スキップしてメイン コンテンツに移動

国際法では戦争は「罪」ではない ―反対派の暴論

憲法9条改正が現実味を帯びてきた昨今、9条と戦争にまつわる論考が各所で盛んだ。先だっては松本、北村両氏の歴史認識に意義を申し上げたが、今度は田原総一朗氏が、安倍総理が「侵略の定義はまだ定まっていない」という発言にワシントン・ポスト紙が「歴史を直視していない」と批判し、同様にイギリスフィナンシャルタイムが 「支持率の高さを受け、本性をのぞかせた」 と「経済政策に集中すべきだ」と苦言を呈したことについて、だが僕は、安倍さんの言動はともかく、 両紙の批判は間違っていると考える。長年、僕は日本の近代史を 取材してきた。 その結果、満州事変、日中戦争は 日本の侵略だったという結論に達した。 しかし、太平洋戦争は違う。 太平洋戦争は、「侵略国」である、 イギリス、アメリカなどの連合国、 そして同じく「侵略国」である日本との 闘いだった。 当時、イギリスもアメリカも、そして日本も 植民地を「持てる国」だったのだ。


ノーマ・ジーン・ベイカー
と日本は中国を侵略した国であると断定した認識を示した。一見日本の立場を擁護しているかのようないい方ではあるが、結論は中国に対して侵略したといういわゆる自虐史観という従来の歴史認識だ。氏はこう続ける。
『ワシントン・ポスト』は、 「あの戦争はアメリカにとって正しい戦争だった」 という前提で安倍さんを批判した。 日本という「悪い国」を、 アメリカをはじめ連合国が やっつけたということなのだろう。 だから敗戦後、日本人は次々に 戦犯として裁かれた。 極東軍事裁判では、 「平和に対する罪」という罪名のもと、 A級戦犯が処刑された。
これもまた間違っている、 と僕は考えている。 そんな罪は、太平洋戦争の 前まではなかった。 連合国側が「平和に対する罪」を作り、 そして過去にさかのぼって、 日本を裁いたのだ。 今でいえば「事後法」で、 そんな裁きは到底、許されることではない。だが、その裁判の結果を 日本は受け入れた。 受け入れたことで日本は、 1951年、独立を認められる。 敗戦した国は弱いのだ。
細かいことをいえば批判できるが、対米英戦争(大日本帝国は国会でこの戦争を大東亜戦争と呼称するように決議したので公式には大東亜戦争が正しいが)を自衛戦争として肯定していること、及び極東国際軍事裁判がインチキだといっていることは評価できる。この論考を木走正水(きばしりまさみず)氏は批判をしている。
この国の言論界に影響力を持つ著名ジャーナリストのお1人・田原総一朗氏ともあろう人が、戦後日本が受け入れて独立が認められた極東軍事裁判の結果を、そしてここまで60年間曲がりなりにも国際的には平和裏に経済発展してきたことを支えた外交姿勢の中核である対米追従政策を、ここにきてアメリカに逆らいちゃぶ台返しせよとおっしゃるのでしょうか?戦後、先達達が敗戦国として焼け野原から数々の苦難を乗り越え、守り発展させて来た敗戦国日本の外交努力を、このタイミングで、アメリカに逆らって完全にひっくり返す。本気ですか。今の日本にとってこのようなキナ臭いことに優先順位を高めるべきではないし、アメリカと歴史的な価値観を根本から争うようなこと、いまの日本にそのような覚悟も余裕もないわけでしょう。

