれだ。

司法権の論争は、日本国憲法では司法裁判所型しか認めていない、いやいや、最高裁には具体的な争訟をはなれて、抽象的な違憲審査ができる権限も認められている。さらに認めるかどうかは法律による、―法律委任説、といった内容だ。

そして、それには、客観訴訟という訴訟の分類がかかわってくる。これは裁判所法の第3条に、「裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。」として、法律一任説のような文言があるからだ。 それらを根拠に行政訴訟法では、客観訴訟として、民衆訴訟と機関訴訟が認められている。実際に最高裁は、いくつかの訴訟で違憲審査を行っている。

憲法は民族や地域にある慣習を実定化して、その下位に法律や命令を規定して、秩序を維持したり、統治地域内の争いを裁定したりしているわけだから、がちがちで柔軟性がなくて、融通がきかなくても困るし、日本国憲法のようにあいまいで、文言に間違いがあっても困るし、そういう意味では制定するのが大変なわけだ。

憲法には、慎重に制定して、改正規定のハードルを高くした憲法を硬性憲法という分類がある。硬性なので法体系として安定性がある。ところが、そのもとになる憲法があいまいでは、その安定性を欠いてしまう。学説の争いがあるということは、安定性を欠いているということだ。

(改正案)
第6章 司 法
第49条[司法権]司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
2 特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行うことができない。但し軍事的作用及び軍人、軍属を裁判する場合はこの限りではない。
3 裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される。
第50条[裁判所の自治]最高裁判所は、訴訟に関する手続、弁護士、裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項について、規則を定める権限を有する。
2 検察官は、最高裁判所の定める規則に従わなければならない。
3 最高裁判所は、下級裁判所に関する規則を定める権限を、下級裁判所に委任することができる。
第51条[裁判官の独立]裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない。裁判官の懲戒処分は、行政機関がこれを行うことはできない。
第52条[最高裁判所裁判官の任命]最高裁判所は、その長たる裁判官及び法律の定める員数のその他の裁判官でこれを構成し、その長たる裁判官以外の裁判官は、国民議会でこれを任命する。
第53条[最高裁判所裁判官の退官]最高裁判所の裁判官は、法律の定める年齢に達した時に退官する。
第54条[報酬]最高裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、これを減額することができない。
第55条[下級裁判所裁判官の任命]下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によって、国民議会でこれを任命する。
2 裁判官は、任期を10年とし、再任されることができる。但し、法律の定める年齢に達した時には退官する。
3 下級裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、これを減額することができない。
第56条[違憲審査]最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。
2 最高裁判所および下級裁判所は、第1項を司法の権限で行う。
第57条[公開法廷]裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行う。
2 裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行うことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第3章で保障する国民の権利が問題となっている事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。
第58条[反逆罪]日本国に対する反逆罪は、日本国に対して戦争を起こす、または日本国の敵に援助と便宜を与えてこれに加担するときにのみ、成立するものとする。何人も、同一の外的行為についての2 人の証人の証言、または公開の法廷での自白によるのでなければ、反逆罪で有罪とされない。
2 最高裁判所は、反逆罪の処罰を宣言する権限を有する。ただし、反逆罪を理由とした私権剥奪の効力は、私権を剥奪された者の生涯の間を除き、財産没収に及んではならない。

これで、学説の争いはなくなります。日本国憲法は司法裁判所型違憲審査です。ただ軍事裁判所の設置を容認する条文を追記しました。反逆罪も追記を提案しています。日本国憲法は反逆罪等の規定はありません。合衆国憲法にはその規定があります。

(合衆国憲法)
第3 条[反逆罪]
[第1 項] 合衆国に対する反逆罪は、合衆国に対して戦争を起こす場合、または合衆国の敵に援助と便 宜を与えてこれに加担する場合にのみ、成立するものとする。何人も、同一の外的行為についての2 人の 証人の証言、または公開の法廷での自白によるのでなければ、反逆罪で有罪とされない。
[第2 項] 連邦議会は、反逆罪の処罰を宣言する権限を有する。ただし、反逆罪を理由とした私権剥奪 の効力は、血統汚損または、私権を剥奪された者の生涯の間を除き、財産没収に及んではならない。

