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TPPを批准締結する条件を考える ―我が国には自由貿易体制が必要

私はTPPに反対をしていない。現状は「憲法違反の疑義がある条項があるので批准できない」としている。この両者の態度は大きく違う。反対する人にはそれなりの意見がある。それを抽象的に表現すると「国益を毀損する」ということだろう。安倍首相も「国益を見極めて交渉する」と明言しているが国益に関しての言及はない。

そもそも法人ではない(少なくとも私はそう考える)政府を代表する「益」を明確化することは難しい。一方、政府は組織ではあるので組織益なら明確にできる、という反論もあるだろう。過去、「省益あって国益なし」と言われた官僚組織がそうだ。しかし政府の組織益が国民の利益と合意するとは限らない。国益の「国」とは国家(政府)の「国」なのか、国民の「国」なのか、またはネイションの訳語としての「国(邦)」なのかも定義されていない。

我国には自由貿易体制が必要

TPPはGATT・WTO体制の例外として認められ交渉されている地域貿易協定 RTA であると論じた。実はWTOはアメリカ政府(アメリカ議会は消極的)が積極的に推進していた国際機関の一つだが、我国政府もアメリカ政府に追隨して、積極的にこれを利用してきた。理論としての自由貿易体制は安全保障丸投げの、我国の国情国益に合致していた。それはこういうことだ。

資源がなく国土が狭い我国は、農業国から工業国に移行するには、農地を工業用地に転換する必要があった。耕地面積の減少は当然食料の自給率を下げることになる。人口の爆発的増加と農地減少は必然的に食料の輸入依存という結果を招く。

更に工業(物造り)による経済成長は原材料、エネルギーの輸入依存も招聘することになる。ところが、それらの輸出国が政治目的で、恣意的に価格を上昇させたり、他国と差別して我国には販売しないという行動をとるようになった。第1次オイルショックだ。我国は戦後未曽有の混乱になったことは私も記憶するところだ。

GATT・WTO体制による自由貿易とは「関税を撤廃する」という経済的な目的はもちろんだが、経済行為に政治は不介入という、古典的リベラリストの基本原則を、地球上に確立するという政治目標―政治は不介入という、政治目標という表現は二律背反的だが―があった。我国のアメリカ追従ではあったが、GATT・WTO体制推進の目的はむしろ後者にある。

売らないというのは主権的行為として実現容易だが、買うという行為は主権があろうがなかろうが、相手が売らないと買うことが出来ない相互的行為だ。「主権で認められているから売れ!」といくら騒いでも相手が「売らない」と言えば悲しいかな買えないのだ。

相手が売らないといってそれを買えないと、食料なら餓死、エネルギーなら凍死という事になりなねない。先に指摘したとおり我国の経済成長は食料の自給を犠牲にして工場を建てた結果なのだ。それは餓死の危険と引き換えにした賭けだったといえる。

もしそれでも売らないというなら、軍隊を派遣して食料を確保するしかないわけで、侵略の汚名を受ける可能性はあるが、国民が餓ゑているにもかかわらず、手をこまねいている為政者など必要はないわけだから、戦争に訴えるしかないのだ。そこでそういう戦争を未然に防ぐ智恵、そういう戦乱を避ける方法を人類は考えだした。それが自由貿易体制だ。

ルールに則って、買いたいという商人に正統的な理由がなく、政治的恣意的に売らないということを違法にするルールの確立が、関税撤廃とともに自由貿易体制の基本だということを踏まえると、我国は自由貿易体制こそが、我国のみならず、あらゆる国家の生存とって死活的に重要だということが理解できるだろう。

リベラルアメリカ主導では理想は実現しない

ところが国際社会の本音と建前は、本来の自由貿易体制とはかけ離れた自由貿易体制を戦勝国中心に構築した。我国は戦勝国に、コバンザメのごとく寄り添って、敵対する経済体制と、しのぎを削っている間は利益を享受できたが、その敵対国が同一の経済体制に組み込まれると、そうもいかなくなる。ルールメイキングが我国に不利になる場合が生じ始めた。

