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TPPとはなにか ―国際法・条約から考える

フェイスブックのTPPって何?の議論を通じTPPを検証してきたが、ここに来て議論が成熟してきた。JAなどがTPPの「聖域なき関税撤廃で農業はだめになる」という主張はWTO・GATTのウルグアイ・ラウンドで我国が聖域として議論した農産5品目が自由化されるという主張だが、TPPはWTO・GATTの規定内で交渉される自由貿易協定であるから、「聖域なし」は「実質上」と同じ「すべて」ではないという例外を表した言葉だ。
問題の本質は、我国が交渉参加を表明したあとに交わされた佐々江駐米大使とマランティス通商代表代行の書簡にある、「これらの成果が、法的拘束力を有する協定、書簡の交換、新たな又は改正された法令その他相互に合意する手段を通じて、両国についてTPP協定が発効する時点で実施されることを確認します。」という合意だ。これはおそらく、GATTという規定のない場で話し合われた合意を、一方的に日本国内法改正で施行しようという日米両国の合意だが、これは我国の憲法で規定されている手続きをすっ飛ばして、法的拘束力を持つ約束をしようという違憲行為だと断定しておこう。

TPPの定義

Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement または、Trans-Pacific Partnership、日本語訳では環太平洋経済協定、環太平洋連携協定、環太平洋経済連携協定、環太平洋パートナーシップ協定、略語はTPP は、WTOが規定する地域貿易協定(RTA: Regional Trade Agreement)であり、地域貿易協定をさらに細分化すると、自由貿易協定(FTA: Free Trade Agreement)と関税同盟(Customs Union)がある。前者は後述するが、後者の代表はEUとなる。

自由貿易協定には域外協要件(GATT 第 24 条第 5 項(b))として関税その他の通商規則に関し域外に対して障壁を高めないこととされ、また、域内要件として同条第8項(b)において、域内の原産品の「実質上のすべての貿易」について関税その他の制限的通商規則を撤廃することが求められている。

関税同盟については、域外要件として、自由貿易地域と同様に域外に対して障壁を高めないことに加え、GATT第24条第8項(a)(ii)により、域外に対し実質的に同一の関税その他の通商規則を適用することとされている。また、域内要件として、同項(a)(i)において、関税その他の制限的通商規則を域内の「実質上のすべての貿易」において、又は少なくとも域内原産品の「実質上のすべての貿易」について撤廃することが求められている。

地域貿易協定の開発途上国間協定には授権条項に基づく特則が存在する。授権条項先を詳述しないが、締約国は GATT 第 1 条の規定に関わらず、異なるかつ、一層有利な待遇を他の締約国に与えることなしに、開発途上国に与えることができるというものだ。当然日米を含むTPP交渉は先進国と先進国・開発途上国間の規則であるので、GATT 第 24 条第 5 項(b)及び8項(b)に拘束されることになる。TPPとはガット1条の例外でありガット24条を根拠として交渉されるWTO体制の例外である。(出典、経済産業研究所上野 麻子、地域貿易協定による関税自由化の実態とGATT第 24 条の規律明確化に与える示唆

なぜ再び地域同盟が盛んになったか

TPPを比喩するのに使われる「聖域なき関税撤廃」はじつはガット24条で規定される「実質上の関税撤廃」に対する言葉だ。24条は「実質上の関税撤廃」と「妥当な期間内でのその施行」を条件に個別に協定を結ぶことを認めている。もともと世界自由貿易体制は、過去の通商同盟や関税同盟がブロック化したことが、大戦争の要因であった反省にたって、逆に個別の同盟関係を否定することで、平和を実現しようとした体制であった。IMF、世界銀行、ITOという3つの組織を立ち上げるはずだったが、ITOはアメリカ政府が推進しながら、自国の議会の抵抗にあい頓挫、長らくGATTとして交渉してきた結果、1995年にWTOとして実現した。しかし先進国内の産業間の調整や先進国と後進国の調整に難航して、2000年以降から交渉が停滞し、2011年以降は凍結のまま交渉の見通しはたっていない。