これはこの後に規定する国防非常事態条項の有力な根拠になる。

第7章は財政についてだ。この章の問題は、第89条 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

この条文を素直に読めば、私学への補助金は違憲の疑義がある。また公の支配という文言に解釈の相違がある。ま地鎮祭などの習慣への支出も禁じられており、―これこそ習俗の範囲、判例でそれらの支出が違憲と判断されている。今後は教育の無償化などのへも対応できるように、この条文は削除して、法律や議会の議決による支出措置としたい。

(改正案)
第7章 財政
第59条[国の財政] 国の財政を処理する権限は、国民議会の議決に基いて行使する。
第60条[課税]あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律による。
第61条[支出及び債務]国費を支出し、又は債務を負担するには、国民議会の議決を必要とする。
第62条[予算計上]総理大臣は、歳入および歳出を予算に計上しなければならない。
第63条[予備費]総理大臣は、予備費を計上して支出することができる。
2 予備費の支出については、事後に国民議会の議決を必要とする。
第64条[皇室財産]皇室財産は、国に属する。皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を必要とする。
第65条[会計検査]決算は、毎年会計検査院が検査する。
2 会計検査院の組織及び権限は、法律でこれを定める。
第66条[会計報告]総理大臣は、次の年度に検査報告を国会に提出しなければならない。



道州制っ大宝律令の?

第8章は地方自治です。フランス憲法では地域共同体という名称になっている。日本国は連邦制国家ではないで、ドイツのラントやアメリカの州とは異なる。現在日本国は都、府、道、県、郡、市、町、村、区という制度ですが、町や村は町制、村制という自治体としての町村と市区制の下位の町(まち)と村(むら)のように統一されていない。

また京都府は都なのか府なのかわかりません。道州制導入を主張する政治家、学者がいますが、せっかく州制を導入するのに、道は必要ないじゃん、とか、九州は九州州なのか、北海道は北海道道なのかよくわかりません。そこで、政治的首都という意味でつかわれるものを令制国で行政地の呼称、府として、都(みやこ)は京とします。天皇陛下は、京都御所で国事行為と公的行為を執務する。政府は政「府」なのだから、東京府と大阪府として政治的組織は分割する。

基礎自治体の単位が問題です。令制国では国がそれに該当するが、国は現在、日本国をいうので、そこで郡ではどうだろう。英語ではCounty だから、わかり易いのではないだろうか。郡の下位に町、村を配置する。次に地名、番地、号とする。自治の基礎は郡とし行政責任者を郡令、議会を郡議会として、選挙で任命する。

郡とは独立した自治体を政令市とする。政令市の下部は区、地区、地名、街区、番地、号とする。町と市をほぼ同等な面積とすれば、その下の町と区、村と地区などは面積的には同じになり違うのは人口密度ということになる。その他の民主的な機能を持たない行政市を単に市とする。

たとえば、東京都であれば東京府品川区五反田地区1街区1番地1号になります。横浜市の場合は横浜行政市中区本牧地区1街区1番地1号などだ。東京は23区以外を府部ではなく市部として、武蔵郡西東京市○○、大阪も大阪府〇○区○○とする。

さらに現在地方と呼ばれる地域や、いわゆる道州制の議論をしている地域をまとめる、ことをさまたげないとする。そのときは、地域という単位をつかって、関東地域や東北地域または、令制国の東海道、東山道とする。単位は地域でも道でもいいだが、できれば統一した方が好ましい。

令制国名は700年代に2文字に統一されているので、それを使用したほうが、地理と結びついていて、わかり易い。例えば東京、埼玉圏を武蔵、神奈川県域を相模、などと表記する。先にも触れたが、これらはもともと国で、相模国、武蔵国と呼ばれ表記されていた。

その方が地理的な区分に沿っているので変な飛び地がなくわかり易いと思う。問題は「国」という表記だろう。現在は国全体をいう言葉だが、もともとは邦が国全体をさす場合もある。State州を邦と訳す場合もあり、それら合州国を連邦などと表現したりもしている。―なぜかアメリカは合衆国だ、ドイツは連邦、このあたりの訳語も統一すると理解しやすい。

もしも令制国名を復活するとすれば、国は邦と表記すべきだろう。すると相模邦、武蔵邦として、その下部に郡を置く。今日の政令市は自治体として邦と同等にする。政府機能がある市を府として、その長を首府とし東京、府を大阪、太宰、仙台等とする。他にも、郡はそのまま、武蔵郡、相模郡として、上記で地域とした領域を邦として、関東邦、北東邦、近畿邦、畿内邦などと表記するのも1案です。

