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米国の戦略 ―日米平行協議という法規戦

現在TPP交渉とともに粘り強く行われているいわゆる日米並行協議だが、平行協議が何故行われるかを論じた議論が少ないので考えてみる。いくつかの議論を参照してみても、日米平行協議の問題点を、その片務的な内容であると指摘するのみで、米国の狙いが経済的な分野のみだとする見解が多い。

しかし私は、アメリカの狙いが、アメリカの国内法を―慣習法。アメリカの法律は日本人に理解することは困難だ。各州は独自の憲法、州法を制定しているし、連邦の権限は主に8条に示された18項目で、それ以外の権限は州に帰属すると考えられている―、日本の民法典に反映させることだと考えている一人なので、そのことと日米並行協議はどう結びつくかを論じてみる。

憲法と民法

故小室直樹博士の言を拝借すると法律とは命令であり、憲法が国家を規制する命令で、民法が私達国民への命令であるとなる。近代立憲主義国家の場合は、まさしくそのような哲学で成り立っていたが、現代立憲主義国家の場合は少し役割が変わるというのが、最近の法学における議論のようだ。

民法というのは、国家建国以前から存在していた社会的慣習の集大成であり、社会規範の集合だ。つまりそれは、立憲国家立国以前から存在しているので、国家といえども介入できない―国民主権を考えると、主権者国民のルールに国民が組織した国家があれこれと口をだすのはおかしいということ―とされている。私逹はそれらの規範に拘束されて、自主的に秩序を維持しているとすれば、国家に対する憲法と、国民に対する民法は、それぞれ命令対象とする集団は違うが、同じ働きをするといえる。

憲法や行政法などと対比して、民間の法を私法と呼ぶが、そのような慣習や規範を、法律的な言葉で置き換えると私法秩序という。先に私法秩序―私達のルール―には近代立憲主義国家は介入できないといったが、それを端的にいう言葉が、小さな政府ということになる。国家はなるだけ私法秩序には介入せずに軍事、警察、消防のような公共財に特化して、国民生活を守ることを期待されていた。

ところが現代立憲主義国家はさまざまな行政サービスを通じて、私法秩序に介入をしてくるようになる。当然それらはサービス受益者である国民の要請でもあるのだが、 それ以前に、なぜ私法秩序を国法として制定されなくてはならないかという問題がある。つまり私達のルールを国法として、国家の強制力を使って、国民に強制させるのか、という問題だ。

それはこういうことになる。私法秩序を裁判の基準として―裁判規範―制定することによって、司法が紊乱者を裁くことができるようになる、ということだ。私達の社会は、国家という強制力が存在しなくとも、社会的な制裁を行うことで秩序を維持してきた。村八分という仕打ちもその一つだといえる。

社会が大きくなるにつれ、私人が私人を裁く、私刑、いわゆるリンチを、国民が選んだ代表で構成されるところの国家が、国法として民法典に制定されて初めて、独占的な強制力が発揮され、その独占的な強制力によって、―国民が納得できるような―、秩序を維持できることになる。私法秩序に強制力を持たせるために国法化が必要なのである。

国家の私法秩序に対する介入の限界

国家は私達の社会のルールが機能するために、裁判規範として、民法を国法として制定すると論じたが、近代立憲主義国家と現代立憲主義国家では、制定された民法に対する介入の仕方が違う。自由権や財産権の不可侵は近代立憲主義国家の場合、立憲の歴史過程における国民側の要請であったことは公知だ。英米法では現在でも明文法ではなく、判例が裁判規範になっている。私人間と私人間の関係や規範に、いちいち国家が介入してきては私達の生活は窮屈だ。

さらに裁判規範として私法秩序を国法として制定するにあたり、広く国民社会の慣習や規範になっていないことを法制化すると、私逹は慣れ親しんでいないルールを人間関係に取り入れなければいけなくなる、ということだ。主権者の要請は、そういう存在しない慣習規範を国家が、裁判規範として国法化するなということだ。

