スキップしてメイン コンテンツに移動

教育ニ関スル勅語

敎育ニ關スル勅語

朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世々厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ敎育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ徳器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重ジ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン
斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト倶ニ拳々服膺シテ咸其徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ

明治二十三年十月三十日
御名御璽

朕(ちん)惟(おも)フ(う)ニ 我(わ)カ(が)皇祖(こうそ)皇宗(こうそう) 國(くに)ヲ肇(はじ)ムルコト宏遠(こうえん)ニ 德(とく)ヲ樹(た)ツルコト深厚(しんこう)ナリ
我(わ)カ(が)臣民(しんみん) 克(よ)ク忠(ちゅう)ニ 克(よ)ク孝(こう)ニ 億兆(おくちょう)心(こころ)ヲ一(いつ)ニシテ 世(よ)世(よ)厥(そ)ノ美(び)ヲ濟(な)セルハ 此(こ)レ我(わ)カ(が)國體(こくたい)ノ精華(せいか)ニシテ 教育(きょういく)ノ淵源(えんげん)亦(また)實(じつ)ニ此(ここ)ニ存(そん)ス
爾(なんじ)臣民(しんみん) 父母(ふぼ)ニ孝(こう)ニ 兄弟(けいてい)ニ友(ゆう)ニ 夫婦(ふうふ)相(あい)和(わ)シ 朋友(ほうゆう)相(あい)信(しん)シ(じ) 恭儉(きょうけん)己(おの)レヲ持(じ)シ 博愛(はくあい)衆(しゅう)ニ及(およ)ホ(ぼ)シ 學(がく)ヲ修(おさ)メ 業(ぎょう)ヲ習(なら)ヒ(い) 以(もっ)テ智能(ちのう)ヲ啓發(けいはつ)シ 德噐(とくき)ヲ成就(じょうじゅ)シ 進(すすん)テ(で)公益(こうえき)ヲ廣(ひろ)メ 世務(せいむ)ヲ開(ひら)キ 常(つね)ニ國憲(こくけん)ヲ重(おもん)シ(じ) 國法(こくほう)ニ遵(したが)ヒ(い) 一旦(いったん)緩急(かんきゅう)アレハ(ば) 義勇(ぎゆう)公(こう)ニ奉(ほう)シ(じ) 以(もっ)テ天壤(てんじょう)無窮(むきゅう)ノ皇運(こううん)ヲ扶翼(ふよく)スヘ(べ)シ 是(かく)ノ如(ごと)キハ 獨(ひと)リ朕(ちん)カ(が)忠良(ちゅうりょう)ノ臣民(しんみん)タルノミナラス(ず) 又(また)以(もっ)テ爾(なんじ)祖先(そせん)ノ遺風(いふう)ヲ顯彰(けんしょう)スルニ足(た)ラン
斯(こ)ノ道(みち)ハ 實(じつ)ニ我(わ)カ(が)皇祖(こうそ)皇宗(こうそう)ノ遺訓(いくん)ニシテ 子孫(しそん)臣民(しんみん)ノ倶(とも)ニ遵守(じゅんしゅ)スヘ(べ)キ所(ところ) 之(これ)ヲ古今(ここん)ニ通(つう)シ(じ)テ謬(あやま)ラス(ず) 之(これ)ヲ中外(ちゅうがい)ニ施(ほどこ)シテ悖(もと)ラス(ず) 朕(ちん)爾(なんじ)臣民(しんみん)ト倶(とも)ニ 拳拳(けんけん)服膺(ふくよう)シテ 咸(みな)其(その)德(とく)ヲ一(いつ)ニセンコトヲ庶(こい)幾(ねが)フ(う)

明治二十三年十月三十日

御名(ぎょめい) 御璽(ぎょじ)