さらに市場のルールを社会的ルールに引き上げて、普遍的な交易ルール確立が目的であった GATT・WTO がアメリカ政府の恣意的運用で骨抜きにされるようになった。アメリカ政府の国連私物化どころか無視はいい例だろう。アメリカ政府が推進した、自由貿易体制は根本から揺さぶられることになる。

国際機関を、恣意的に運用し始めるアメリカ政府の思想は、修正リベラリズム、もしくは新自由主義といわれる、正義を市民社会のルールの基本にしようという思想だ。そのためには不正義を軍事力で粉砕することも辞さぬということだ。さらにその「リベラル」よりも、世界秩序構築にむけて、もっと積極的に行動すべしだと、リベラルから転向したのが、ネオコンサバティブ、ネオコンだ。

私のような古典的コンサバティブ 、古典的リベラル、古典的リアリストを信奉する思想からは対極的だ。平等に重心を置く共産主義との違いは、自由を基本に理論構築がなされている点だ。しかし世界観とそれを実現させる手法が、共産主義と同じく「闘争」にあるということだ。

競争状態で、個人の多様性を認め、それらを調整する方法、つまり自然に発生したルールを大事にする古典的リベラリスト、過去から蓄積された習俗、コモン・ローに信頼をおくコンサバティブは、つまり主観主義、言い換えれば個人主義を基点に多様性を包括する。一人の人間を国家に置き換えても同じだ。

しかし修正リベラリズムや、その転換系であるネオコンは、個人や国家の多様性は認めず、正義が絶対だ。その正義はカント的な正義、つまり理性による正義なのだ。彼らにとって自由貿易体制は、内容はともかく、最終的にそれが実現されれば正義なのだ。

一方、古典的リベラリストやコンサバティブは、実現される結果よりその手続を重視する。さらにその手続は自生した秩序、つまりルールで運用されるのが望ましいと考える。本来の自由主義は、個々人が主観的(自由)に取引しているうちに、普遍的かつ一般的でだれでもが利用できる公知のルールが発生する、あるいは発生している状態の場所を市場だとして、市場には、なるだけ強制を排除する、つまり自由にするということだ。自由貿易は元来市場にあった自生秩序を地球上に実現する動きともいえた。―A・スミスやハイエクは交易と表現している。しかし第一次大戦後発足した各種の国際機関、第二次大戦発足した国際機関、両者とも修正リベラリズムの影響下、正義の秩序という理性人知に陥ったと考へられる―

武器としての自由貿易体制

2010年尖閣諸島をめぐる件で、中国が我国へ、レアアースの輸出規制をしたが、これを日米欧はWTOに提訴して、中国側がおれたという事件がある。WTO 加盟国は、正当な理由がない場合に、制裁的輸出規制をしてはならないからだ。 

同様に現在、韓国政府が、日本が輸出する食品へ課している輸入規制を、我国政府は WTO に提訴するという情報もあるように、我国の貿易にとってGATT・WTO 体制は武器になる場合もある。GATT・WTO 体制の例外であるTPP はアメリカの修正リベラリズムを排除して本来の自由交易の理論になれば、我国の交易にとって武器になる場合があるのではないだろうか。

TPP で修正リベラリズム的な制度と考へられるのは、司法の独立という、自由主義に必要不可欠な体制を揺るがす、ISDS 制度ではないだろうか。これは域内貿易で発生したトラブルを国際機関で仲介処理しようとする試みだが、そこには強制が含まれていると考へられる。

もう一つ、知財に関する取極めは政府の強制をできるだけ排除するという、自由主義、個人主義とは反する、修正リベラリズムと親和性の高い内容を含んでいると考えられる。TPP がGATT・WTO に準拠しさらに、売りたい人と買いたい人の間で、自生したルールに基づく貿易ができるような、外部的形式的な手続きを極める程度の条約に進化するのであれば、我国は積極的に進める必要がある。