すると、東京は日本国東京首府品川区五反田地区1街区1番地1号のような表記に、大阪は大阪府住吉区○○地区○○1街区1番地1号とします。周辺の市を区として統合して範囲を拡げてもいいでしょう。このように意外といろいろな行政区分が考えられます。このように憲法の改正は、政治体制の在り方の決定なので、いろいろな案を検討すべきでしょう。皆さんも考えてみては如何でしょう。もしかすると、皆さんの案が実現するかもしれません。

さて条文ですが、このような提案だ。

(改正案)
第8章 地域共同体
第67条[地域共同体の自治]地域共同体の自治は憲法の基本原則の範囲内で認められる。
第68条[地域共同体の定義]地域共同体とは、人々が地理的、歴史的、習俗的に結びついた、一定の地域をいう。
第69条[地域共同体の本旨]地域共同体の組織及び運営に関する事項は、地域共同体の本旨に基いて、法律でこれを定める。
2 地域内では本旨に基づいて、干渉されることのない。
3 地域住民を尊重して、個性を認める。
第70条[議会の設置]地域共同体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。
2 地域共同体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、地域共同体の住民が、直接選挙する。
第71条[地域共同体の権能]地域共同体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。

次は改正と最高法規についての条文だ。そのまま条番を訂正しよう。

第9章 改 正
第72条 この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

2 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。

第10章 最高法規
第73条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
第74条 この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
第75条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う。

皆さん、このように憲法というのは、憲法制定権者つまり主権者が、―国民、ということは私たちが、自由に、―もちろん制限はあるが…、決められるものだ。

英文を手交されて、日本語訳して、その改正案を作って、それをまた英文にして、また、お伺いしてつくられた「大日本国憲法の改正草案」によって、審議され「確定」された憲法が、制憲力者の自由意思に基づくのか?しかし結果、「確定」された憲法は国民に支持されたことは間違いといえる。昭和20年3月の東京大空襲以後の深刻な食料不足、敗戦が決まった昭和20年8月15日以後の統治機構の混乱は、国民を厭戦気分にしたことは否定できない。

憲法の改正は、国民には目にはとまらずに進められ、スピディーに審議されたことは説明した。昭和21年11月3日に公布され、翌年5月3日に施行されたときには、「平和を希求する」、「武力の放棄」といった文言が平和の象徴だったことは事実だろう。その後70有余年改正に多くの国民は消極的積極的にしろ、憲法改正には否定的であったことは確かといえる。

第2次大戦のニューギニア戦線に従軍して、その後進駐軍として来日した新聞記者のスチュアート・グリフィンは、そのような、敗戦後の日本を取材して回り、昭和24年に邦題『神国いづこ』を出版します。―この邦題の邦は先ほど説明したほうの使い方だ。僕は「日本国民は独立自尊の精神を放棄して交際社会に復帰した」と指摘した。この本にはそんな迎合的な当時の日本人への軽蔑、嫌悪が書かれている。

「昨日までチャーチルとルーズベルトを糾弾していた日本人が今では、東條、東條、東條また東條といって東條1人を糾弾している」、GHQ最高司令官マッカーサーに迎合雷同する日本人、せっかく偉大な伝統を持ちながら、目先の利益を追い、猿真似に狂騒している日本人と、筆致鋭く観察しています。かれは「世界に何も貢献していない日本人など抹殺してしまえ」と唾棄しています。同様なことは国内ばかりではなく、いたるところで起った。

自身がシベリア抑留の経験のある名越二荒之助氏はその著書で、同じくスターリンに迎合する日本人を、捕虜となっても民族の誇りを失わず、ソ連に徹底的に抵抗するドイツ人から軽蔑、嫌悪、唾棄されるさまを、自身の著書で取り上げている。このように憲法は民主政体国にとって、その国その民族の過去からの習俗や特徴を、国際社会と折り合いを保ちながら、制度実定化するもので、決して外国に強制されてはならないものだ。

次稿は、日本国憲法最大の欠陥、緊急事態条項の不備で検討だ。厭戦気分の憲法は、自国の緊急事態を諸国民の公正と信義を信頼して、対応しようと決意したので、危機を想定していない。危機が発生したときは白馬の王子様が助けてくれる、ことを規定しているので、その白馬の王子様が存在していない世界に対応できない。