グローブ(地球規模)な自由貿易体制確立を目指していたアメリカ政府及びWTOを構成ししている先進国は、WTOの枠組み内であれば例外的に地域的な自由貿易圏、つまり通商同盟を認めることで、停滞するWTOのラウンドから、一定地域を切り離して個別に自由貿易体制を確立する戦略に切り替えた。それがFTAやTPPなどの地域貿易協定だ。FTA(2国間)やTPP(ある一定地域の多国間)の自由貿易協定への参加する場合、WTO構成国である我国はGATT24条に規定に拘束されることになる。

10%以上と10年以下の交渉

先にも説明した通りGATT24条が規定するところは、関税その他の制限的通商規則を「実質上のすべての貿易(substantially all the trade)」について「妥当な期間内(within a reasonable length of time)」に撤廃(eliminated)し、また域外国に対して関税その他の貿易障壁を高めてはならないとされているが、「実質上のすべての貿易」等の定義は明文上明らかではない。(出典、経済産業研究所上野 麻子、地域貿易協定による関税自由化の実態とGATT第 24 条の規律明確化に与える示唆)つまり「実質上」の「妥当な」という副詞句の明確な定義がなく、それぞれ国が思惑によって、いいように解釈しているのが現状である。

条文解釈の事例としてWTOの委員は、「実質上の」という文言の解釈についてWTO加盟国は合意に達していないという。しかしながら「実質上のすべての貿易」は全て(all)の貿易ではないにせよ、ある(some)貿易よりもかなり多いもの(considerably more than merely some of the trade)であることは明らかであるという見解を示している。全てではないというのは例外は認めるが、限りなく全てに近い品目だという意味だろう。また実質的には質的側面と量的側面が包含されると解釈されている。

では我国は「実質上」にどのような解釈をおこなったのだろうか。2005年に日本が提示した文書では、多くのWTO加盟国は、少なくとも貿易額の 90%を対象とする関税の撤廃が必要であり、かつ主要な分野の除外は許されないという一般的な理解の下、地域貿易協定の交渉を行っていると指摘し、また、量的側面のみならず質的側面についても評価する必要があると述べている。この見解は主要な分野の除外は許されないという一般的な理解とともにEUも示している。我国は「実質上」という言葉に90%という数値で解釈するとしている。

一方「妥当な期間」とは、「1994 年の関税及び貿易に関する一般協定第 24 条の解釈に関する了解」において、例外的な場合を除くほか、10年を超えるべきでないとされ、10年を超える期間が必要な場合にはその必要性について十分な理由を説明しなければならないとされている。TPPの交渉でも関税を撤廃する期間が10年以上になる場合はGATT24条違反となる。

まとめ

TPPがWTO・GATTの枠組み内で交渉されるのであれば、我国はむしろ積極的に参加する必要があるのではないだろうか。我国はWTO構成国の中で積極的に発言してきた背景もある。また「実質上」と「聖域なき」という言葉の違いはあるにせよ、「すべて」ではない量的質的関税撤廃は、「例外はある」ということと同義であるから、農業関係者の懸念、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物などの聖域5品目も10%の枠内に入る可能性は十分ある。しかし24条以上の規定で採択されるのであればやはり十分な情報公開が必要だろう。しかし法的拘束力があるTPPよりも問題は同時進行されるという並行協議で話し合われる非関税障壁撤廃交渉だろう。

2013年4月佐々江駐米大使の書簡に、「これらの非関税措置については、両国間でのTPP交渉の妥結までに取り組むことを確認するとともに、これらの非関税措置について達成される成果が、具体的かつ意味のあるものとなること、また、これらの成果が、法的拘束力を有する協定、書簡の交換、新たな又は改正された法令その他相互に合意する手段を通じて、両国についてTPP協定が発効する時点で実施されることを確認します。 」

これに対しマランティス通商代表代行は、「両国政府は、TPP交渉と並行して、保険、透明性/貿易円滑化、投資、知的財産権、規格・基準、政府調達、競争政策、急送便及び衛生植物検疫措置の分野における複数の鍵となる非関税措置に取り組むことを決定しました。中略 両国政府は、これらの非関税措置については、両国間でのTPP交渉の妥結までに取り組むことを確認するとともに、これらの非関税措置について達成される成果が、具体的かつ意味のあるものとなること、また、これらの成果が、法的拘束力を有する協定、書簡の交換、新たな又は改正された法令その他相互に合意する手段を通じて、両国についてTPP協定が発効する時点で実施されることを確認します。」と返信している。

