合衆国憲法及び合衆国国内法とTPP ―まとめ

以下はTPPってなに?でリアルジャーナリスティックに議論を展開される石塚幾太郎さんが作成した、TPP交渉にあたって関係する米国憲法及び国内法の関係とその成立過程をまとめたものだ。(一部URL表示をリンクに取り込んだ)

TPAの成立過程
1.憲法上の通商交渉権限規定

(1)合衆国憲法
合衆国憲法立法部第8条第3項に「通商交渉権限」が議会にあり、執行部第2条第2項に「条約締結権」が上院の助言と承認のもとに大統領が有していることが記載されている。

「通商協定」の批准は、上院3/5(60名)、下院過半数の可決が必要。条約の批准は上院2/3の可決が必要である。

合衆国憲法(在日米国大使館)HP

(2)日本国憲法
日本では、憲法第76条第3項の規定により、通商協定も条約であり、締結は内閣の専権事項になっている。国会は、締結された条約(通商協定)を批准するか否決するかの採決を行う。
2.世界恐慌からの脱出
1930年、世界恐慌の経済対策として、米議会は、大幅な関税引き上げ(1930年関税法)を可決し、施行した。この動きが世界中に拡散し、いわゆるブロック経済の対立を生み出し、第二次世界大戦の原因ともなったと言われている。

関税引き下げを訴え当選したルーズベルト大統領は、1934年関税引き下げの権限を議会から獲得することに成功する。(1934年互恵通商協定法)この法律は時限法であるが延長を重ね1967年失効するまで継続する。

3.ケネディラウンド合意の議会不承認
GATTケネディラウンド(1964~67年)で、議会が政府の合意した協定を部分的に受け入れなかった。(国際アンチダンピング・ルールと米国非関税障壁ASPの撤廃)

国際アンチダンピングについては、米国法(1921年アンチダンピング法)のコード(品目)と一致するもののみ適用とする法律(90-634)を成立させ、ASPについては、国内実施法を成立させなかった。

この時、通商協定より国内法が優先することが、議会と大統領府の共通の認識になった。

4.1974年通商法の成立
このケネディラウンドの合意批准不成立が、交渉官が他国に信憑性を疑わせると心配、ニクソン大統領は東京ラウンドに向けて、ファストトラック法を1974年通商法に挿入する提案を行った。

上院の審議のなかで、議会と相談し、締結90日前には、必要書類を提出するルール、締結後、内容の修正を行わずに一括採決をする取り決めを行った。

この議会との相談、通告は「模擬的立法行為」であり、妥協の産物であった。

5.国内法優先問題
TPA法(ファストトラック法)を作る動機は、まとめた交渉の内容が議会で修正あるいは長い審議に晒されることで、批准ができなくなることであった。

初 めから議会と相談し、協定の国内法への影響をチェックし、常に、協定より国内法が優先するように交渉する。交渉がまとまれば、FTA実施法第102条に書 かれたように宣言すれば、議会は国内法改正の審議を省略することができる。議員に安心を与える取引とも言える。その確認ができれば、協定の一括採決を議会 で行うことができる。

6.TPA法のファストトラックの意味
協定の修正を行う動機は、国内法との調整において、国内法を変えず、協定を変えたいからだ。大統領は、議会と相談・承認を得ながら国内法を変える協定を回避 し、議会は、その代わりファストトラックで批准をするという暗黙の契約がTPA法の根源にある問題だ。その契約の上に、憲法で規定された通商交渉権限を議 会から大統領に付与されることがTPA法であると言える。

もし、USTRが交渉相手国や国内のステークホルダーから米国内法を改正するような要求を受け入れれば、支持基盤の利益を優先する議員はその協定を切り刻んでしまうだろう。

今回、TPP条文のリーク情報では、国内法の改正が必要との話がでている。バイアメリカン法の廃止やグレイソン議員の「国家主権を侵される」との 情報は、国内法に影響を及ぼすものと考えられる。国内法を改正するTPA法案が提出されれば、議会が紛糾する。

7.真の交渉相手
要するに、米国政府(USTR)は、国内法を変える要求は一切受け入れない。受け入れたら、USTRは、ばらばら(再編成)にされる可能性もある。真の交渉相手は、米議会(上院100名、下院435名)である。

8.米国内法優先の事例、米韓FTA施行前(2012年2月20日)両国の法整備確認文書
韓国は22の国内法と規則を改正、米国は、国内基本法の改正はなし

作成 石塚幾太郎
以上で補足することはあまりないのだが、少し解説をすると、合衆国の通商交渉権限だが、第1章[立法部]第8条[連邦議会の立法権限]第3項にある諸外国との通商、各州間の通商およびインディアン部族との通商を規制する権限。を引用して連邦議会にあると解説している論考が多いが、これは間違いではないが正しいとはいえず、まとめにもあるように、第2章[執行部]第2条[大統領の権限]第2項 の前段、大統領は、上院の助言と承認を得て、条約を締結する権限を有する。但し、この場合には、 上院の出席議員の3 分の2 の賛成を要する。と大統領にも付与されていると考えられる。

第二次大戦後ブロック経済化を戦争の原因と考えた経済人はIMF、世界銀行、ITOの設立を計画しIMF、世界銀行は機関として設立されたが、ITOはアメリカ議会がそれを承認しなかったために「関税及び貿易に関する一般協定GATT」としてスタートしなければならなかった。ウルグアイ・ラウンドのマラケシュ協定によって1995年1月WTOが設立されるまで待つことになった。

1964年ケネディ大統領は年頭の教書で多国間貿易交渉を推奨したことから1964年から始まった交渉をケネディ・ラウンドと呼ぶが、このラウンドで上記APS(国際アンチダンピング・ルールと米国非関税障壁ASPの撤廃)がアメリカ議会で不承認となり、アメリカでは国内法優先のルールが確立された。ファスト・トラック権限はそのような背景から東京ラウンドを控えたニクソン大統領が、交渉各国から信頼を得るために議会へ提案して、1974年に通商法が変更された権限で、国際的な信頼失墜をおそれたアメリカ政府と議会が妥協した「模擬的立法行為」だといえる。

TPPへのアメリカの交渉参加はこのような経緯の中で始まり、オバマ大統領はファスト・トラック権限を付与されまいまま通商代表部(USTR)は参加している。年内に合意採択を目指してるTPPだが、アメリカがそれに署名しても、保護主義的なアメリカ議会は少なくともWTO・GATT以上に市場開放を要求される內容には承認を与えないことは歴史が示している。アメリカ政府はまたもや空手形を切ったと歴史に刻むことだろう。