この人は歴史認識と法の正義を混同している。さらに、
安倍政権に強く警告したいです。穏健保守を自認する私は、アベノミクスを積極的に支持していますし、領土問題では中国に対しても韓国に対しても日本は妥協せず毅然と対処すべきであると思っています。だがしかし、戦後レジームの脱却、そこから帰着する極東軍事裁判結果の評価の見直し、アメリカをはじめ戦勝国を敵に回すような大立ち回りをこのタイミングで目指すとするならば、安倍政権の高支持率は急降下することは必定でありましょう。 
田原総一朗氏に反論しておきます。いまの日本には、アメリカと歴史的価値観を争うような覚悟も余裕もありませんし、そのようなことを今アメリカに強く主張することが、日本の国益に沿うとは到底思えません。
東京裁判については多くの(ほとんどと言っても過言ではない)国際法学者から批判がありオーストラリアの弁護士エドワード・セント・ジョンなどは広島に国際軍事裁判を設置したという仮想法廷で、ドレスデン爆撃による残虐行為でチャーチルをポーランド、バルト3国、フィンランド、及び日本に対する殺戮行為でスターリンを、また広島、長崎に対する殺戮行為でトルーマンを告発し有罪としている。

特に木走正水氏は「アメリカと歴史的価値観を争うような」とことをいうと、アメリカと戦争になるという非常に幼稚な理論で安倍政権に強く警告したいですと述べているが、"war of aggression"の定義、さらにそれが犯罪であるという法理は現在まだ成立していないというのが多くの有力な国際法学者の間の見解なのだ。なので安倍総理は「定まっていない」と事実を述べたのだ。どやら木走正水氏のロジックだと科学的事実を首相が述べると戦争になるらしい。

また木走正水氏のエントリーに「戦争の総括について」というエントリーで津上俊哉氏が木走正水氏を補完するかたちで批判している。
これは「日中戦争は侵略で申し訳なかったが、太平洋戦争は『普通の戦争』で、悪びれるところはない」といういわゆる「二つの戦争」論だ。
真珠湾攻撃のニュースを聞いた少なからぬ日本人が「カラリと晴れた」気分になったというから、当時もいまもそう考える日本人は多いのだろう(かく言う私も昔はそう考えていた)。でも、「二つの戦争」論は日本人独特の史観で、百回唱えても他国に理解されることはないと思う。世界通用の理解は、日本の対中侵略が(植民地が多数残 存していた当時の感覚からしても)許される限界を越えてしまったことが「太平洋戦争」を導いた、ということであり、「あの戦争は(連続した)一つ」なので ある。
相変わらず世界通用の理解は、日本の対中侵略が…、と自身の理解が世界標準であるかのような記述をされているが、もし支那事変が侵略戦争(繰り返すが国際法には「侵略」という概念はない、日本語訳だけが恣意的に「侵略」という言葉を使っている)であるならば、国連加盟国のほとんどが「侵略」 国になってしまう。国際法では侵略戦争(外務省訳)のことを"war of aggression"で、「相手国の正当な権利を侵害するかたちにおいて相手国を攻擊すること」ということだ。侵略の意味する「侵入して略奪すること」ではない。

さらに不戦条約下において行われた第二次世界大戦は全て自衛戦争である。それは不戦条約を批准するにおいてアメリカは「自衛戦争」かどうかはアメリカ(自国のみ)が決定できるという条件を各国に求めた。つまり大東亜戦争は開戦の詔勅で、
帝國ノ存立亦正ニ危殆ニ瀕セリ事既ニ此ニ至ル帝國ハ今ヤ自存自衞ノ爲蹶然起ツテ一切ノ障礙ヲ破碎スルノ外ナキナリ
帝国の存立も、まさに危機に瀕することになり、ことここに至っては、我が帝国は今や、自存と自衛の為に、決然と立上がり、一切の障害を破砕する以外にない、と宣言したわけだから、不戦条約に従って自衛戦争をしたのだ。もちろん満洲事変をも含んで「日本が侵略をした」とは国際法では証明できない。それどどころか、"war of aggression"は不戦条約では不法行為となりましたが(それすら反論があり不法行為ですなないという学者もいる)犯罪ではない。元通産官僚の津上氏は不法行為と犯罪の区別すらできていない。