WTO・GATTでも規定のあるこれらの非関税障壁撤廃交渉を、規定の存在しない日米平行協議で交渉して、それをTPPというWTO・GATTの例外として、その規定内で採択される協定と条約ではなく、協定や書簡の交換、新たな又は改正された法令その他相互に合意する手段という法的拘束力をもって実施されるということは、条約交渉手続きを経づして条約を締結するに等しい、つまり日本国憲法に規定される手続きを経づして、国内法を変更するような、WTO・GATTよりハードルの高い法的拘束力の有る約束することは違憲立法行為だと断言できる。

つまりTPPが遡上に上がった初期、早期交渉参加を主張した官僚やそのOB達は2国間協議で話しあわれていた項目を、TPPの遡上にあげようとしていた。それを世論は「国賊」と罵ったわけだが、実は彼らは軍事力を背景にゴリ押ししてくるアメリカ政府に一矢報いるためにはWTOのラウンドで何も決められないアメリカ政府と同じ土俵にあげようとしたことがわかった。彼らは国賊ではなく愛国者だった。

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日韓併合 百年目の真実 李完用が救った大韓帝国

本年2010年8月29日は法律上の専制君主大韓帝国皇帝純宗が勅諭を発表して日本と韓国が合併したことを内外に示してから100年目にあたる。


韓国皇帝の勅諭 皇帝、若(ここ)に曰く、朕否徳にして艱大なる業を承け、臨御以後今日に至るまで、維新政令に関し承図し備試し、未だ曽て至らずと雖も、由来積弱痼を成し、疲弊極処に至り、時日間に挽回の施措望み無し。中夜憂慮善後の策茫然たり。此に任し支離益甚だしければ、終局に収拾し能わざるに底(いた)らん。寧ろ大任を人に託し完全なる方法と革新なる功効を奏せいむるに如かず。

故に朕是に於いて瞿然として内に省み廊然として、自ら断じ、茲に韓国の統治権を従前より親信依り仰したる、隣国日本皇帝陛下に譲与し、外東洋の平和を強固ならしめ、内八域の民生を保全ならしめんとす。惟爾大小臣民は、国勢と時宜を深察し、煩擾するなく各其業に安じ、日本帝国の文明の新政に服従し、幸福を共受せよ。

朕が今日の此の挙は、爾有衆を忘れたるにあらず、専ら爾有衆を救い活かせんとする至意に出づ。爾臣民は朕の此の意を克く体せよ。

隆煕四年八月二十九日 御璽

日韓併合100年目を前に韓国の反日派からの様々な動きがあるのでまとめてみたい。

2010年5月11日のこのようなニュースを目にした。

日韓知識人が共同宣言「日韓併合は当初から無効だった」
看過できないのは多くの日本人学者が関わっているという点 …今回の声明には発起人である和田春樹東京大学名誉教授をはじめ、日韓歴史共同研究委員会の日本側の座長を務めた三谷太一郎東京大学名誉教授など105人が声明に署名している。一方、韓国ではイ・テジンソウル大学明楊教授やカン・マンギル高麗大学名誉教授、詩人の高銀氏や金芝河氏のほか、幅広い層から109人が声明に署名した。… …声明では、「併合は大韓帝国の抗議を軍事力で押さえつけたもので、韓国側が国権の譲与を申し出たとする内容も虚偽(きょぎ)である」と指摘し、日本政府が日韓併合条約について「無効」であることを認め、8月の総理談話に関連内容を盛り込むように、積極的に働き掛けるとしている。… 2010年07月18日には、

日韓併合100年で日本が韓国へ謝罪、中国も大きな注目

8月29日に日韓併合100年を迎えるにあたり、日本政府は韓国に過去の植民地統治を謝罪する方針を明らかにした。17日、環球時報は「日本は韓国側…

翻訳者からのメッセージ

国家と国民 民族が国民となるためには国家を確立しなければならないのが国際的なルールだ。主権国としての権利が付与されるには統治機構(以後政府)がなければならない。政府によって領土(領海、領空)と被統治民族(国民)が認定されるわけだ。現在ではその政府が民主的な手続きで選ばれるのが(普通選挙)望ましいが、それは民族が決めること(民族自決。民族が自ら、自由に政府を組織すること、民族自決)ということも国際的なルールだ。国際社会では民主的にせよ、力尽くにせよ領土と民族を実効支配していることが重要なのだ。竹島は力尽くで奪われたのだが、それを民主的なルールで取り返そうとしてもある意味空虚だ。中国は尖閣諸島を民主的に奪いとろうとしているが、最後は武力行使をしてくる可能性は否定出来ない。国家(領土と領民)というのは受動的に与えられる概念ではなく能動的主体的に確立した民族に認められる概念なのだ。

