アジアのリーダーは日本 ―TPPは輸出拡大によるアメリカの雇用確保なのか

前提を疑う

私達のTPPへの関心を高めたのは多くが中野さんのTPP亡国論(集英社新書)だろう。著者はグローバル・インバランスに言及し、2000年以降アメリカの過剰消費が世界経済の成長を牽引していたが、リーマンショック以降アメリカはグローバル・インバランスの是正が喫緊の課題となったとする。

そしてオバマ大統領の2010年の一般教書演説での「5年で輸出を倍増する計画発表」と、国家経済会議のサマーズ委員長の「アメリカの消費者は世界経済の成長の唯一のエンジンにはなれない」という発言を引用し、アメリカの「国家輸出戦略」を以下のようだと診たてた。
要するに、アメリカの輸出倍増戦略には、アメリカ以外の国々との間で互恵的な目的(グローバル・インバランスの是正)と、利己的な目的(輸出拡大による国内の雇用の確保)という、2つの側面があるということなのです」―中略―「TPPは、このアメリカの基本戦略である輸出倍増戦略の中に位置づけられているのです。
とTPPのアメリカ側の企図を輸出拡大による国内の雇用の確保だとした。

リカードの比較優位によれば関税を撤廃した2国間の―または多国間―自由貿易は両国―多国―においてWin‐Winの関係を構築できるのである。関係国が得意分野に特化した場合、全体で生産量が上がり、同時に両国への直接投資が伸長するということだ。GATT、WTOを推進する根拠は比較優位にある。

中野さんは「輸出拡大による国内の雇用確保」がアメリカ側の企図の一つの側面だとしたが、TPPによって比較優位が実現すればアメリカの雇用は逆に関係国に奪われることにならないか。比較優位は関係国の直接投資を伸長させると説明したが、アメリカはTPPで多国籍企業とその投資家に保護を与え、海外投資をすすめ自国の産業の空洞化を進展させ、よって多国籍企業の競争力を強化する戦略に出ているのはないかという結論に私は達した。

企図を察知しそれを実現させないことが戦略の基本
私の当初から、「相手企図の見極め」を目的としている。であるから私は「交渉参加後公式オフォーを元に判断すべし」と主張してきた。韓国が批准した米韓FTAの内容が、おそらくTPPでも遡上に上がると想定さるので、その中にアメリカの企図があると想定されるが、その核心は巷間で云われている「毒素条項」であろう。

「TPPは実質日米のFTAだ」と云う議論があるが、であれば米韓FTAをみても2国間交渉のほうが多国間交渉よりもアメリカには有利ではないだろうか。特に普天間問題を抱える現在の日米間では日本側が譲歩を要求される可能性が高い。

同時に「アメリカの日本市場に対する更なる市場開放要求だ」と云う議論も、すでにかなり市場開放され、一部の分野を除いて概ね低関税である日本市場はそれほど日本側の世論を無視して開放要求するほどアメリカの利益はない。もし日本市場が魅力的であれば両国でFTA交渉をする方がよりアメリカには有利だと説明した。

ウルグアイ・ラウンドやその他の自由貿易に関わる交渉で食品に関する日本側の世論の反対と官僚の抵抗を経験しているアメリカは、日本と2国間でも多国間でも締結することの困難さを知っている。であるからTPPが日本市場が狙いという議論は2次的にはそうかもしれないが主目的ではないと考えたほうが妥当ではないか。

ドラッカーの申し子、スティーブ・ジョブスモデル

60年代、70年代、アメリカの経営者に多大な影響を及ぼしたピーター・ドラッカーは企業の社会性と知識社会の出現に言及した。先進工業国は比較優位に基づき知的業務に特化すべきであると提言した。

アップルは本国に開発部門を残し製造は中国に移してしまっている。つまり利益は投資家へ還元されるが雇用は中国で生まれる。アップルをアメリカと置き換えれば、TPPにより締結国へはアメリカの投資が向かうことになる。ISDSによって投資家は投資先国の革命など政治状況による不利益から保護される。