津上氏は、
2)極東軍事裁判が「平和に対する罪」という事後法でA級戦犯を処断したのは間違っている
この論法の最大の問題は、極東軍事裁判が、敗戦国日本が選び取ったディールだったことを等閑視する点である。もちろん喜々として選んだ訳ではなく、やむを得ざる選択ではあったが。それは戦争の責任追及を最小に限定するためのディールだった。当時の日本のエスタブリッシュメントの心情としては、昭和天皇の責任追及を避ける(国体護持)というのがいちばん大きかっただろうが、それだけではない。寛大な講和条件で、しかも早期に主権を回復して国際社会に復帰するため、というのも大き かった。逆に言えば、敗戦後、米国を始めとする連合国側に向かって「日本は悪くない」と言い張れば、昭和天皇は処刑されていたかもしないし、賠償は軽めの 「役務賠償」(日本経済にとっては「特需」だった)などでは済まず、占領(“Occupied Japan”)が永く続いていただろう。そうなっていたら、戦後の日本国民はどれほど苦しんだか。その意味では、戦前、マスコミの煽動に乗って、「対中進出」を好戦的に支持した日本国民を免罪する意味もあった。そういうディールにするために、当時のエスタブリッシュメントがやったことは、生贄(A級戦犯)を差し出すことだった。戦犯調査に当たっていた占領軍当局には、A級戦犯たちの責任の重さを断罪する大量の密告が届いたことを、ジョン・ダワーの「敗北を抱きしめて」が活写している。A級戦犯たちは、占領軍だけでなく、同胞による見えない包囲網がジワジワと狭められていく(「罪をかぶって死んでくれ」)のを感じていたはずである。
津上氏には国の名誉ということは頭にないらしい。法の正義はどうなるのだろう。個人は名誉はどうなるのだろう。もし氏のいうところのエスタブリッシュメントの心情、國體護持がなったのであれば今度は故人の名誉を回復に努めるのが子孫の義務ではないだろうか。
戦後日本は、昭和天皇にも一般国民にもあった戦争責任をA級戦犯にかぶせて復興を図った。そのディールで復興を遂げて経済大国に復活したいまになって、一 部の政治家のように「あの戦争は自衛戦争だった、日本は悪くない」と言うのは、レストランで出された食事を平らげ勘定を済ませた後で、「自分が食べたかっ た料理じゃなかった(金を返せ)」と言うようなものだ。占領当時にそれを言っていたら、いまの日本はなかった。当時そう思ったからこそ、ディールしたのが 我々の先代ではないか。疚しいのは当たり前だが、疚しさから逃れるために、いまさら「日本は悪くなかった」と言うのは卑怯だ。
昭和天皇にも一般国民にもあった戦争責任と断言しているが、戦争責任と敗戦の責任を混同している。戦争責任なるものはいかなる定義でいっているのか、それは開戦の責任か?はたまた戦争そのものに対する責任か?東條大将は「敗戦の責任はすべて予にある」といったが、「戦争の責任」とはいっていない。それでは国家の命令で戦争した戦闘員すべて責任はあるのか?あるわけがない、ましてや一般国民にあるわけもない。官僚が失敗した政策は国民にもその責任があると元官僚がいっているわけであきれてものもいえない
田原氏が言う「あの戦争の総括」はやったらよい。しかし、それは、極東軍事裁判が敗戦国日本が選び取ったディールでもあった重い歴史を振り返るものであるべきだ。
国民が語る歴史は物語でも構わない。しかし国家となればそうはいかない。歴史的事実と真実は違うかもしれないが、法的な事実は確定可能だ。極東国際軍事裁判所は管轄権の問題、法手続きの問題、公正さの問題(同じ罪で連合国側は全く訴追されなかった)。裁判所条例の法的根拠など裁判所の正統性が全く整っていないものだ。

津上氏がいうように敗戦国日本が選び取ったディールだったとしても、後世の私達がその汚名を晴らすことはむしろ義務だ。連合国によって処刑戦死(国際法では講和条約締結時までを戦闘状態とするので戦死がだとうだろう)された方々はきっとそれを望んでおられるだろう。