【 朕 】 天子の自称。中国古代では一般人の第一人称だったが、秦(しん)の始皇帝(しこうてい)のときから天子のみの自称となった。
【皇祖皇宗】 天照大神(あまてらすおおみかみ)に始まる天皇歴代の祖先。
【億 兆】 限りなく大きい数。転じて万民を指す。
【恭 儉】 人にはうやうやしく、自分の行いはつつしみ深いこと。
【徳 器】 徳行と器量。道徳にかなった良い行いと、それぞれの地位や役目にふさわしい才能や人柄。
【世 務】 世の中のつとめ。
【緩 急】 緩やかなことときびしいこと。急なこと。危急の場合。
【天壌無窮】 天地と共にきわまりのないこと。「日本書紀」の天照大神の神勅(しんちょく)に由来する言葉。
【拳々服膺】 胸中に銘記して忘れず守ること。中国の古書「中庸」にある言葉。

現代語訳
私が思うには、我が皇室の先祖が国を始められたのは、はるかに遠い昔のことで、代々築かれてきた徳は深く厚いものでした。我が国民は忠義と孝行を尽くし、全国民が心を一つにして、世々にわたって立派な行いをしてきたことは、わが国のすぐれたところであり、教育の根源もまたそこにあります。

あなたたち国民は、父母に孝行し、兄弟仲良くし、夫婦は仲むつまじく、友達とは互いに信じあい、行動は慎み深く、他人に博愛の手を差し伸べ、学問を修め、仕事を習い、それによって知能をさらに開き起こし、徳と才能を磨き上げ、進んで公共の利益や世間の務めに尽力し、いつも憲法を重んじ、法律に従いなさい。そしてもし危急の事態が生じたら、正義心から勇気を持って公のために奉仕し、それによって永遠に続く皇室の運命を助けるようにしなさい。これらのことは、単にあなた方が忠義心あつく善良な国民であるということだけではなく、あなた方の祖先が残した良い風習を褒め称えることでもあります。

このような道は、実にわが皇室の祖先が残された教訓であり、その子孫と国民が共に守っていかねばならぬことで、昔も今も変わらず、国の内外をも問わず、間違いのない道理です。私はあなた方国民と共にこの教えを胸中に銘記して守り、皆一致して立派な行いをしてゆくことを切に願っています。

明治二十三年十月三十日
天皇の署名と印

12の徳目
  1. 親に孝養をつくそう(孝行)
  2. 兄弟・姉妹は仲良くしよう(友愛)
  3. 夫婦はいつも仲むつまじくしよう(夫婦の和)
  4. 友だちはお互いに信じあって付き合おう(朋友の信)
  5. 自分の言動をつつしもう(謙遜)
  6. 広く全ての人に愛の手をさしのべよう(博愛)
  7. 勉学に励み職業を身につけよう(修業習学)
  8. 知識を養い才能を伸ばそう(知能啓発)
  9. 人格の向上につとめよう(徳器成就)
  10. 広く世の人々や社会のためになる仕事に励もう(公益世務)
  11. 法律や規則を守り社会の秩序に従おう(遵法)
  12. 国難に際しては国のため力を尽くそう、それが国運を永らえる途(義勇)
教育基本法
(平成十八年十二月二十二日法律第百二十号)教育基本法(昭和二十二年法律第二十五号)の全部を改正する。我々日本国民は、たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願うものである。我々は、この理想を実現するため、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する。ここに、我々は、日本国憲法 の精神にのっとり、我が国の未来を切り拓く教育の基本を確立し、その振興を図るため、この法律を制定する。
 前文
 第一章 教育の目的及び理念(第一条―第四条)
 第二章 教育の実施に関する基本(第五条―第十五条)
 第三章 教育行政(第十六条・第十七条)
 第四章 法令の制定(第十八条)
 附則