しかしそれはアメリカのGDPには貢献するが雇用にはほとんど貢献しない。むしろ空洞化によりアメリカの低所得者層の雇用はTPP締結国へ移動することになる。TPPはアメリカのほとんどの国民にとっても利益ならないという三橋さんの議論は正しい。つまりアメリカは多くの自国民を犠牲にして多国籍企業の競争力を維持する戦略だ。

日本の製造業はアップルと同様にTPPによるメリットは大きい。特に円高の現在(2011.11.25現在1ドル77円)、日本企業の海外投資メリットはアメリカ企業より大きいと云える。よってTPPによって利益を享受できるのは参加国でアメリカ企業と日本企業だけなのではないか。

やはり中国との関係

あるアメリカの経営者は自社の工場労働者に言及して読み書きと四則演算の教育が課題と述べたという。アップルに代表されるアメリカのグローバル企業の多くは中国、インドに製造部門を移転している。それは安価な労働市場の確保といえるが、一方優良な労働者の確保でもある。アメリカの自動車産業が衰退した原因は労働者の質にあったという。

来年、2012年1月台湾では総統選挙が行われる。同年中国も指導者が交代する。また中国のバブルが崩壊するという予測もすでに予測の域を超え現実になりつつある。アメリカの国防総省、安全保障コミニティからは中国警戒のメッセージが頻繁に発信されるようになった。アメリカは膨張する中国へのデタントを諦め、攻囲戦にはいったと云えないか。そしてアメリカ企業の移転先としてアジア各国と投資協定を結ぼうとしているのではないか。

アメリカは自国のブルーカラーを見限り中国へ進出した。その互恵的関係は両国国内の格差を広げることになったが、経済は両国とも活況を呈した。ようするに資本主義は原理的に国際分業を必要とし、そのため、資本家にとっては投資国に対し資本主義的所有権の合意と強制が必要となる。アメリカのTPPに対するコミットはここに帰結するのではないか。

日本以外のTPP参加表明国の投資能力はアメリカと対抗できない。グラフを見ても日米の経済力は多国を圧倒している。何が起きるかというと、少し過激な言葉を使えばアジア各国はアメリカの経済植民地化してしまうということだ。韓国は中国の併呑を拒否してアメリカにその保護を求めたが、TPP締結国はアメリカ企業の下請工場になるであろう。しかし膨張する中国に対抗するため、同様な動きがアジア各国にも始まったとは云えないだろうか。

やはり日本がリーダーとなるべき

もしTPPへ日本が参加をしない場合、投資先国とISDS締結なしの投資リスクはアジア各国においてはまだまだ高いので、日本企業は海外投資を諦め、日本国内への投資を強化するであろう。アメリカ企業はISDSによってリスクをヘッジしているので積極的な投資を行い、アップルのような他国籍企業は世界市場を席巻することになるだろう。

国際分業を実現した企業の製品、サービスは日本企業の市場を奪取することはアップル、サムスンの事例でも明らかだ。アジア各国はアメリカの投資によって雇用は増え、経済発展するであろうが、それは単なるアメリカの下請工場に過ぎない。

日本はTPPの枠内でアメリカと競うべきだ。日本にとってはハイリスクだが、アジア各国にとっては救いになるではないだろうか。アジア各国のTPP参加の思惑は中国の強権的ネポティズム資本主義をアジア各国は拒否して、資本主義的所有権に厳しいアメリカの企業支配になる選択だということではないだろうか。

日本はそこに割って入って資本主義のルールに基づいた日本的なやり方で関係国と互恵関係を築き、アジアへの経済的プレゼンスを高めるべきだ。そしてその時に必要な精神は日本の国家ビジョンである八紘為宇であり、日本人が東日本大震災で世界に示した和と徳の精神である。世界は科学万能文明時代から精神科学文明時代へとシフトしつつある、その魁に日本がなる必要がある。

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