三者は三者とももしかすると日本を擁護、国益の伸長を考えておられるかもしれないが、その根拠となる国際法の認識と開戦の詔勅に宣言された日本の戦争目的をもう一度見直されたほうがいいのではないだろうか。

「おっしゃ Let's 世界征服だ~」 と歌う、きゃりーぱみゅぱみゅのインベーダーインベーダーは事後法で侵略的思想だとなり死刑判決を受けた。そんなジョークが極東国際軍事裁判所の諸判決なのだ。

参考
世界がさばく東京裁判

週間アクセスランキング

眞子内親王殿下と小室圭氏の恋の行方を憲法で考える

憲法24条はまもられるのか?
日本国憲法24条
婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

日本国憲法では婚姻の自由が権利として認められている。前回の投稿でも示したが、第24条は日本国憲法で唯一国民に受け入れられた条文ともいえるので社会の根幹である家族を生み出す唯一の条件が「両性の合意のみ」とした、つまり愛が結婚の認証基盤だとうことだ。


憲法では陛下や秋篠宮文仁親王及び紀子妃殿下がそれを拒否しようがしまいが関係がないと規定している。しかし人権がご皇室にも適用されるかどうかの人権の享有主体性の問題はある。紀子妃殿下や皇后陛下のご心配ははかり知れないが、陛下はご結婚をすでに許可されているので、眞子内親王の心変わりがなければ、延期にはなるが破談になることはないだろう。なぜなら、陛下は日本の立憲君主、象徴天皇としての立憲的立場をよくわきまえていらっしゃるからだ。

もし内親王と圭氏の強い意思で結婚を希望したが、文仁親王や妃殿下のご意向で破談になるようなことがあれば、それは明らかな憲法違反となることだろう。圭氏の母親がどのような人物だろうが、婚姻は憲法では「両性の合意のみに基いて成立」するのである。 母親の借金などということと婚姻とは全く無関係なのである。私は眞子内親王には是非そのようなことで愛する男性との婚姻をやめてほしくはない。勿論合意がなければ―つまりそんな男愛せないと、おっしゃれば別だが。

日本は北朝鮮と国境を接していない

朝鮮民主主義人民共和国はなぜ生存しているのか 「北朝鮮は脅威ではない」が、思いのほか好評だったが、危機が現実化する過程の関心高さがうかがえる。ただ、一部投稿を疑問視するコメントも散見されたので、本稿はそれにお答えしよう。何を疑問視されたかというと、北朝鮮は現実的に脅威じゃないか!というものだが、僕は、北朝鮮が脅威にように見えるが、あれは北朝鮮ではなく、北朝鮮をコントロール若しくはそう仕向けている勢力があるということをいっている。現実は北朝鮮危機なのだが、真実は極東情勢の好転ではないのか、というのが趣旨だ。

極東の軍事バランス 図は少し古い資料だが、詳しくは拙稿「朝鮮人民軍の実力」を参照してほしい。最近の資料では、韓国軍は2020年までに52万人に削減される予定である。 一方朝鮮人民軍は推定で120万人といわれている。在韓在日の米軍を含めても、北朝鮮人民軍の兵力は約2倍だ。さらに、中朝国境を管轄する人民解放軍北部戦区には約25万人の兵力があるという分析もある。北部戦区は再編前の瀋陽軍区で、瀋陽軍区の前身が朝鮮戦争に義勇軍を派遣した第4野戦軍なのである。米軍による仁川上陸の攻勢から、金日成北朝鮮軍壊滅を救ったのが、現在の北部戦区ということだ。金正恩北朝鮮の強硬姿勢は、こういう歴史的背景がある。人民解放軍の戦力の他に、ウラジオストックにはロシア軍東部軍管区の2個軍及び航空軍、鉄道軍約9万人が配備されている。