ところが現代立憲主義国家は、近代立憲主義国家の、最低限の秩序維持を役割とした夜警国家から、積極的に国民を保護する福祉国家へと変化した。と同時に国民に権利への不可侵を規定した、消極的な権利実現を役割とする国家から、国民の権利を積極的に実現する役割の国家へと変化した。このことは民法にも影響し、本来、国家と国民の間で規定されていた権利義務関係が、私人間と私人間との間でも実現されるように要請されるようになった、といえる。

つまり、本来国家が介入すべきでない、私人間と私人間の関係を規定している私法秩序を国法化した民法に、私人間の自由を拘束するような修正を加えなければならなくなった、ということだ。プライバシー権などはその典型だろう。しかしその修正は、私法秩序が国法として制定された民法との間に、ズレが生じた場合の修正でなければならない、ということになる。私人間間の関係規範や慣習が変化した場合、それを修正する法律の変更は許される、ということだ。

現代立憲主義国家と私法秩序

先に国家は私法秩序に拘束されるといったが、私人間間の慣習や規範が変化した場合は、それを国法化するという修正を国家はできる、と論じた。しかし存在しない慣習や規範を、国家は国法化することができるかという問題がある。拘束されるというのは、そこから逸脱できないということなわけだから、 当然、慣習や規範に存在しないルールを国家は国法として制定できない。

違う視点で考えれば、私法秩序という国民固有の権利を実現するために現代立憲主義国家は積極的に民法を修正する必要がある。私法秩序の変化として、実現してほしいという権利を、実現するのが現代立憲主義国家の役割だからである。しかし私法秩序に拘束される国家は、私法秩序に含まれない慣習や規範を裁判規範として国法化すると、そのことによって他の私人間の権利を侵害する可能性がある。よって国家は私法秩序に存在しない慣習や規範を国法化することは出来ないとする、議論が有力となる。

さて話が核心に入るが、ある国の国民の私法秩序と、また別の国民の私法秩序は当然相違がある。慣習や規範といったものは宗教と関わりがあるからだ。世界には5大宗教を始め大小様々な宗教があり、それぞれに慣習や規範がある。よって国際社会には合意された私法秩序はまだ存在してない、といえる。少なくともそういった慣習や規範が、合意できる範囲で、国家という枠組みが形成されている、と考えられる。

とすると、ある国の私法秩序に慣れ親しんだ国民が、他国で生活やビジネスをするにあたり、自国の私法秩序では合意可能だが、他の国の私法秩序では合意できない、という事態はありうる。というか、各国でそれによって係争が絶えないのが、今のグローバル時代の国際社会だ。

日米並行協議という日米法規戦

そのグローバル時代に、自国民の権利を最大化するため、積極的に行動することを役割としている現代立憲主義国家は、国際社会で釀成されつつある国際社会の私法秩序を、少しでも自国のそれを他国へ浸透させ、自国国民の安全を確保し、活動を養護することは国民からの国家への要請だといえないだろうか。

であるならば、現代立憲主義国家が国際交渉を通じて、自国の私法秩序を他国へ伸長させようとする行為は、自国国民の要請であるとともに国家に課せられた義務になる。近代立憲主義夜警国家から、現代立憲主義福祉国家に変化した国家は、必然的に他国の民法に介入することが、自国民にとって正当化される、ことになる。

日米の関係で考えればアメリカが、自国の国民が営む企業の要請で、その企業が慣れ親しんだ私法秩序で経済活動を行わせようとすることは義務となる。しかし国際交渉でそれを実現させようとした場合、以前論じたように違憲立法の問題が立ちはだかることになる。さらにこの稿で検証した私法理論からも、私法秩序に存在しない慣習規範を立法する事もできなない。

そこで我国の民法を国際条約の内容の通り修正させるための智恵が、法的に拘束力のない日米並行協議で取極めた規範を、行政指導などの方法を使って民間に浸透させ、それを根拠に私法秩序の修正ということで、それを国法化するという手法だ。