   第一章 教育の目的及び理念
(教育の目的)
第一条  教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。
(教育の目標)
第二条  教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
 幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。
 正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
 生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。
 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。
(生涯学習の理念)
第三条  国民一人一人が、自己の人格を磨き、豊かな人生を送ることができるよう、その生涯にわたって、あらゆる機会に、あらゆる場所において学習することができ、その成果を適切に生かすことのできる社会の実現が図られなければならない。
(教育の機会均等)
第四条  すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。
 国及び地方公共団体は、障害のある者が、その障害の状態に応じ、十分な教育を受けられるよう、教育上必要な支援を講じなければならない。
 国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって修学が困難な者に対して、奨学の措置を講じなければならない。
第二章 教育の実施に関する基本
(義務教育)
第五条  国民は、その保護する子に、別に法律で定めるところにより、普通教育を受けさせる義務を負う。
 義務教育として行われる普通教育は、各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培い、また、国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとする。
 国及び地方公共団体は、義務教育の機会を保障し、その水準を確保するため、適切な役割分担及び相互の協力の下、その実施に責任を負う。
 国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料を徴収しない。
(学校教育)
第六条  法律に定める学校は、公の性質を有するものであって、国、地方公共団体及び法律に定める法人のみが、これを設置することができる。
 前項の学校においては、教育の目標が達成されるよう、教育を受ける者の心身の発達に応じて、体系的な教育が組織的に行われなければならない。この場合に おいて、教育を受ける者が、学校生活を営む上で必要な規律を重んずるとともに、自ら進んで学習に取り組む意欲を高めることを重視して行われなければならな い。
(大学)
第七条  大学は、学術の中心として、高い教養と専門的能力を培うとともに、深く真理を探究して新たな知見を創造し、これらの成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする。
 大学については、自主性、自律性その他の大学における教育及び研究の特性が尊重されなければならない。
(私立学校)
第八条  私立学校の有する公の性質及び学校教育において果たす重要な役割にかんがみ、国及び地方公共団体は、その自主性を尊重しつつ、助成その他の適当な方法によって私立学校教育の振興に努めなければならない。
(教員)
第九条  法律に定める学校の教員は、自己の崇高な使命を深く自覚し、絶えず研究と修養に励み、その職責の遂行に努めなければならない。
 前項の教員については、その使命と職責の重要性にかんがみ、その身分は尊重され、待遇の適正が期せられるとともに、養成と研修の充実が図られなければならない。
(家庭教育)
第十条  父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努めるものとする。
 国及び地方公共団体は、家庭教育の自主性を尊重しつつ、保護者に対する学習の機会及び情報の提供その他の家庭教育を支援するために必要な施策を講ずるよう努めなければならない。
(幼児期の教育)
第十一条  幼児期の教育は、生涯にわたる人格形成の基礎を培う重要なものであることにかんがみ、国及び地方公共団体は、幼児の健やかな成長に資する良好な環境の整備その他適当な方法によって、その振興に努めなければならない。
(社会教育)
第十二条  個人の要望や社会の要請にこたえ、社会において行われる教育は、国及び地方公共団体によって奨励されなければならない。
 国及び地方公共団体は、図書館、博物館、公民館その他の社会教育施設の設置、学校の施設の利用、学習の機会及び情報の提供その他の適当な方法によって社会教育の振興に努めなければならない。
(学校、家庭及び地域住民等の相互の連携協力)
第十三条  学校、家庭及び地域住民その他の関係者は、教育におけるそれぞれの役割と責任を自覚するとともに、相互の連携及び協力に努めるものとする。
(政治教育)
第十四条  良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない。
 法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。
(宗教教育)
第十五条  宗教に関する寛容の態度、宗教に関する一般的な教養及び宗教の社会生活における地位は、教育上尊重されなければならない。
 国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。
第三章 教育行政
(教育行政)
第十六条  教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。
 国は、全国的な教育の機会均等と教育水準の維持向上を図るため、教育に関する施策を総合的に策定し、実施しなければならない。
 地方公共団体は、その地域における教育の振興を図るため、その実情に応じた教育に関する施策を策定し、実施しなければならない。
 国及び地方公共団体は、教育が円滑かつ継続的に実施されるよう、必要な財政上の措置を講じなければならない。
(教育振興基本計画)
第十七条  政府は、教育の振興に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、教育の振興に関する施策についての基本的な方針及び講ずべき施策その他必要な事項について、基本的な計画を定め、これを国会に報告するとともに、公表しなければならない。
 地方公共団体は、前項の計画を参酌し、その地域の実情に応じ、当該地方公共団体における教育の振興のための施策に関する基本的な計画を定めるよう努めなければならない。
第四章 法令の制定
第十八条  この法律に規定する諸条項を実施するため、必要な法令が制定されなければならない。