旧瀋陽軍区と北朝鮮 歴史的に朝鮮半島では、他国の影響を排除した独立国は存在していない。現在の両国もそうだ。北朝鮮はソ連が建国して、中国共産党人民解放軍の奮戦が支えた国といえるし、韓国は米軍の支援なしでは、いまごろ、山口県に亡命政権があったかもしれない。先にふれた旧瀋陽軍区は、鴨緑江から反撃を開始して、約2万5千人の戦死者を出しながら、一時はソウルを再占領するまで戦った部隊の末裔だ。過去金正恩の父、金正日は亡くなる前2年間で11回、旧瀋陽軍区を訪問しているという。
中国共産党も恐れる旧瀋陽軍区 また、旧瀋陽軍区は中国共産党にとっても危険な存在だという。かつては北方民族が群雄割拠する地域で、万里の長城はその北方民族の侵入を防ぐためのものだ。近くは軍閥の張作霖が支配した地域であり、満州国が建国された地域でもある。歴史的には北京とは一線を画している地域だ。李氏朝鮮時代か…

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 前文

これから日本国の新憲法草案を提案しよう。どうしてそう思ったかは単純だ、今の日本国憲法は近代憲法の要件を満たしていないと思われるからだ。近代における国家は主権者である国民の国家形成への強い意志によって成り立っているとする。―するとしたのはもっと奥深い部分では違うと考えているが、近代に対応するためにそう仮定することにしよう。

近代思想において国家は、たとえ国民がひとりでも、国民意志があれば形成することができるとされる。しかしそれは利己的な個人意志ではない。五箇条の御誓文で公論と示された、意志を国民主権では民意というのであって、それがなければ近代国家は存在しないのである。さらにその意志は個々人の中にある不条理で熱い志であり、それを顕現しあるいは不当な隷属の強要から擁護されなければならないと考えている。

そして近代における憲法はその国家を統治する権力を制限するために制定するものであり、国民から政治権力への手紙であり、もっと強く表現すれば命令書として機能するのもである。よって国民が必ずしも従うべきものではないという性質のものである。
統治体というのは国際的には近代国民国家が国際関係を維持するため、またはその関係が破綻した場合に起きる紛争を解決したり、戦争を遂行し条約を締結するための代表府である。同時に国内においては共同体秩序を維持発展させるために制度や法律を制定する立法府、制定された法律をもとにそれを執行する行政府、そして行政が正しい手続きで行われているかを監視したりあるいは手続きの瑕疵を判断する裁判所などの組織のことである。

しかしこれらの組織は主権者である国民の自由を拘束したり法律を不当に行使したりする可能性があるので主権者は組織に対し、してはいけないことと、積極的にしなければならないことを文書によって命令する、それが憲法の本質なのである。そういう視点をもって世界最初の憲法らしい憲法であるアメリカ合衆国憲法と戦後アメリカの占領下制定された日本国憲法を比較してみよう。


アメリカ合衆国憲法(日本語訳)
前文
われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここにアメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。The Constitution o…

国益とは時間と空間である

時間と空間に関わる利益が真の国益である 国益とは さて国益とはなんだろうか。国益(national interest)は利益であるから経済的な意味合いが強いのは当然だ。当然経済的という具体的な側面も必要である。民主政体であるかぎり具体的な数値でその支持を得ることは必要だからだ。では経済的利益以上に重要な国家の利益があるのだろうか。もちろん答えはイエスだ。それは領有権(領土領空領海)と歴史と伝統に関わるものだ。この両者こそが真の国益ではないだろうか。

領有(土高)権とは我々が生活する空間を統治する権利であり、それを承認するのが我々の歴史と伝統だ。つまり領土領有権(空間)と時間(その正統性、歴史と伝統)が国益の本義ではないか。これらを守るために政府が組織され、その構成員たる国民はこれらを守る義務を追う。私は命をかけても守る義務を負う国家の利益を国益と定義したい。

そしてこの国益を守るために近代、付与されたのが国民の利益であると考える。国民は国家を守る義務を負うため政府権力から特別の権利を付与されている。憲法で保証される諸権利の正統性は国益を守るという事のみに由来する。過去ギリシャの都市国家やローマ市民も、奴隷でないものは国家防衛の義務を追っていた。奴隷は戦争は免除されていた。