そのような事態が発生するとき、憲法は動作をフリーズして、キーをたたいても、クリックしても統治組織は動作を停止してしまうだろう。リブートすればと、内閣の改造や解散総選挙をするが、根本的な解決にはならず、あるときブルー画面、なんてことになる。よって、そういう事態に対してのマニュアル的な条項は必要なのだ。

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貧困が戦争を起こす もし社会が現状で固定されるとしたら、現在比較的幸福な人はいいが、もし不幸な人はどうだろうか。それはその人の希望を奪い去ることになる。国家同士の戦争もある一面では現状に満足できない国家と、それを阻止しようとする国家の営みといえる。

第一次大戦後ヨーロッパの比較的裕福な人々の間で戦争が二度と起こらないように、家族友人の死、あるいは戦争による破産などの不幸をなくすには、どうしたら良いか考えられたのは自然なことだ。そして彼らは結論した。「貧困が戦争を起こす」。

大戦中ロシアでは革命が起こりソ連邦が誕生する。国民(ソ連に国民がいたかは定かでないが)に貧困のない平等な生活を提供する統治体の出現に、ヨーロッパのエシュタブリッシュメントは期待と不安の眼差しを向ける。

リベラリズムの誕生 フランス革命の惨劇を経験しているヨーロッパの裕福な人達は、現状を維持しながら戦争を防止する政治体制の確立を急いだ。そのような背景でリベラリズム理論が誕生することになる。その理論は金持ちはそのまま…

日本国憲法改正提案Ⅳ

―戦争って放棄すればなくなる?― 天声人語の強制は憲法違反 そのⅢまで如何だろう? 僕が受験生のころ、―昭和56〜57年、先生が「朝日新聞の天声人語を読んでおけ、必ず試験に出るからな。」これってすごいね。この次の稿では、権利について検討するが、この発言は明らかな権利侵害だ。ある特定の新聞のある特定の筆者が書いた私見を、そのまま疑いもしないで試験では正解として書け!ということなわけだから。当時は朝日新聞に書いてあることが、受験に出題される「正解」だったのだ。

自衛隊を否定すれば卒業! ある先生に、昭和40年代から50年代まで、大学の卒論で自衛隊の悪口を書けば、評価されたと来たことがある。もちろん、すべてではないだろうが、時代の雰囲気はそんな感じだったのだろう。受験生の僕のために、朝日新聞を購読していた、母親も見事に影響を受けて、いまでもそれは変わってない。

僕は、それはそれで仕方のないことだと思う。物事の良い悪いは、自らの経験や信仰、影響を受けた人や情報で判断する。ただ、事実や法律的な合法違法はあきらかなので、―これは司法の稿で説明するが、事実に基づく判断、法律に基づく判断は、国民として身につける必要はあるだろう。


なぜ男はだめなのか? 出来れば女性に読んでもらいたい。それは、―あくまでも僕、個人の経験だが、男はどうしょうもないから生きんのだと思う。男性全員が、そうだとはいわないが、―あくまでも、僕レベルの男性は、政治に興味がない。興味の方向はの女性だけに向いている。

何をするにも基準は「女性にもてたい」か「格好良いと思われたい」くらいだろう。音楽をやるのも、スポーツをやるもの仕事で出世するもの、究極の目的はそれ以外にない。天下りを斡旋して首になったどこかの省の次官が、次官になっても、キャバクラの特定の女性に入れあげたなんてのもそう、先生に反抗するのも究極、それしかない。だから男に憲法が…、と話してもなかなか興味はひかないと思う。

そういう僕も、Anarchy in the UK ―ちなみのコックニーではナナキーと発音します、を歌ったり、スターリンというバンドが好きだったりしましたので、あまり人のこといえないが…。若いうちと現在の考え方は変わって当然です。ですから今、こんな考え方もあるんだぁ〜、程度に読んでもらいたい。

では、女性はどうだろう。僕は女性…

年次改革要望書

サイトで偶然みつけた原文の、いわゆる「年次改革要望書」だが、TPPと比較してみても面白い。アメリカの戦略なのか執念なのか、はたまた信仰なのか、1994年からもう20年くらいやってる市場開放交渉だ。我国政府も辛抱強くそれに対応していることがわかる。