条約を署名しても議会の承認が得られなければそれは無効だ。議会が承認してもそれが違憲と審査されれば条約の国内的効力は同じく無効だ。さらに私法秩序にその規範が存在しなければ国家は、条約として合意した約束を民法として国法化することは出来ない。

日米並行協議において密かに約束され、民間に浸透したとされる規範は、民法として国法化させることはできる。我国の経済官僚はそれをさせるために、多年外務省を介しない協議を続けてきた。そして合意された内容は行政指導として国民関係に組み込まれ、いつしか私法秩序として国法化されることになる。日米並行協議の本当の狙いはそこにあると考えるのは私だけではあるまい。

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日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 前文

これから日本国の新憲法草案を提案しよう。どうしてそう思ったかは単純だ、今の日本国憲法は近代憲法の要件を満たしていないと思われるからだ。近代における国家は主権者である国民の国家形成への強い意志によって成り立っているとする。―するとしたのはもっと奥深い部分では違うと考えているが、近代に対応するためにそう仮定することにしよう。

近代思想において国家は、たとえ国民がひとりでも、国民意志があれば形成することができるとされる。しかしそれは利己的な個人意志ではない。五箇条の御誓文で公論と示された、意志を国民主権では民意というのであって、それがなければ近代国家は存在しないのである。さらにその意志は個々人の中にある不条理で熱い志であり、それを顕現しあるいは不当な隷属の強要から擁護されなければならないと考えている。

そして近代における憲法はその国家を統治する権力を制限するために制定するものであり、国民から政治権力への手紙であり、もっと強く表現すれば命令書として機能するのもである。よって国民が必ずしも従うべきものではないという性質のものである。
統治体というのは国際的には近代国民国家が国際関係を維持するため、またはその関係が破綻した場合に起きる紛争を解決したり、戦争を遂行し条約を締結するための代表府である。同時に国内においては共同体秩序を維持発展させるために制度や法律を制定する立法府、制定された法律をもとにそれを執行する行政府、そして行政が正しい手続きで行われているかを監視したりあるいは手続きの瑕疵を判断する裁判所などの組織のことである。

しかしこれらの組織は主権者である国民の自由を拘束したり法律を不当に行使したりする可能性があるので主権者は組織に対し、してはいけないことと、積極的にしなければならないことを文書によって命令する、それが憲法の本質なのである。そういう視点をもって世界最初の憲法らしい憲法であるアメリカ合衆国憲法と戦後アメリカの占領下制定された日本国憲法を比較してみよう。

アメリカ合衆国憲法(日本語訳)
前文
われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここにアメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。The Constitution o…

国際関係論で論じられる理想主義

リベラリズムほど解釈が多様にある言葉はないと思う。日本語では自由主義と訳される場合が多いのだが、昨今では自由主義とリベラリズムは対立する政治姿勢ともいえる。よって自由主義をリバタリアニズムと呼ぶのが一般的になりつつある。本稿の場合はリベラリズムを社会自由主義的な用法、ようするに国際関係論で論じられる理想主義として論じることにする。

20世紀の戦争 20世紀は戦争の世紀と呼ばれるように産業革命による技術革新が戦争を巨大化、無慈悲化させた。世界は巨大化・無慈悲化する戦争に対して、一定の規則を締結したが、その後に勃発した第一次世界大戦は大規模かつ無慈悲な消耗戦によりヨーロッパ社会に大きな衝撃を残した。

第一次世界大戦の塹壕戦や化学兵器の使用は、ただ敵を消耗させるための戦略で、それまでの戦争とは様相が大きく変化した。戦争は国家が軍に命令して、軍が名誉をかけて行う営みから、国家国民全体で行う営み全体戦争つまり総力戦へと変容した。

パリ不戦条約(戦争抛棄ニ関スル条約)は大戦のような悲惨な戦闘を二度と繰り返さないために交戦国、非交戦国も含めて63カ国が署名した。目的は戦争の違法化、特に侵攻戦争の違法化を目指したが、最終的には侵攻戦争を非難するにとどまった。