   附 則 抄
(施行期日)
 この法律は、公布の日から施行する。

コメント

週間アクセスランキング

国際関係論で論じられる理想主義

リベラリズムほど解釈が多様にある言葉はないと思う。日本語では自由主義と訳される場合が多いのだが、昨今では自由主義とリベラリズムは対立する政治姿勢ともいえる。よって自由主義をリバタリアニズムと呼ぶのが一般的になりつつある。本稿の場合はリベラリズムを社会自由主義的な用法、ようするに国際関係論で論じられる理想主義として論じることにする。

20世紀の戦争 20世紀は戦争の世紀と呼ばれるように産業革命による技術革新が戦争を巨大化、無慈悲化させた。世界は巨大化・無慈悲化する戦争に対して、一定の規則を締結したが、その後に勃発した第一次世界大戦は大規模かつ無慈悲な消耗戦によりヨーロッパ社会に大きな衝撃を残した。

第一次世界大戦の塹壕戦や化学兵器の使用は、ただ敵を消耗させるための戦略で、それまでの戦争とは様相が大きく変化した。戦争は国家が軍に命令して、軍が名誉をかけて行う営みから、国家国民全体で行う営み全体戦争つまり総力戦へと変容した。

パリ不戦条約(戦争抛棄ニ関スル条約)は大戦のような悲惨な戦闘を二度と繰り返さないために交戦国、非交戦国も含めて63カ国が署名した。目的は戦争の違法化、特に侵攻戦争の違法化を目指したが、最終的には侵攻戦争を非難するにとどまった。


貧困が戦争を起こす もし社会が現状で固定されるとしたら、現在比較的幸福な人はいいが、もし不幸な人はどうだろうか。それはその人の希望を奪い去ることになる。国家同士の戦争もある一面では現状に満足できない国家と、それを阻止しようとする国家の営みといえる。

第一次大戦後ヨーロッパの比較的裕福な人々の間で戦争が二度と起こらないように、家族友人の死、あるいは戦争による破産などの不幸をなくすには、どうしたら良いか考えられたのは自然なことだ。そして彼らは結論した。「貧困が戦争を起こす」。

大戦中ロシアでは革命が起こりソ連邦が誕生する。国民(ソ連に国民がいたかは定かでないが)に貧困のない平等な生活を提供する統治体の出現に、ヨーロッパのエシュタブリッシュメントは期待と不安の眼差しを向ける。
リベラリズムの誕生 フランス革命の惨劇を経験しているヨーロッパの裕福な人達は、現状を維持しながら戦争を防止する政治体制の確立を急いだ。そのような背景でリベラリズム理論が誕生することになる。その理論は金持ちはそのまま、貧乏人はもう少しお金持ちにすることだ。

日本国憲法24条

日本国憲法を研究していて常々思うのだが、24条は非常に特異な条文だ。14条で男女の同権(平等の権利で単に平等ではない)を規定しているのだから、特に婚姻まで権力が関与するまでもなく、自由な恋愛や婚姻は保障されていると考える方が自然だろう。むしろ自由権の侵害ともいえる。
第二十四条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

○2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
ところが、ダメ押しのように「婚姻は当人同士で決める」と宣言している。当時の男女が制度に縛られて自由な婚姻ができなかった怨念の条文に思えて仕方がない。24条について条文を廃止するという声もあまり聞かれない。あの自民党案でさえ、第1項に「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」と加えただけで、条文はそのまま残るとしている。

日本国憲法の施行当時は「新憲法実施のよろこび 男女の権利は同じ 結婚は父母の同意なくできる」や「堅苦しい戸主権よさらば 男女は完全平等に」などという見出しが躍るように国民にも歓迎されたと思われる。ではこの特異な条文はどのように規定されたのだろうか。日本国憲法に影響を与えた憲法草案要綱にもそのような条文はない。GHQが1946年2月13日に日本政府に手交された草案に以下の条文があった。
Article XXIII. The family is the basis of human society and its traditions for good or evil permeate the nation. Marriage shall rest upon the indisputable legal and social equality of both sexes, founded upon mutual consent instead of parental coercion…