市民は奴隷を支配する権利と引き換えに国家防衛のためには命を捨てなければならなかったのである。諸権利は唯一国家防衛の義務を果たすための利益にすぎないのである。これをこんにちにあてはめれば、国家防衛のための国民の利益であるといえないだろうか。安全保障を他国に譲っている国家は独立国とはいえないうえ、国民すら存在しないといえる。

TPPと慰安婦問題 平成23年11月17日、李明博大統領が来日したが、第一声で慰安婦問題の解決に言及した。これは韓国の憲法裁判所が今年8月に「賠償請求の具体的措置を政府がとってこなかったのは違憲」とする判断を出した事による。これらの賠償に関する諸問題はすでに日韓条約締結時に「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」となっているにもかかわらずだ。

先に歴史と伝統に関わることを私は国益であると定義した。慰安婦問題はまさしく国益である。我が国の官憲が朝鮮半島女性を半ば強制連行して大陸派遣軍の慰安所に拘束し売春行為をさせていたという、事実に反することで我が国の首相が相手…

TPPとはなにか ―国際法・条約から考える

フェイスブックのTPPって何?の議論を通じTPPを検証してきたが、ここに来て議論が成熟してきた。JAなどがTPPの「聖域なき関税撤廃で農業はだめになる」という主張はWTO・GATTのウルグアイ・ラウンドで我国が聖域として議論した農産5品目が自由化されるという主張だが、TPPはWTO・GATTの規定内で交渉される自由貿易協定であるから、「聖域なし」は「実質上」と同じ「すべて」ではないという例外を表した言葉だ。

合衆国憲法及び合衆国国内法とTPP ―まとめ

以下はTPPってなに?でリアルジャーナリスティックに議論を展開される石塚幾太郎さんが作成した、TPP交渉にあたって関係する米国憲法及び国内法の関係とその成立過程をまとめたものだ。(一部URL表示をリンクに取り込んだ)

TPAの成立過程
1.憲法上の通商交渉権限規定

(1)合衆国憲法
合衆国憲法立法部第8条第3項に「通商交渉権限」が議会にあり、執行部第2条第2項に「条約締結権」が上院の助言と承認のもとに大統領が有していることが記載されている。

「通商協定」の批准は、上院3/5(60名)、下院過半数の可決が必要。条約の批准は上院2/3の可決が必要である。

合衆国憲法(在日米国大使館)HP

(2)日本国憲法
日本では、憲法第76条第3項の規定により、通商協定も条約であり、締結は内閣の専権事項になっている。国会は、締結された条約(通商協定)を批准するか否決するかの採決を行う。 2.世界恐慌からの脱出
1930年、世界恐慌の経済対策として、米議会は、大幅な関税引き上げ(1930年関税法)を可決し、施行した。この動きが世界中に拡散し、いわゆるブロック経済の対立を生み出し、第二次世界大戦の原因ともなったと言われている。

関税引き下げを訴え当選したルーズベルト大統領は、1934年関税引き下げの権限を議会から獲得することに成功する。(1934年互恵通商協定法)この法律は時限法であるが延長を重ね1967年失効するまで継続する。

3.ケネディラウンド合意の議会不承認
GATTケネディラウンド(1964~67年)で、議会が政府の合意した協定を部分的に受け入れなかった。(国際アンチダンピング・ルールと米国非関税障壁ASPの撤廃)

国際アンチダンピングについては、米国法(1921年アンチダンピング法)のコード(品目)と一致するもののみ適用とする法律(90-634)を成立させ、ASPについては、国内実施法を成立させなかった。

この時、通商協定より国内法が優先することが、議会と大統領府の共通の認識になった。

4.1974年通商法の成立
このケネディラウンドの合意批准不成立が、交渉官が他国に信憑性を疑わせると心配、ニクソン大統領は東京ラウンドに向けて、ファストトラック法を1974年通商法に挿入する提案を行った。