国家とはなにか

―言葉による混乱― 家族、社会、国 国家は、ヘーゲルの分類のよれば、家族や会社から構成される社会とは区別され、ウエーバーは正統性がある継承によって形成された一定の領域を暴力に関する権威・権限を行使する単独の主体(国家)と定義している。国家とは政府組織であり社会とは区別される。State の訳語として国家があてられているように、国家とは政府、議会、警察、官僚、裁判所などの機関を有する統治権力のことを指す。


国民、国家 人間は子孫を残すため家族をなし生活する。そのような家族が一定の習慣や宗教によってある領域内で集団となったものが共同体だ。そして多少の習慣や宗教的違いを包括した地域を「国」と呼ぶ。「国」の住人が「民族」であり、近代はこの集団=民族を統治する権力が組織され「国家」と呼んだわけだ。そして、民族は「国民」となったのである。日本語に State と Country や Nation を区別する言葉なないのは、憲法議論などを混乱させている要因の一つだろう。



領域、人民、権力 国際法で定義されている「国家」もその地域を統治する政治組織のことを指す。つまり内外に干渉されず国民を正統性のある統治機構のことを国家という。国際法では、領域、人民、権力の三要素が承認の条件ともなる。
ある程度以上確定された一定の領土を持つこと。国民が存在すること。統治機構を持ち実効的支配をしていること。 このように国家は強大な権力を有していなければならない。つまり外に対しては自衛力、うちに対しては秩序維持の警察力が国家の基本となることがわかるだろう。
国、天皇 我々の「国」は、国ヲ肇ルコト宏遠ニと教育勅語にあるように神武天皇が肇国した世界最古の「国」だ。天皇は「治らす」存在として祭政一致の統治者として政にあたり、明治維新によって近代的な君主となった。日本国は憲法以前に存在しているという事実は憲法が国の形に(その事実に)その権力を及ぼしてはいけないということだ。
社会、天皇 国家は社会と対峙する存在とまではいえないが社会に対し強制力がある。さらに国民の自由を拘束することができる。しかし憲法の規定により組織される政府は憲法を制定している、正統性を有する権威を否定出来ないしまた、それを変更できない。明治憲法における第1章天皇条項の1条から3条はそのことを明記した条文だ。

つまり天皇の身体を不可侵…

日本国憲法改正案条文の解説 第2章 権利

権利は外在的言語に過ぎないので獲得するのもである。 権利は鎧である 第2章は国民の権利だが、この章では、現行憲法より多くの人権を規定して国民の福祉向上に寄与しようとしている。権利カタログは条文ではなく、条項で列記しているのは大きな改正点だ。


第2章 権利
第15条[国民の要件]日本国民は、日本国籍を有するものとする。
あまりにも当然の規定なのだが、昨今二重国籍で問題になっている議員がいるように、この後の条文で議会議員要件は明確化したい。

次に権利の具体的規定だが、学説の争いをなくすために、日本国民の権利、制限できる権利、万人の権利に分けた。婚姻や選挙、教育、就労などの権利は公共の福祉の観点から年齢制限を課しているのでわけることにする。第17条は日本国民固有の権利として憲法がその擁護を宣言した。

日本国憲法改正案 第2章 権利
第17条[国民の権利]次にあげる基本権は、国民の権利として、日本国民に保障する。個人として尊重され自由かつ幸福を追求すること。
2 むやみに生命を奪わず、健康で文化的な生活を営むこと。
3 平等であること。
4 人種、信条、性別、社会的身分又は出生により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されないこと。
5 財産を自由に処分し、また不当に奪われないこと。
6 居住、移転及び職業選択の自由を侵されないこと。
7 外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されないこと。
8 拷問及び残虐な刑罰に処されないこと。
9 公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し請願すること。

日本国憲法の諸テキストを読んでも、人権に関する解説に重点を置いている。私は人権に関して、米国的な自然権思想よりは仏国的な行政権の抑止的な立場に立っている。それは英国的な国民の権利と親和性が高いが、あくまでも人造の鎧のようなイメージを持ってる。

個々人が武装して個々人のバランスオブパワーによる、社会秩序の維持を目的としている、自然権的人権思想は、やはり米国的といえる。ところが第二次大戦において、独国が行った人権侵害は、欧州において、議会による人権保護から法律からの保障という、新しい次元の人権に昇華した。現在の日本は国際人権規約を批准しているので、憲法はその規約を誠実に尊守する必要がある。

いずれにせよ、欧米の人権思想の奥には…

日本国憲法改正案条文の解説 ―第4章 立法権

二院制の必要ある? 二院制は基本的に王国で貴族などの制度があるときに、貴族院と庶民院、ー英国、もしくは連邦制国家が国民代表と各自治体の代表、―独国や米国、というようなときに必要とされる。北欧諸国が王政の制限と平等原理の徹底によって、二院制から一院制への移行をしているように、日本国も天皇の権限の制限と貴族制の廃止は、一院制の十分条件である。


第4章は立法権を規定している章である。冒頭説明したが、現行憲法の二院制はGHQ案では一院制であった。

Article XLI. The Diet shall consist of one House of elected representatives with a membership of not less than 300 nor more than 500.