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 前文

これから日本国の新憲法草案を提案しよう。どうしてそう思ったかは単純だ、今の日本国憲法は近代憲法の要件を満たしていないと思われるからだ。近代における国家は主権者である国民の国家形成への強い意志によって成り立っているとする。―するとしたのはもっと奥深い部分では違うと考えているが、近代に対応するためにそう仮定することにしよう。

近代思想において国家は、たとえ国民がひとりでも、国民意志があれば形成することができるとされる。しかしそれは利己的な個人意志ではない。五箇条の御誓文で公論と示された、意志を国民主権では民意というのであって、それがなければ近代国家は存在しないのである。さらにその意志は個々人の中にある不条理で熱い志であり、それを顕現しあるいは不当な隷属の強要から擁護されなければならないと考えている。

そして近代における憲法はその国家を統治する権力を制限するために制定するものであり、国民から政治権力への手紙であり、もっと強く表現すれば命令書として機能するのもである。よって国民が必ずしも従うべきものではないという性質のものである。
統治体というのは国際的には近代国民国家が国際関係を維持するため、またはその関係が破綻した場合に起きる紛争を解決したり、戦争を遂行し条約を締結するための代表府である。同時に国内においては共同体秩序を維持発展させるために制度や法律を制定する立法府、制定された法律をもとにそれを執行する行政府、そして行政が正しい手続きで行われているかを監視したりあるいは手続きの瑕疵を判断する裁判所などの組織のことである。

しかしこれらの組織は主権者である国民の自由を拘束したり法律を不当に行使したりする可能性があるので主権者は組織に対し、してはいけないことと、積極的にしなければならないことを文書によって命令する、それが憲法の本質なのである。そういう視点をもって世界最初の憲法らしい憲法であるアメリカ合衆国憲法と戦後アメリカの占領下制定された日本国憲法を比較してみよう。


アメリカ合衆国憲法(日本語訳)
前文
われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここにアメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。The Constitution o…

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 第3章

合衆国憲法の第3章は司法権についての記述だ。司法についても極めてシンプルで条項としては3条だけだ。

第3章[司法部]

第1 条[連邦司法権]

合衆国の司法権は、1 つの最高裁判所、および連邦議会が随時制定し設立する下位裁判所に属する。最高 裁判所および下位裁判所の裁判官はいずれも、非行なき限り、その職を保持することができる。これらの裁判官は、その職務に対して定期に報酬を受ける。その額は、在職中減額されない。

第2条[連邦裁判所の管轄事項]

[第1項] 合衆国の司法権はつぎの諸事件に及ぶ。この憲法、合衆国の法律および合衆国の権限にもと づき締結された、または将来締結される条約のもとで発生するコモン・ロー上およびエクイティ上のすべ ての事件*。大使その他の外交使節および領事にかかわるすべての事件。海事法および海事裁判権に関す るすべての事件。合衆国が当事者の一方である争訟。2 以上の州の間の争訟。【州と他州の市民との間の争 訟。】[修正第11 条により改正] 異なる州の市民間の争訟。同じ州の市民間の争訟であって、異なる州から付 与された土地の権利を主張する争訟。1 州またはその市民と外国またはその市民もしくは臣民との間の争訟。

※英米民事法はコモン・ローとエクイティと呼ばれる歴史的に形成された二つの実体法体系から成り、コモン・ロー 事件は損害賠償請求事件、エクイティ事件は差止めや履行強制を求める事件が中心。

[第2項] 大使その他の外交使節および領事にかかわるすべての事件、ならびに州が当事者であるすべ ての事件については、最高裁判所は、第一審管轄権を有する。前項に掲げたその他の事件については、最 高裁判所は、連邦議会の定める例外の場合を除き、連邦議会の定める規則に従い、法律問題および事実問 題の双方について上訴管轄権を有する。

[第3項] 弾劾事件を除き、すべての犯罪の裁判は、陪審によって行われなければならない。裁判は、当該犯罪がなされた州で行われなければならない。但し、犯罪がいかなる州においてもなされなかったと きは、裁判は、連邦議会が法律で定める1 または2 以上の場所で行われるものとする。

第3条[反逆罪]