憲法は国民からの命令書 憲法は民族が国民となり暴力を政府に独占させるにあたってやってほしいこと、やってほしくないことをお願いした手紙であり、法という見方をすれば国民から政府対する命令書だ。よってその前文は我々は~命令する(政府に対して)、という文章が望ましい。そのことをふまえて前文を読んでみると、
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由 のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を 確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれ を享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安 全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地 位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民…

国際関係論で論じられる理想主義

リベラリズムほど解釈が多様にある言葉はないと思う。日本語では自由主義と訳される場合が多いのだが、昨今では自由主義とリベラリズムは対立する政治姿勢ともいえる。よって自由主義をリバタリアニズムと呼ぶのが一般的になりつつある。本稿の場合はリベラリズムを社会自由主義的な用法、ようするに国際関係論で論じられる理想主義として論じることにする。

20世紀の戦争 20世紀は戦争の世紀と呼ばれるように産業革命による技術革新が戦争を巨大化、無慈悲化させた。世界は巨大化・無慈悲化する戦争に対して、一定の規則を締結したが、その後に勃発した第一次世界大戦は大規模かつ無慈悲な消耗戦によりヨーロッパ社会に大きな衝撃を残した。

第一次世界大戦の塹壕戦や化学兵器の使用は、ただ敵を消耗させるための戦略で、それまでの戦争とは様相が大きく変化した。戦争は国家が軍に命令して、軍が名誉をかけて行う営みから、国家国民全体で行う営み全体戦争つまり総力戦へと変容した。

パリ不戦条約(戦争抛棄ニ関スル条約)は大戦のような悲惨な戦闘を二度と繰り返さないために交戦国、非交戦国も含めて63カ国が署名した。目的は戦争の違法化、特に侵攻戦争の違法化を目指したが、最終的には侵攻戦争を非難するにとどまった。


貧困が戦争を起こす もし社会が現状で固定されるとしたら、現在比較的幸福な人はいいが、もし不幸な人はどうだろうか。それはその人の希望を奪い去ることになる。国家同士の戦争もある一面では現状に満足できない国家と、それを阻止しようとする国家の営みといえる。

第一次大戦後ヨーロッパの比較的裕福な人々の間で戦争が二度と起こらないように、家族友人の死、あるいは戦争による破産などの不幸をなくすには、どうしたら良いか考えられたのは自然なことだ。そして彼らは結論した。「貧困が戦争を起こす」。

大戦中ロシアでは革命が起こりソ連邦が誕生する。国民(ソ連に国民がいたかは定かでないが)に貧困のない平等な生活を提供する統治体の出現に、ヨーロッパのエシュタブリッシュメントは期待と不安の眼差しを向ける。
リベラリズムの誕生 フランス革命の惨劇を経験しているヨーロッパの裕福な人達は、現状を維持しながら戦争を防止する政治体制の確立を急いだ。そのような背景でリベラリズム理論が誕生することになる。その理論は金持ちはそのまま、貧乏人はもう少しお金持ちにすることだ。

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 第1章

近代憲法は、主権者である国民の意志として、組織される政府に対する命令書なので、前文は、その意志を表現したものがふさわしい。そしてその目的を明確にする必要がある。さらにその目的のために、憲法を制定するわけなので、そういうことを頭に入れたうえで、再び前文を読むと、合衆国憲法は、

われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここに アメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。
目的意志がシンプルかつ明確に表現されている。これと比較して、日本国憲法における国民意志もしくは達成したい目的は、

政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。に色濃く現れ、

これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
が次にくる。なぜわざわざ一切の憲法と法令と詔勅と断る必要があるのだろうか。ここにこの憲法を制定した意志があるのではないだろうか。そして最後には、