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TPPとはなにか ―国際法・条約から考える

フェイスブックのTPPって何?の議論を通じTPPを検証してきたが、ここに来て議論が成熟してきた。JAなどがTPPの「聖域なき関税撤廃で農業はだめになる」という主張はWTO・GATTのウルグアイ・ラウンドで我国が聖域として議論した農産5品目が自由化されるという主張だが、TPPはWTO・GATTの規定内で交渉される自由貿易協定であるから、「聖域なし」は「実質上」と同じ「すべて」ではないという例外を表した言葉だ。

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 第1章

近代憲法は、主権者である国民の意志として、組織される政府に対する命令書なので、前文は、その意志を表現したものがふさわしい。そしてその目的を明確にする必要がある。さらにその目的のために、憲法を制定するわけなので、そういうことを頭に入れたうえで、再び前文を読むと、合衆国憲法は、

われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここに アメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。
目的意志がシンプルかつ明確に表現されている。これと比較して、日本国憲法における国民意志もしくは達成したい目的は、

政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。に色濃く現れ、

これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
が次にくる。なぜわざわざ一切の憲法と法令と詔勅と断る必要があるのだろうか。ここにこの憲法を制定した意志があるのではないだろうか。そして最後には、

国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

目的を達成することを、宣言命令するのではなく誓ふ。さらに誓ふ対象も明記されていない。我々日本国民は、誰に対して目標を達成することを誓ふのだろうか。 これに答えを出せる憲法学者や国会議員が、我が国にはどれほどいるのだろうか。国民はそれを疑問とも考えていないのだろか。

第 1 章はその意志を具体化する、そして目的を達成するための第一歩ということだ。最重要なことを最初に申し述べているのである。アメリカ合衆国にとって最重要なことは法の支配、法による秩序であり、日本国では天皇―スメラミコトによる秩序―これをしらすという―であるということだ。大日本国憲法では、

大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス

と統治の根拠となる天皇が過去、現在、未来に渡つて、日本国と日本民族の秩序の源であることを示している。この場合の統治とは伊藤博文が解説するように、しらすであり現実的な権力、うしはくと厳密に分けなければならないのである。

合衆国憲法は合衆国の秩序は法によって護られるゆえ、第 1 章では立法府についての規定が列記される。一方、日本国憲法では天皇についての条項が…

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 前文

これから日本国の新憲法草案を提案しよう。どうしてそう思ったかは単純だ、今の日本国憲法は近代憲法の要件を満たしていないと思われるからだ。近代における国家は主権者である国民の国家形成への強い意志によって成り立っているとする。―するとしたのはもっと奥深い部分では違うと考えているが、近代に対応するためにそう仮定することにしよう。

近代思想において国家は、たとえ国民がひとりでも、国民意志があれば形成することができるとされる。しかしそれは利己的な個人意志ではない。五箇条の御誓文で公論と示された、意志を国民主権では民意というのであって、それがなければ近代国家は存在しないのである。さらにその意志は個々人の中にある不条理で熱い志であり、それを顕現しあるいは不当な隷属の強要から擁護されなければならないと考えている。

そして近代における憲法はその国家を統治する権力を制限するために制定するものであり、国民から政治権力への手紙であり、もっと強く表現すれば命令書として機能するのもである。よって国民が必ずしも従うべきものではないという性質のものである。
統治体というのは国際的には近代国民国家が国際関係を維持するため、またはその関係が破綻した場合に起きる紛争を解決したり、戦争を遂行し条約を締結するための代表府である。同時に国内においては共同体秩序を維持発展させるために制度や法律を制定する立法府、制定された法律をもとにそれを執行する行政府、そして行政が正しい手続きで行われているかを監視したりあるいは手続きの瑕疵を判断する裁判所などの組織のことである。

しかしこれらの組織は主権者である国民の自由を拘束したり法律を不当に行使したりする可能性があるので主権者は組織に対し、してはいけないことと、積極的にしなければならないことを文書によって命令する、それが憲法の本質なのである。そういう視点をもって世界最初の憲法らしい憲法であるアメリカ合衆国憲法と戦後アメリカの占領下制定された日本国憲法を比較してみよう。


アメリカ合衆国憲法(日本語訳)
前文
われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここにアメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。The Constitution o…