[第1項] 合衆国に対する反逆罪は、合衆国に対して戦争を起こす場合、または合衆国の敵に援助と便 宜を与えてこれに加担する場合にのみ、成立するものとする。何…

日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと 

日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと ー戦後の日本の解体は『菊と刀』から始まった 高橋史朗 WGIP ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム War Guilt Information Program をご存じの方は多いと思う。大東亜戦争に敗れ、我が国は、歴史上初めて他国の占領を受けることになる。占領当初、我が国指導者の目的は、いや日本国民すべてが、連合国による天皇陛下の処刑阻止にあったと言っても過言ではないだろう。評書は第3章で、昭和天皇の処刑を阻止するために、多くの婦人たちの力があった逸話を挿入しながら、WGIPについて新事実も含め詳細に分析を試みている。

誰が陛下の処刑を止めたのか 当初米国上院は、昭和天皇を戦争犯罪人として処刑することを全会一致で可決しており、マッカーサーは議会から、昭和天皇に戦争責任ある証拠を集めるように命令されていた。しかしフェラーズがマッカーサーに、

天皇を戦犯として裁判にふせば、日本全国に暴動は必死であろう。もし天皇を廃せば、全国的暴動が必死であって、特別警備区以外の白人は暗殺を免れない。
 覚書を出すと、マッカーサーも態度を一転、米国陸軍に対し電報を打つ。

天皇を告発すれば、日本国民の間に想像もつかないほどの動揺がが引き起こされるだろう。その結果、もたらされる事態を鎮めることは不可能である。天皇を葬れば、日本国家は分解する。連合国が天皇を裁判にかければ、日本国民の憎悪と憤慨は、間違いなく未來永劫に続くであろう。―中略―そのような事態が勃発した場合、最低100万の軍隊が必要である。軍隊は未來永劫駐留しなければならない。―後略― これによってこれによって米国政府は昭和天皇の訴追をやめることになる。これは比較的著名な事実だが、評書ではもう一つ、昭和天皇処刑方針を転換するにあたり、重要な事実を紹介している。 それは伊藤たかさんという婦人が、マッカーサーに宛てた直訴状、手紙だという。そして日付のあとには署名血判が押してある。当時の右翼はそのような直訴状を出していないということ、直訴状を出したのは婦人ばかりだという事実を紹介している。
 マッカーサーは昭和天皇と会見し、昭和天皇の "You may hang me" という言葉によって心動かされ、フェラーズの覚書、伊藤たかさん等、日本の婦人…

小池代表がいうしがらみは自民党の世襲制のことだろう

希望の党の出現でにわかに保守系二大政党制が実現の可能性が出てきたことは、長らく一党優位体制で一極が中道左派と共産勢力である、不毛な選択しかなかった日本には、希望が見えてきたようにも感しるが、その合流の仕方は単なる選挙互助会で、過去あった政界再編と何ら変わりない。

民進党の希望の党への身売りを観ていると、政策協議も何もないなかで、ただ選挙のためだけに集散離合を繰り返す政党政治が、国民生活にとってプラスになるはずがないことを確信する。国民は政治家への不信感を増すばかりだ。また、総理の解散権も候補者にとって政党や派閥また団体への依存を高めるだけで結局命令的委任になる。少しそのあたりを解説したい。

戦後日本政治の流れ 敗戦から10年後の1955年、社会党が再統一されて「護憲、革新、反安保」、自由党と日本民主党が合同して自由民主党となり、「改憲、保守、安保維持」を掲げ、憲法改正は党是とした。その3年後の総選挙で自民党が2/3弱、社会党が1/3強を獲得した。政権は自民党一党なのだが、改憲に必要な2/3を常に確保できない、一と二分の一政党制呼ばれる勢力関係が20年続く。

75年には社会党の右派が民社党を結成、共産党の躍進、公明党の結党など自民党の勢力は減衰するが、対抗する勢力が分裂することによって自民党政権は維持された。80年代にはいると自民党の凋落はさらに加速して、新自由クラブとの連立など過半数割れを始める。93年、細川護熙氏率いる日本新党の躍進があり自民党は下野する。