上院の審議のなかで、議会と相談し、締結90日前には、必要書類を提出するルール、締結後、内…

日韓併合 百年目の真実 李完用が救った大韓帝国

本年2010年8月29日は法律上の専制君主大韓帝国皇帝純宗が勅諭を発表して日本と韓国が合併したことを内外に示してから100年目にあたる。


韓国皇帝の勅諭 皇帝、若(ここ)に曰く、朕否徳にして艱大なる業を承け、臨御以後今日に至るまで、維新政令に関し承図し備試し、未だ曽て至らずと雖も、由来積弱痼を成し、疲弊極処に至り、時日間に挽回の施措望み無し。中夜憂慮善後の策茫然たり。此に任し支離益甚だしければ、終局に収拾し能わざるに底(いた)らん。寧ろ大任を人に託し完全なる方法と革新なる功効を奏せいむるに如かず。

故に朕是に於いて瞿然として内に省み廊然として、自ら断じ、茲に韓国の統治権を従前より親信依り仰したる、隣国日本皇帝陛下に譲与し、外東洋の平和を強固ならしめ、内八域の民生を保全ならしめんとす。惟爾大小臣民は、国勢と時宜を深察し、煩擾するなく各其業に安じ、日本帝国の文明の新政に服従し、幸福を共受せよ。

朕が今日の此の挙は、爾有衆を忘れたるにあらず、専ら爾有衆を救い活かせんとする至意に出づ。爾臣民は朕の此の意を克く体せよ。

隆煕四年八月二十九日 御璽

日韓併合100年目を前に韓国の反日派からの様々な動きがあるのでまとめてみたい。

2010年5月11日のこのようなニュースを目にした。

日韓知識人が共同宣言「日韓併合は当初から無効だった」
看過できないのは多くの日本人学者が関わっているという点 …今回の声明には発起人である和田春樹東京大学名誉教授をはじめ、日韓歴史共同研究委員会の日本側の座長を務めた三谷太一郎東京大学名誉教授など105人が声明に署名している。一方、韓国ではイ・テジンソウル大学明楊教授やカン・マンギル高麗大学名誉教授、詩人の高銀氏や金芝河氏のほか、幅広い層から109人が声明に署名した。… …声明では、「併合は大韓帝国の抗議を軍事力で押さえつけたもので、韓国側が国権の譲与を申し出たとする内容も虚偽(きょぎ)である」と指摘し、日本政府が日韓併合条約について「無効」であることを認め、8月の総理談話に関連内容を盛り込むように、積極的に働き掛けるとしている。… 2010年07月18日には、

日韓併合100年で日本が韓国へ謝罪、中国も大きな注目

8月29日に日韓併合100年を迎えるにあたり、日本政府は韓国に過去の植民地統治を謝罪する方針を明らかにした。17日、環球時報は「日本は韓国側…

日本国憲法24条

日本国憲法を研究していて常々思うのだが、24条は非常に特異な条文だ。14条で男女の同権(平等の権利で単に平等ではない)を規定しているのだから、特に婚姻まで権力が関与するまでもなく、自由な恋愛や婚姻は保障されていると考える方が自然だろう。むしろ自由権の侵害ともいえる。
第二十四条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

○2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
ところが、ダメ押しのように「婚姻は当人同士で決める」と宣言している。当時の男女が制度に縛られて自由な婚姻ができなかった怨念の条文に思えて仕方がない。24条について条文を廃止するという声もあまり聞かれない。あの自民党案でさえ、第1項に「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」と加えただけで、条文はそのまま残るとしている。

日本国憲法の施行当時は「新憲法実施のよろこび 男女の権利は同じ 結婚は父母の同意なくできる」や「堅苦しい戸主権よさらば 男女は完全平等に」などという見出しが躍るように国民にも歓迎されたと思われる。ではこの特異な条文はどのように規定されたのだろうか。日本国憲法に影響を与えた憲法草案要綱にもそのような条文はない。GHQが1946年2月13日に日本政府に手交された草案に以下の条文があった。
Article XXIII. The family is the basis of human society and its traditions for good or evil permeate the nation. Marriage shall rest upon the indisputable legal and social equality of both sexes, founded upon mutual consent instead of parental coercion…