国際関係論で論じられる理想主義

リベラリズムほど解釈が多様にある言葉はないと思う。日本語では自由主義と訳される場合が多いのだが、昨今では自由主義とリベラリズムは対立する政治姿勢ともいえる。よって自由主義をリバタリアニズムと呼ぶのが一般的になりつつある。本稿の場合はリベラリズムを社会自由主義的な用法、ようするに国際関係論で論じられる理想主義として論じることにする。

20世紀の戦争 20世紀は戦争の世紀と呼ばれるように産業革命による技術革新が戦争を巨大化、無慈悲化させた。世界は巨大化・無慈悲化する戦争に対して、一定の規則を締結したが、その後に勃発した第一次世界大戦は大規模かつ無慈悲な消耗戦によりヨーロッパ社会に大きな衝撃を残した。

第一次世界大戦の塹壕戦や化学兵器の使用は、ただ敵を消耗させるための戦略で、それまでの戦争とは様相が大きく変化した。戦争は国家が軍に命令して、軍が名誉をかけて行う営みから、国家国民全体で行う営み全体戦争つまり総力戦へと変容した。

パリ不戦条約(戦争抛棄ニ関スル条約)は大戦のような悲惨な戦闘を二度と繰り返さないために交戦国、非交戦国も含めて63カ国が署名した。目的は戦争の違法化、特に侵攻戦争の違法化を目指したが、最終的には侵攻戦争を非難するにとどまった。


貧困が戦争を起こす もし社会が現状で固定されるとしたら、現在比較的幸福な人はいいが、もし不幸な人はどうだろうか。それはその人の希望を奪い去ることになる。国家同士の戦争もある一面では現状に満足できない国家と、それを阻止しようとする国家の営みといえる。

第一次大戦後ヨーロッパの比較的裕福な人々の間で戦争が二度と起こらないように、家族友人の死、あるいは戦争による破産などの不幸をなくすには、どうしたら良いか考えられたのは自然なことだ。そして彼らは結論した。「貧困が戦争を起こす」。

大戦中ロシアでは革命が起こりソ連邦が誕生する。国民(ソ連に国民がいたかは定かでないが)に貧困のない平等な生活を提供する統治体の出現に、ヨーロッパのエシュタブリッシュメントは期待と不安の眼差しを向ける。
リベラリズムの誕生 フランス革命の惨劇を経験しているヨーロッパの裕福な人達は、現状を維持しながら戦争を防止する政治体制の確立を急いだ。そのような背景でリベラリズム理論が誕生することになる。その理論は金持ちはそのまま、貧乏人はもう少しお金持ちにすることだ。

日本国憲法24条

日本国憲法を研究していて常々思うのだが、24条は非常に特異な条文だ。14条で男女の同権(平等の権利で単に平等ではない)を規定しているのだから、特に婚姻まで権力が関与するまでもなく、自由な恋愛や婚姻は保障されていると考える方が自然だろう。むしろ自由権の侵害ともいえる。
第二十四条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

○2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
ところが、ダメ押しのように「婚姻は当人同士で決める」と宣言している。当時の男女が制度に縛られて自由な婚姻ができなかった怨念の条文に思えて仕方がない。24条について条文を廃止するという声もあまり聞かれない。あの自民党案でさえ、第1項に「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」と加えただけで、条文はそのまま残るとしている。

日本国憲法の施行当時は「新憲法実施のよろこび 男女の権利は同じ 結婚は父母の同意なくできる」や「堅苦しい戸主権よさらば 男女は完全平等に」などという見出しが躍るように国民にも歓迎されたと思われる。ではこの特異な条文はどのように規定されたのだろうか。日本国憲法に影響を与えた憲法草案要綱にもそのような条文はない。GHQが1946年2月13日に日本政府に手交された草案に以下の条文があった。
Article XXIII. The family is the basis of human society and its traditions for good or evil permeate the nation. Marriage shall rest upon the indisputable legal and social equality of both sexes, founded upon mutual consent instead of parental coercion…