国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

目的を達成することを、宣言命令するのではなく誓ふ。さらに誓ふ対象も明記されていない。我々日本国民は、誰に対して目標を達成することを誓ふのだろうか。 これに答えを出せる憲法学者や国会議員が、我が国にはどれほどいるのだろうか。国民はそれを疑問とも考えていないのだろか。

第 1 章はその意志を具体化する、そして目的を達成するための第一歩ということだ。最重要なことを最初に申し述べているのである。アメリカ合衆国にとって最重要なことは法の支配、法による秩序であり、日本国では天皇―スメラミコトによる秩序―これをしらすという―であるということだ。大日本国憲法では、

大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス

と統治の根拠となる天皇が過去、現在、未来に渡つて、日本国と日本民族の秩序の源であることを示している。この場合の統治とは伊藤博文が解説するように、しらすであり現実的な権力、うしはくと厳密に分けなければならないのである。

合衆国憲法は合衆国の秩序は法によって護られるゆえ、第 1 章では立法府についての規定が列記される。一方、日本国憲法では天皇についての条項が…

日本は〝心〟という字に見える ─ 日韓永遠の架け橋たらんとした悲劇の知日家・朴鉄柱会長 ─

戦後ソウルに設立した「日本文化研究所 (高千穂商科大学教授) 名越二荒之助 「朴鉄柱大人を偲ぶ」より

恒久的な日韓友好を考えるうえで、避けて通ることのできない人物がおります。それは朴鐵柱という一人の韓国人です。彼は大正十一年(一九二二)、釜山市の東?(トーライ)に生まれ、大東亜戦争下に日本の皇典講究所を卒業。卒業後は釜山の龍頭山神社や、新羅時代から関係の深い下関の住吉神社(長門一宮、元官幣中社)に奉職しました。彼は学生時代から古事記・日本書記を通して、日本の成り立ちと天皇朝の存在に深い関心を寄せ、その尊貴性に目覚めていました。だから彼としては、神社に奉職することに何のためらいもありませんでした。

終戦後は韓国に帰りましたが、李承晩大統領の反日政権下にあって苦汁を嘗めさせられました。日本の学校を出た者は、「民族反逆者裁判条例」にひっかかって追放の憂目を見ました。やがて朝鮮動乱が勃発。その荒波をくぐって生きのび、動乱が終るとソウルに出て、昭和二十九年五月には、「日本文化研究所」(ソウル特別市中区奨忠洞二街一九七)」を設立しました。「社団法人・日本文化研究所」の「内容書」は、韓日両国語によって書かれており、「趣意書」の冒頭は次のような書き出しで始まります。

「日韓両民族は、各自悠久なる伝統と文化を護持してき、上古よりの密接なる文化的相互交流は、両民族の芸術、風俗、道義観にまで相似共通のものを形成してきたのであります。特に一衣帯水の地理的条件は、お互の全歴史を通じて政治的、経済的、協助を不可避にし、文化的、精神的にも緊密にして不可分離なる関係を確立してきたのでありま
す。」

「趣意書」は大局観に立って、悠久の日韓のあり方を踏えたものです。しかしながら両国の間に、文禄・慶長の役のような「互恵扶助の原理に違背したとき」があった。それは「久遠なる歴史に於てひとつの瞬間的な疾患であり、両国の健全な将来と恒久友和のための契機」にしなければならないとして、研究主題を次の三つに置いております。

一、日本上代文化の研究
二、帰化文化の研究
三、日本の信仰、道徳等精神文化の研究

韓国で朴氏が「日本文化研究所」を設立した昭和三十年頃の日本は、敗戦のショックから醒めやらず、自国文化を
否定し、罵倒する言論がまかり通っていました。その頃韓国で、日本の精神伝統と国体研究の運動が起ったことは、文
字…

不要な電波がユビキタス —あなたの私生活は公開されている

このところ政治の話が多かったので、専門の危機管理のお話を少ししたいと思う。皆さんはノートパソコンを使ってますか?それとも自宅のWIFIでスマホを使って、インスタグラムに投稿してますか?これらはすべて私生活の公開の危険をはらんでいることにお気づきですか?

