TPP交渉における日本の戦略 ―ボーキング先戦略ができる政治家が必要

TPPについての議論をまとめた。おそらくボーキングという戦略を考えてる政治家は皆無だろうが、TPPについてはボーキング戦略で均衡を保つのが最良だと考える。
TPPの議論で残念なのは賛成派は運命論「参加しなけてばバスに乗り遅れる」、反対派は陰謀論「アメリカの日本に対する市場開放要求の屈するな!」、なにか幕末の開国派と攘夷派の議論のようだ。
陰謀論といったのはわかりやすくするためで、オバマ周辺のリベラルなユダヤ人が、今自分たちに向けられている非難を少しでもやわらげるためにとっている戦略だと認識している。

アメリカはアメリカのパワーを最大限に利用して"パックス・アメリカーナ"を達成したい元リベラルなネオコンと自由貿易による経済発展こそが平和を達成するという、純なリベラルとが共和、民主に分かれて政権をここ20年担当しているが、現在オバマ周辺は後者だろう。クリントン周辺と類似している。
結局クリントンの時に始まった日米構造協議やその後の年次改革要望書の延長がTPPだろう。
自由貿易はできるだけ推進しなければならない。なぜなら保護貿易では日本は立ちゆかない。大東亜戦争の原因の一つはアメリカが日本からの加工品にかけた高関税で日本の生糸の輸出が大打撃を受けたからだ。
バークやハイエクも自由貿易には価値を認めている。保守主義と自由貿易とは元来同一線上にある考えだ。

その裏には一定のルールによって行なうという法の支配の思想がある。私も法の支配下における自由貿易には大いに賛成である。しかし経済学にもある通り、市場というものは双方が同じ情報を共有している場合において均衡するものである。

よって一時的に片方が情報的に優位に立つことによって不均衡が生じる。幕末における欧米諸国と日本の金と銀の価値の違いで日本は損失を被った。

また工業化の遅れは輸入超過を招き、それまでの国内産業に致命的な打撃を与えた、こういった状態に対応するために関税があるのだ。関税自主権は不均衡に対する唯一の武器だといえる。
資源のない我が国は英国のように名誉ある孤立する訳にはいかない。資源を輸入しなければならないからだ。TPP推進派の議論の核心はこの辺にある。それは否定しない。各国が保護主義に走り、加工品に高関税をかけ出したら、資源ない日本とドイツの経済は困窮する。これは1930年代と相似する。
ドイツの敗戦は結局ウクライナへ資源を確保するために割いた軍団がモスクワ攻略に使えず冬を迎えたからだ。

イギリスがナチスに屈服しなかったのはエネルギーが自給できことは周知の如くだ。今のイギリスがEUでも孤立にたえられるのは北海油田による自給が大きい。日本にとって尖閣諸島周辺のメタンハドレードや原発技術はかけがえない武器なのだ。
中国がTPP議論に興味がないのは中国はアップル始めアメリカの製品をつくって輸出しているから、アメリカがその製品にわざわざ高関税かける政策を足らないと見越しているからだ。輸入品だからといってiphone4sに200%の関税をかけるわけがない。
自国の立場を利用して相手国に揺さぶりをかけるのは外交交渉ではあたり前のことだ。そこには理念理想とは別の冷酷な計算がある。

なるべく自分の得意分野で戦うことは戦略の基本。中国は戦略の基本を知っている。
日本はすでに高関税対策として現地生産をかなり開始している。つまり関税0%のメリットは日本製品に対しては大きく作用しない、というのが反対派の議論。賛成派が比較する韓国製品の伸びの多くは為替の問題で安いウオンの影響だ、と反対派は反論する。
ビジネスは政府権力がどう対応しようとも常に利益を追求して最適化するもので小さな政府論の基本はこの現象にある。
参加しなければ日本経済はだめになるという運命論も、アメリカの戦略に屈するなという陰謀論も双方に一理はある。参加しても損害、しなくても損害ということだ。では拒否もせず諾もせずという第3の道はあるのか。じつはあるのだ、第3の道が。
経済も含め外交交渉を有利に運ぶためにはパワーが必要だ。ここでパワーとは能力のことだ。特に国家間の国際関係理論の場合はMMI指標だ。

Maney、Military、Intelligenceの3つの能力が必要だ。この3つの能力で世界最強なのは当然アメリカである。そしてそれに続くのがイギリスだ。

イギリスはMilitaryにおけるの力こそ逸しているが、ManeyとIntelligenceの力ではアメリカ以上かもしれない。

TPPの締結国であるニュージーランドと参加表明国であるオーストラリアは先の2国とともにUKUSA協約国である。
僕のTPPに対する結論は第3の道、ボーキング(Balking)戦略だ。例えば田中角栄が首相であれば中国を巻き込んだバランシング(balancing)戦略に出ることが出来ただろう。ボーキングというのは1国で行なうバランシングで「アメリカが望んでいる行動をしないこと」だけだ。
ボーキング戦略にも数々有り、TPP交渉のような場合はアメリカの要求に直接「NO!」を云うのではなくとりあえず交渉のテーブルにはつくのである。

そしてそこからだらだら、のらりくらり時間を稼ぐのである。やれ議会の承認だ、国民世論がどうのこうのと結論を急がないことだ。

ボーキング当事国(日本)はアメリカに従順であることを表明しているため何かトラブルが生じた場合はアメリカの責任転嫁できる。

このような交渉スタイルは日本のスタンダードでおそらく日本側はそれを意識していない。交渉相手国にはボーキングしていると受け取られていた可能性がある。

TPP交渉はアメリカ国内ではほとんど報道されていないのが現状のようだ。シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの締結国とアメリカ、オーストラリア、ベトナム、ペルーが参加を表明、マレーシア、コロンビア、カナダ、台湾とフィリピンも参加の意向を表明している。

これらの国々はTPPがアメリカのパワーを何らかの形でバインディング(Binding)出来ると考えているのであろう。

アメリカのMMIパワーはTPP参加国が束になってもかなわないくらい強大だ。そのパワーを少しでも拘束したいと小国が考えるのは当然のことだ。

国際制度や規範、法の支配や経済的利益といった価値を共有することによって強大なパワーを避けようとする行動は国際関係では常識といって良い。

インテリジェンス部門においてアメリカと情報共有をしているニュージーランドとオーストラリアは英連邦であるかぎりミリタリー部門によってアメリカと直接的に対峙することは考えにくい。

しかしマネー部門におけるアメリカのパワーをある程度TPPによって拘束しておきたい。自国の産業に弊害がでるような保護主義的なアメリカの行動を抑制できる、という戦略をとっていることは想像に難くない。

日本が自覚しているかいないかは別として一番得意な戦略であるボーキングでTPPそのものを粉砕してしまうことも出来る。

しかしそれにはそうとうな胆力と茫洋とした風貌とシャープな頭脳の持ち主が交渉に当たる必要がある。私が知っている歴史上の日本人で合致する人物は米内光政氏と大平正芳氏の2名しかいない。