日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと 

日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと ー戦後の日本の解体は『菊と刀』から始まった 高橋史朗 WGIP ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム War Guilt Information Program をご存じの方は多いと思う。大東亜戦争に敗れ、我が国は、歴史上初めて他国の占領を受けることになる。占領当初、我が国指導者の目的は、いや日本国民すべてが、連合国による天皇陛下の処刑阻止にあったと言っても過言ではないだろう。評書は第3章で、昭和天皇の処刑を阻止するために、多くの婦人たちの力があった逸話を挿入しながら、WGIPについて新事実も含め詳細に分析を試みている。

誰が陛下の処刑を止めたのか 当初米国上院は、昭和天皇を戦争犯罪人として処刑することを全会一致で可決しており、マッカーサーは議会から、昭和天皇に戦争責任ある証拠を集めるように命令されていた。しかしフェラーズがマッカーサーに、

天皇を戦犯として裁判にふせば、日本全国に暴動は必死であろう。もし天皇を廃せば、全国的暴動が必死であって、特別警備区以外の白人は暗殺を免れない。
 覚書を出すと、マッカーサーも態度を一転、米国陸軍に対し電報を打つ。

天皇を告発すれば、日本国民の間に想像もつかないほどの動揺がが引き起こされるだろう。その結果、もたらされる事態を鎮めることは不可能である。天皇を葬れば、日本国家は分解する。連合国が天皇を裁判にかければ、日本国民の憎悪と憤慨は、間違いなく未來永劫に続くであろう。―中略―そのような事態が勃発した場合、最低100万の軍隊が必要である。軍隊は未來永劫駐留しなければならない。―後略― これによってこれによって米国政府は昭和天皇の訴追をやめることになる。これは比較的著名な事実だが、評書ではもう一つ、昭和天皇処刑方針を転換するにあたり、重要な事実を紹介している。 それは伊藤たかさんという婦人が、マッカーサーに宛てた直訴状、手紙だという。そして日付のあとには署名血判が押してある。当時の右翼はそのような直訴状を出していないということ、直訴状を出したのは婦人ばかりだという事実を紹介している。
 マッカーサーは昭和天皇と会見し、昭和天皇の "You may hang me" という言葉によって心動かされ、フェラーズの覚書、伊藤たかさん等、日本の婦人…

年次改革要望書

サイトで偶然みつけた原文の、いわゆる「年次改革要望書」だが、TPPと比較してみても面白い。アメリカの戦略なのか執念なのか、はたまた信仰なのか、1994年からもう20年くらいやってる市場開放交渉だ。我国政府も辛抱強くそれに対応していることがわかる。

日韓併合 百年目の真実 李完用が救った大韓帝国

本年2010年8月29日は法律上の専制君主大韓帝国皇帝純宗が勅諭を発表して日本と韓国が合併したことを内外に示してから100年目にあたる。


韓国皇帝の勅諭 皇帝、若(ここ)に曰く、朕否徳にして艱大なる業を承け、臨御以後今日に至るまで、維新政令に関し承図し備試し、未だ曽て至らずと雖も、由来積弱痼を成し、疲弊極処に至り、時日間に挽回の施措望み無し。中夜憂慮善後の策茫然たり。此に任し支離益甚だしければ、終局に収拾し能わざるに底(いた)らん。寧ろ大任を人に託し完全なる方法と革新なる功効を奏せいむるに如かず。

故に朕是に於いて瞿然として内に省み廊然として、自ら断じ、茲に韓国の統治権を従前より親信依り仰したる、隣国日本皇帝陛下に譲与し、外東洋の平和を強固ならしめ、内八域の民生を保全ならしめんとす。惟爾大小臣民は、国勢と時宜を深察し、煩擾するなく各其業に安じ、日本帝国の文明の新政に服従し、幸福を共受せよ。