日米憲法比較研究 ―年次改革要望書

日米憲法の比較研究に参考にしているサイトで偶然みつけた原文の、いわゆる「年次改革要望書」だが、TPPと比較してみても面白い。アメリカの戦略なのか執念なのか、はたまた信仰なのか、1994年からもう20年くらいやってる市場開放交渉だ。我国政府も辛抱強くそれに対応していることがわかる。2001年(平成13年)からは申し訳程度の要望書をアメリカに出しているが、要求の多さ細かさはアメリカのそれが圧倒している。つまりアメリカは多年戦略的にアメリカ産業の保護推進を考えて行動しているのに対し、我国は相手が攻めてきてから対応する「専守防衛」に徹している。「攻擊は最大の防御なりという」戦いの格言を忘れているということだ。

11/15/1994
Submission by the Government of the United States to the Government of Japan Regarding Deregulation and Administrative Reform in Japan
11/22/1995
Submission by the Government of the United States to theGovernment of Japan Regarding Deregulation, Administrative Reform and Competition Policy in Japan 03/22/1995
Comments by the Government of the United States on Japan's Interim Deregulation Report 11/15/1996
Submission by the Government of the United States to the Government of Japan Regarding Deregulation, Administrative Reform and Competition Policy in Japan
日本における規制緩和、行政改革および競争政策に関する日本政府に対する米国政府の要望書
11/07/1997
Submission by the Government of the United States to the Governme…

日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと 

日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと ー戦後の日本の解体は『菊と刀』から始まった 高橋史朗 WGIP ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム War Guilt Information Program をご存じの方は多いと思う。大東亜戦争に敗れ、我が国は、歴史上初めて他国の占領を受けることになる。占領当初、我が国指導者の目的は、いや日本国民すべてが、連合国による天皇陛下の処刑阻止にあったと言っても過言ではないだろう。評書は第3章で、昭和天皇の処刑を阻止するために、多くの婦人たちの力があった逸話を挿入しながら、WGIPについて新事実も含め詳細に分析を試みている。

誰が陛下の処刑を止めたのか 当初米国上院は、昭和天皇を戦争犯罪人として処刑することを全会一致で可決しており、マッカーサーは議会から、昭和天皇に戦争責任ある証拠を集めるように命令されていた。しかしフェラーズがマッカーサーに、

天皇を戦犯として裁判にふせば、日本全国に暴動は必死であろう。もし天皇を廃せば、全国的暴動が必死であって、特別警備区以外の白人は暗殺を免れない。
 覚書を出すと、マッカーサーも態度を一転、米国陸軍に対し電報を打つ。

天皇を告発すれば、日本国民の間に想像もつかないほどの動揺がが引き起こされるだろう。その結果、もたらされる事態を鎮めることは不可能である。天皇を葬れば、日本国家は分解する。連合国が天皇を裁判にかければ、日本国民の憎悪と憤慨は、間違いなく未來永劫に続くであろう。―中略―そのような事態が勃発した場合、最低100万の軍隊が必要である。軍隊は未來永劫駐留しなければならない。―後略― これによってこれによって米国政府は昭和天皇の訴追をやめることになる。これは比較的著名な事実だが、評書ではもう一つ、昭和天皇処刑方針を転換するにあたり、重要な事実を紹介している。 それは伊藤たかさんという婦人が、マッカーサーに宛てた直訴状、手紙だという。そして日付のあとには署名血判が押してある。当時の右翼はそのような直訴状を出していないということ、直訴状を出したのは婦人ばかりだという事実を紹介している。
 マッカーサーは昭和天皇と会見し、昭和天皇の "You may hang me" という言葉によって心動かされ、フェラーズの覚書、伊藤たかさん等、日本の婦人…