この間を55年体制というが、自民党が過半数を獲得するも、社会党も奇跡的に改憲を阻止できるだけの議席を確保する。政権与党と第2党は、政権交代は不可能だが、第2党もある程度の政策に関与できる微妙な関係だ。政権交代が可能な緊張関係がなく、与党と野党がそれぞれの主張を反対しながら、そのときそのときの空気を国対が読んで政策決定がなされた。

その後94年には、自社さ連立政権が発足して、衆議院第2党が新進党になる。96年には、衰退が顕著な社会党が社民党と改組し、同じ年、民主党が結成される。97年には野党第1党の新進党が分裂、それらを民主党が吸収して、03年自由党との合同後09年民主党、社民党及び国民新党で政権交代をするも、12年の総選挙で大敗した。16年には維新の党と合流した際に民進党と改組したが17年、解党しるように希…

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 第1章

近代憲法は、主権者である国民の意志として、組織される政府に対する命令書なので、前文は、その意志を表現したものがふさわしい。そしてその目的を明確にする必要がある。さらにその目的のために、憲法を制定するわけなので、そういうことを頭に入れたうえで、再び前文を読むと、合衆国憲法は、

われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここに アメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。
目的意志がシンプルかつ明確に表現されている。これと比較して、日本国憲法における国民意志もしくは達成したい目的は、

政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。に色濃く現れ、

これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
が次にくる。なぜわざわざ一切の憲法と法令と詔勅と断る必要があるのだろうか。ここにこの憲法を制定した意志があるのではないだろうか。そして最後には、

国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

目的を達成することを、宣言命令するのではなく誓ふ。さらに誓ふ対象も明記されていない。我々日本国民は、誰に対して目標を達成することを誓ふのだろうか。 これに答えを出せる憲法学者や国会議員が、我が国にはどれほどいるのだろうか。国民はそれを疑問とも考えていないのだろか。

第 1 章はその意志を具体化する、そして目的を達成するための第一歩ということだ。最重要なことを最初に申し述べているのである。アメリカ合衆国にとって最重要なことは法の支配、法による秩序であり、日本国では天皇―スメラミコトによる秩序―これをしらすという―であるということだ。大日本国憲法では、

大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス

と統治の根拠となる天皇が過去、現在、未来に渡つて、日本国と日本民族の秩序の源であることを示している。この場合の統治とは伊藤博文が解説するように、しらすであり現実的な権力、うしはくと厳密に分けなければならないのである。

合衆国憲法は合衆国の秩序は法によって護られるゆえ、第 1 章では立法府についての規定が列記される。一方、日本国憲法では天皇についての条項が…

小和田恒悪玉論を問う ―衆 - 外務委員会 - 1号 昭和60年11月08日 その1

5月3日、憲法フォーラムで、自治基本条例に反対する市民の会会長の村田春樹さんにお会いした。その際に氏の国民新聞への記事のコピーを頂いた。内容は平成25年6月25日「小沢一郎在日説を嘆く」と平成25年12月25日の「小和田恒氏悪玉論を嗤う」と題した記事だ。両者とも刺激的な記事で、最後にこのような筆者からのメッセージがある。「小沢一郎在日説を嘆く」には「本紙発行後に民主党福山哲郎氏が帰化人と判明しましたが、本稿の趣旨は変わりません。本稿の趣旨へ科学的根拠のある反論をお待ちしております。」、「小和田恒氏悪玉論を嗤う」には、本稿に対する反論をお待ちしております。昭和60年11月8日第103回国会外務委員会の議事録を詳細にお読みの上にお願い致します。」とある。記事を読んで「村田さんらしいなぁ~」と感心したので、早速国会会議議事録会議システムで当該質疑を検索してみた。

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 第4章

第4章は連邦に対する規定だ。合衆国憲法の規定を読んでいると気がつくことがある。それは防衛という言葉がかなり使われている。独立をして間もなく軍隊もない小さな州政府が自らの自治をある程度制限しても、連邦を組織した理由は国土と国家体制をなんとか護りたいという切なる願いのような気がする。それが合衆国憲法を制定した国民意志なのだろう。

第4章[連邦条項]

第1条[十分な信頼と信用条項]