朕が今日の此の挙は、爾有衆を忘れたるにあらず、専ら爾有衆を救い活かせんとする至意に出づ。爾臣民は朕の此の意を克く体せよ。

隆煕四年八月二十九日 御璽

日韓併合100年目を前に韓国の反日派からの様々な動きがあるのでまとめてみたい。

2010年5月11日のこのようなニュースを目にした。

日韓知識人が共同宣言「日韓併合は当初から無効だった」
看過できないのは多くの日本人学者が関わっているという点 …今回の声明には発起人である和田春樹東京大学名誉教授をはじめ、日韓歴史共同研究委員会の日本側の座長を務めた三谷太一郎東京大学名誉教授など105人が声明に署名している。一方、韓国ではイ・テジンソウル大学明楊教授やカン・マンギル高麗大学名誉教授、詩人の高銀氏や金芝河氏のほか、幅広い層から109人が声明に署名した。… …声明では、「併合は大韓帝国の抗議を軍事力で押さえつけたもので、韓国側が国権の譲与を申し出たとする内容も虚偽(きょぎ)である」と指摘し、日本政府が日韓併合条約について「無効」であることを認め、8月の総理談話に関連内容を盛り込むように、積極的に働き掛けるとしている。… 2010年07月18日には、

日韓併合100年で日本が韓国へ謝罪、中国も大きな注目

8月29日に日韓併合100年を迎えるにあたり、日本政府は韓国に過去の植民地統治を謝罪する方針を明らかにした。17日、環球時報は「日本は韓国側…

米国の戦略 ―日米平行協議という法規戦

現在TPP交渉とともに粘り強く行われているいわゆる日米並行協議だが、平行協議が何故行われるかを論じた議論が少ないので考えてみる。いくつかの議論を参照してみても、日米平行協議の問題点を、その片務的な内容であると指摘するのみで、米国の狙いが経済的な分野のみだとする見解が多い。

通州事件の体験記 ―気の弱い人は讀まないでください

通州事件は 、1937年(昭和12年)7月29日に発生した事件で、冀東防共自治政府保安隊(中国人部隊)による日本軍部隊・特務機関に対する襲撃と、それに続いて起こった日本人居留民に対する虐殺事件である。その体験記がある。讀むのも恐ろしい体験が綴られているのだが、歴史的事実を知るには貴重な記録であるので本誌の読者にも紹介する。あまりも惨たらしい体験記なので気の弱い人は讀まない方がいいと思ふ。
日本人皆殺しの地獄絵 私は大分の山の奥に産まれたんです。すごく貧乏で小学校を卒業しないうちにすすめる人があって大阪につとめに出ることになりました。それが普通の仕事であればいいのですけど、女としては一番いやなつらい仕事だったので、故郷に帰るということもしませんでした。そしてこの仕事をしているうちに何度も何度も人に騙されたんです。小学校も卒業していない私みたいなものはそれが当たり前だったかも知れません。それがもう二十歳も半ばを過ぎますと、私の仕事のほうはあまり喜ばれないようになり、私も仕事に飽きが来て、もうどうなってもよいわいなあ、思い切って外国にでも行こうかと思っているとき、たまたまTさんという支那人と出会ったのです。

このTさんという人はなかなか面白い人で、しょっちゅうみんなを笑わしていました。大阪には商売で来ているということでしたが、何回か会っているうち、Tさんが私に『Sさん私のお嫁さんにならないか』と申すのです。

私は最初は冗談と思っていたので、『いいよ。いつでもお嫁さんになってあげるよ。』と申しておったのですが、昭和七年の二月、Tさんが友人のYさんという人を連れて来て、これから結婚式をすると言うんです。そのときは全く驚きました。冗談冗談と思っていたのに友人を連れて来て、これから結婚式というものですから、私は最初は本当にしなかったんです。

でも、Yさんはすごく真面目な顔をして言うのです。Tさんは今まで何度もあなたに結婚して欲しいと申したそうですが、あなたはいつも、ああいいよと申していたそうです。それでTさんはあなたと結婚することを真剣に考えて、結婚の準備をしていたのです。それで今日の結婚式はもう何もかも準備が出来ているのです。とYさんは強い言葉で私に迫ります。

それでも私は雇い主にも相談しなくてはならないと申すと、雇い主も承知をして今日の結婚式には出ると申すし、少しばかりあっ…