正しいTPPの止め方 ―条約承認の手続き

もはや原発もTPPも国民感情は否定的である。安倍総理は、にも関わらずそれらをやめると云へないことに深く敬意を表する。しかし双方とも安倍総理にしか止めることも止めることも出来ないのだから、決断は早いほうが国益になる。

さてTPPの議論で荒唐無稽なのは、交渉に参加したら抜けられないとか、条約は憲法より優先されるので大変だとはいう主張である。もし抜けられない交渉があるのであればそれはマフィヤか何かの交渉なのだろうか。抜けられないのであれば交渉とは呼ばないし、費用をかけて集まる必要もない。さらに滑稽なのは条約が憲法をも優先されるというものだ。国内法というのであればまだしも憲法より優先されるという議論には開いた口が塞がらない。そこで保守的アプローチ戦略第2弾として、憲法によるTPP阻止の戦略を議論してみたい。

憲法と条約の関係を以前国際法の教科書から抜粋して紹介したことがあるが、今回は日本国憲法の解釈学説の立場からの議論を中心に検証してみたい。まず条約を交渉する権限は、憲法の73条3項に、
条約を締結すること。但し、事前に、時宜によつては事後に、国会の承認を経ることを必要とする。
内閣の権限として規定がある。少なくとも条約の締結は国民の付託により内閣の専権事項となっている。内閣が条約を締結することに対して国民から法的に異議を唱えることはできなくもないが、手続き的に正しくない。しかし国民が内閣の締結した条約に唯々諾々と従うのが憲法の規定かといえばそうではない。内閣の締結した条約を批准する手続きが規定されている。条文後半の国会の承認を経ることを必要とするとは一時的な熱狂で内閣を信任した国民が冷静になる期間を設ける意味で重要な手続きだ。

さらに、61条に、
条約の締結に必要な国会の承認については、前条第二項の規定を準用する。
と規定されるように衆議院優先の規定があり、予算案と同等な手続きが規定されている。これらはさらに7条の8、
批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
と、陛下の認証を必要とする。これら、二重三重の手続きはなぜ設けられているのかといえば、それはやはり国民に冷静な判断を求めるためのクーリングオフ期間といえるのだろう。条約が締結された場合には、98条2項の、
日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
として、国内法を改正して誠実に遵守しなければならなくなる。つまり条約>国内法といえるだろう。では憲法はどうなのか。先出の98条は、
この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
条約という表現はないが国の最高法規という表現を使っているが如く、憲法は法律の中では一番上位であることを規定しているのだから、条約も法律のうちと考えれば条約<憲法となるのは自明だらう。つまり憲法>条約>国内法という関係が見えてくる。少し学説も検証してみよう。

明治憲法では条約の締結は天皇の大権として行政府に属していた。先の説明にもあるように日本国憲法でも内閣の権限である。 ただシビリアン・コントロールの要請から、諸外国でも国会の承認をもって成立要件とすることが一般的となり、日本国憲法でもそう規定されている。そしてそれは「事前に、時宜によっては事後に」なされるとある。締結した条約が不承認となった場合、条約には相手国が存在するわけなので、複雑な外交問題を発生させる危険もある。よって事後よりは事前のほうが望ましいのは当然だろう。しかし承認するにあたり修正が可能かどうかという問題もある。この問題は修正承認は不可能というのが学説的には優位のようだ。よって事前承認の場合は承認か不承認かという事になる。次に事後承認の場合を検証する。

条約には条約法に関するウイーン条約という国際法が存在し我国は1981年に批准している。かかる条約法により条約効力について学説的に対立がある。内閣が条約を締結した時点で国際法的に効力を持つが、国内法的には不承認であるから当然、効力を持ち得ないと解釈する説と、国会の承認が必要であるという事実は、民主国家にとては常識であるから、内閣が締結した段階では効力を持たないとする説である。今日では学説的には後者に分があるという。

条約が国際的な取り決めなので国会の承認を必要としている。さらに条約の遵守を規定しているのだから、条約が法律に優位するのはいいだろう。一方条約と憲法に関してはどうだろうか?憲法98条、81条の違憲立法審査に条約の文言がないことを理由に条約優位説があるが、次の反論がある。
  1. 憲法98条2項は成立した条約の国内法的効力を認めてその遵守を規定しているが、条約と憲法との効力関係を必ずしも規定していない。
  2. 憲法99条は「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」と憲法擁護の義務を規定している。
  3. 条約締結権は憲法が認めた国家機関の権能であるからその根拠となる憲法を変更することは出来ない。
  4. 憲法の国際主義は必ずしも条約の優位を導くものではない。
特に重要な反論が3.だ。憲法が組織した内閣や国会が、条約締結によって憲法違反濃厚な決め事があるといって、憲法を改正することは出来ないことは自明だ。実は実務も後者の学説に従い、憲法違反の疑義がある条約には一定の留保を要求している。例としては人種差別撤廃条約には表現の自由の観点から留保を行ったことがあげられる。

もう諸君はお分かりだろうが、TPPが我国の憲法の規定に違反する疑義がある限りは、内閣は締結が出来ない。我々国民が権利として認められている、つまり国家がそれを積極的に擁護すべき義務がある事項に対する侵害的な条約を、憲法を根拠として組織されている内閣も国会も、締結も承認も出来ないということだ。本来ならば国会議員がこのうよな議論をもっと行うべきなのだが、民意獲得のため生活や人情に訴える議論ばかりに終始していることは残念で仕方ない。

正しいTPPの止め方は、それに憲法違反の疑いがあれば良いのである。