各々の州は、他のすべての州の一般法律、記録および司法手続に対して、十分な信頼と信用を与えなけ ればならない。連邦議会は、一般的な法律により、これらの法律、記録および司法手続を証明する方法な らびにその効果につき、規定することができる。

第2条[市民権条項、逃亡犯罪人・奴隷の引渡し条項]

[第1項] 各々の州の市民は、他州において、その州の市民が享有するすべての特権および免除を等し く享有する権利を有する。

[第2項] いずれかの州において反逆罪、重罪その他の犯罪につき告発された者が、裁判を逃れて他州 で発見された場合には、その逃亡した州の執行部の要求があれば、当該犯罪につき裁判権を有する州に移送するために、この者を引き渡さなければならない。

[第3項] 1 州において、その州の法律によって役務または労務に服する義務のある者は、他州に逃亡 しても、その州の法律または規則によってかかる役務または労務から解放されるものではなく、当該役務 または労務を提供されるべき当事者からの請求があれば、引き渡されなければならない。[修正第13 条で改正]

第3条[新州および連邦財産条項]

[第1項] 連邦議会は、新しい州がこの連邦へ加入することを認めることができる。但し、連邦議会お よび関係する州の立法部の同意なしに、既存の州の領域内に新州を形成し、または2 つ以上の州もしくは その一部を合併して1 つの州を形成することはできない。

[第2項] 連邦議会は、合衆国に属する領有地その他の財産を処分し、これに関する必要ないっさいの 準則および規則を定める権限を有する。この憲法中のいかなる規定も、合衆国または特定の州の請求権を 損なうように解釈されてはならない。

第4条[共和政体条項]

合衆国は、この連邦内のすべての州に対し共和政体を保障し、侵略に対し各州を防衛する。合衆国は、 州の立法部または(立法部が集会できない…

通州事件の体験記 ―気の弱い人は讀まないでください

通州事件は 、1937年(昭和12年)7月29日に発生した事件で、冀東防共自治政府保安隊(中国人部隊)による日本軍部隊・特務機関に対する襲撃と、それに続いて起こった日本人居留民に対する虐殺事件である。その体験記がある。讀むのも恐ろしい体験が綴られているのだが、歴史的事実を知るには貴重な記録であるので本誌の読者にも紹介する。あまりも惨たらしい体験記なので気の弱い人は讀まない方がいいと思ふ。
日本人皆殺しの地獄絵 私は大分の山の奥に産まれたんです。すごく貧乏で小学校を卒業しないうちにすすめる人があって大阪につとめに出ることになりました。それが普通の仕事であればいいのですけど、女としては一番いやなつらい仕事だったので、故郷に帰るということもしませんでした。そしてこの仕事をしているうちに何度も何度も人に騙されたんです。小学校も卒業していない私みたいなものはそれが当たり前だったかも知れません。それがもう二十歳も半ばを過ぎますと、私の仕事のほうはあまり喜ばれないようになり、私も仕事に飽きが来て、もうどうなってもよいわいなあ、思い切って外国にでも行こうかと思っているとき、たまたまTさんという支那人と出会ったのです。

このTさんという人はなかなか面白い人で、しょっちゅうみんなを笑わしていました。大阪には商売で来ているということでしたが、何回か会っているうち、Tさんが私に『Sさん私のお嫁さんにならないか』と申すのです。

私は最初は冗談と思っていたので、『いいよ。いつでもお嫁さんになってあげるよ。』と申しておったのですが、昭和七年の二月、Tさんが友人のYさんという人を連れて来て、これから結婚式をすると言うんです。そのときは全く驚きました。冗談冗談と思っていたのに友人を連れて来て、これから結婚式というものですから、私は最初は本当にしなかったんです。

でも、Yさんはすごく真面目な顔をして言うのです。Tさんは今まで何度もあなたに結婚して欲しいと申したそうですが、あなたはいつも、ああいいよと申していたそうです。それでTさんはあなたと結婚することを真剣に考えて、結婚の準備をしていたのです。それで今日の結婚式はもう何もかも準備が出来ているのです。とYさんは強い言葉で私に迫ります。

それでも私は雇い主にも相談しなくてはならないと申すと、雇い主も承知をして今日の結婚式には出ると申すし、少しばかりあっ…