GHQ案が手交されたのち、日本政府下で、憲法改正を議論したのは憲法問題調査委員会だ。その議事で、「二院制を維持すべきであるが、従来の貴族院の権限に制限を加え、その構成を民主的なものに改めるべきだ、との意見が支配的であった」、「その名称についても、「上院」「第二院」「元老院」「特議院」「審議院」「参議院」など様々な案が出されたが、「参議院アタリガ無難」だということになった」という。
GHQ民政局が起草した案は「日本の政治の発達状況をみても、簡明性という点からも、一院制を提案するのがよいとの結論に達した。」としているが、これは、貴族制度が廃止されること(マッカーサーノート)、日本は連邦国家でないこと、第一院と第二院の間の争いが生じるおそれがあることなどの理由によるものであったとして、非常に理にかなっている。

参議院の設置理念を金森徳次郎国務大臣は、「衆議院に対する抑制的機能を前提として、知識経験のある慎重熟練の士を求めることにある」とした。この理念は現在、踏みにじられている。障害のある子供をほったらかして、市会議員と一線を越えないまでも、ベッドをともにして開き直ってる議員、二重国籍が確定しても、努力義務なのでと、戸籍を公表して居座る議員、そのほか議員資格に???が付く参議院議員が多い。

原点に返って一院制にすることが最初の目的である。また議会の権限と権能を規定すること。特に現行憲法には全く規定のない貨幣造幣権や度量衡、暦、徴税権、軍の編成権など権限、総理大臣の指名、…

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 第4章

第4章は連邦に対する規定だ。合衆国憲法の規定を読んでいると気がつくことがある。それは防衛という言葉がかなり使われている。独立をして間もなく軍隊もない小さな州政府が自らの自治をある程度制限しても、連邦を組織した理由は国土と国家体制をなんとか護りたいという切なる願いのような気がする。それが合衆国憲法を制定した国民意志なのだろう。


第4章[連邦条項]

第1条[十分な信頼と信用条項]

各々の州は、他のすべての州の一般法律、記録および司法手続に対して、十分な信頼と信用を与えなけ ればならない。連邦議会は、一般的な法律により、これらの法律、記録および司法手続を証明する方法な らびにその効果につき、規定することができる。

第2条[市民権条項、逃亡犯罪人・奴隷の引渡し条項]

[第1項] 各々の州の市民は、他州において、その州の市民が享有するすべての特権および免除を等し く享有する権利を有する。

[第2項] いずれかの州において反逆罪、重罪その他の犯罪につき告発された者が、裁判を逃れて他州 で発見された場合には、その逃亡した州の執行部の要求があれば、当該犯罪につき裁判権を有する州に移送するために、この者を引き渡さなければならない。

[第3項] 1 州において、その州の法律によって役務または労務に服する義務のある者は、他州に逃亡 しても、その州の法律または規則によってかかる役務または労務から解放されるものではなく、当該役務 または労務を提供されるべき当事者からの請求があれば、引き渡されなければならない。[修正第13 条で改正]

第3条[新州および連邦財産条項]

[第1項] 連邦議会は、新しい州がこの連邦へ加入することを認めることができる。但し、連邦議会お よび関係する州の立法部の同意なしに、既存の州の領域内に新州を形成し、または2 つ以上の州もしくは その一部を合併して1 つの州を形成することはできない。

[第2項] 連邦議会は、合衆国に属する領有地その他の財産を処分し、これに関する必要ないっさいの 準則および規則を定める権限を有する。この憲法中のいかなる規定も、合衆国または特定の州の請求権を 損なうように解釈されてはならない。

第4条[共和政体条項]

合衆国は、この連邦内のすべての州に対し共和政体を保障し、侵略に対し各州を防衛する。合衆国は、 州の立法部または(立法部が集会できない…