ネットワーク簡単に接続できることは簡単にのぞかれているということ 自宅のペットを監視するや赤ちゃんを監視するためにWEBカメラを購入してスマホで見ている、という人は結構多いのででないだろうか。実は「簡単に」接続できることは、容易にのぞかれることだ。また、自宅用の防犯用監視カメラはDDos攻撃の道具として使用されていることもある。これらは簡単で安価に使用できるというメリットは、逆にリスクになるということを理解しなければいけない。

私がある地方都市に出張して、古いホテルに宿泊したとき、部屋で仕事をするために無線LANに接続したところ、いろいろなノードが参照できたことがあった。通常はVLAN等で他のノードを参照できないようにするのだが、予算の関係かあるいは自力で無線化したのか、セキュリティ対策が杜撰だった。



大量のアクセスポイントが大量の電波をだしている 無線LANのサーベイをしていると、付近のマンションなどから多数のアクセスポイントが検知される。今や家庭に一個はアクセスルーターがあるが、その中の半数はアクセスキーが設定されていないものがある。おそらくセットアップ時に設定を飛ばすか、しないかだろうが危険だ。

簡単に設定できるうえ、再セットアップが簡単なのでそのようにしているか、若しくは全く意識しないでしているかだが、悪意の三者に利用される危険がある。安易な電波が不足しがちな無線環境をさらに悪化させている。
写真には位置情報が付加されている フェイスブックやインスタグラムに写真を投稿しているが、アップロード場所の位置情報を付加している人がいる。自宅で自撮り写真や子供の写真をアップロードしている人も位置情報が付加されているのを散見する。

フェイスブックやインスタグラムアプリの位置情報機能をオフしても写真自体に位置情報が付加されていることには気づいていないようだ。ほとんどのスマホ撮影の写真に位置情報が付加されてる。僕はフェイスブックの友達の女性が自宅で自撮り写真をアップロードしているときはそれを確認して連絡をしてあげている。…

小和田恒悪玉論を問う ―衆 - 外務委員会 - 1号 昭和60年11月08日 その2

引き続き、村田春樹さんが國民新聞に書いた記事「小和田恒悪玉論を問う」への激励投稿を続けたいと思う。さて国会会議議事検索システムで昭和60年11月8日衆議院外務委員会の土井たか子委員の質問に対する答弁を検証しよう。

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 前文

これから日本国の新憲法草案を提案しよう。どうしてそう思ったかは単純だ、今の日本国憲法は近代憲法の要件を満たしていないと思われるからだ。近代における国家は主権者である国民の国家形成への強い意志によって成り立っているとする。―するとしたのはもっと奥深い部分では違うと考えているが、近代に対応するためにそう仮定することにしよう。

近代思想において国家は、たとえ国民がひとりでも、国民意志があれば形成することができるとされる。しかしそれは利己的な個人意志ではない。五箇条の御誓文で公論と示された、意志を国民主権では民意というのであって、それがなければ近代国家は存在しないのである。さらにその意志は個々人の中にある不条理で熱い志であり、それを顕現しあるいは不当な隷属の強要から擁護されなければならないと考えている。

そして近代における憲法はその国家を統治する権力を制限するために制定するものであり、国民から政治権力への手紙であり、もっと強く表現すれば命令書として機能するのもである。よって国民が必ずしも従うべきものではないという性質のものである。
統治体というのは国際的には近代国民国家が国際関係を維持するため、またはその関係が破綻した場合に起きる紛争を解決したり、戦争を遂行し条約を締結するための代表府である。同時に国内においては共同体秩序を維持発展させるために制度や法律を制定する立法府、制定された法律をもとにそれを執行する行政府、そして行政が正しい手続きで行われているかを監視したりあるいは手続きの瑕疵を判断する裁判所などの組織のことである。

しかしこれらの組織は主権者である国民の自由を拘束したり法律を不当に行使したりする可能性があるので主権者は組織に対し、してはいけないことと、積極的にしなければならないことを文書によって命令する、それが憲法の本質なのである。そういう視点をもって世界最初の憲法らしい憲法であるアメリカ合衆国憲法と戦後アメリカの占領下制定された日本国憲法を比較してみよう。


アメリカ合衆国憲法(日本語訳)
前文
われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここにアメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。The Constitution o…