貧困が戦争を起こす もし社会が現状で固定されるとしたら、現在比較的幸福な人はいいが、もし不幸な人はどうだろうか。それはその人の希望を奪い去ることになる。国家同士の戦争もある一面では現状に満足できない国家と、それを阻止しようとする国家の営みといえる。

第一次大戦後ヨーロッパの比較的裕福な人々の間で戦争が二度と起こらないように、家族友人の死、あるいは戦争による破産などの不幸をなくすには、どうしたら良いか考えられたのは自然なことだ。そして彼らは結論した。「貧困が戦争を起こす」。

大戦中ロシアでは革命が起こりソ連邦が誕生する。国民(ソ連に国民がいたかは定かでないが)に貧困のない平等な生活を提供する統治体の出現に、ヨーロッパのエシュタブリッシュメントは期待と不安の眼差しを向ける。
リベラリズムの誕生 フランス革命の惨劇を経験しているヨーロッパの裕福な人達は、現状を維持しながら戦争を防止する政治体制の確立を急いだ。そのような背景でリベラリズム理論が誕生することになる。その理論は金持ちはそのまま、貧乏人はもう少しお金持ちにすることだ。

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 第1章

近代憲法は、主権者である国民の意志として、組織される政府に対する命令書なので、前文は、その意志を表現したものがふさわしい。そしてその目的を明確にする必要がある。さらにその目的のために、憲法を制定するわけなので、そういうことを頭に入れたうえで、再び前文を読むと、合衆国憲法は、

われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここに アメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。
目的意志がシンプルかつ明確に表現されている。これと比較して、日本国憲法における国民意志もしくは達成したい目的は、

政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。に色濃く現れ、

これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
が次にくる。なぜわざわざ一切の憲法と法令と詔勅と断る必要があるのだろうか。ここにこの憲法を制定した意志があるのではないだろうか。そして最後には、

国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

目的を達成することを、宣言命令するのではなく誓ふ。さらに誓ふ対象も明記されていない。我々日本国民は、誰に対して目標を達成することを誓ふのだろうか。 これに答えを出せる憲法学者や国会議員が、我が国にはどれほどいるのだろうか。国民はそれを疑問とも考えていないのだろか。

第 1 章はその意志を具体化する、そして目的を達成するための第一歩ということだ。最重要なことを最初に申し述べているのである。アメリカ合衆国にとって最重要なことは法の支配、法による秩序であり、日本国では天皇―スメラミコトによる秩序―これをしらすという―であるということだ。大日本国憲法では、

大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス

と統治の根拠となる天皇が過去、現在、未来に渡つて、日本国と日本民族の秩序の源であることを示している。この場合の統治とは伊藤博文が解説するように、しらすであり現実的な権力、うしはくと厳密に分けなければならないのである。

合衆国憲法は合衆国の秩序は法によって護られるゆえ、第 1 章では立法府についての規定が列記される。一方、日本国憲法では天皇についての条項が…

年次改革要望書

サイトで偶然みつけた原文の、いわゆる「年次改革要望書」だが、TPPと比較してみても面白い。アメリカの戦略なのか執念なのか、はたまた信仰なのか、1994年からもう20年くらいやってる市場開放交渉だ。我国政府も辛抱強くそれに対応していることがわかる。

TPPとはなにか ―GATT・WTO体制から考えるTPP

TPPというのはWTOが認めるGATT体制の例外で、自由貿易協定や関税同盟などの地域貿易協定のことだ。そのことについての議論が国会の場でもあまりされていないように思う。おがた林太郎元衆議院議員のブログそもそもFTAとはというエントリーがあり、自由貿易協定の根拠はガット24条だということを知らない議員が多いと指摘している。

経済産業省の説明では自由貿易協定(FTA: Free Trade Agreement)と関税同盟(Customs Union)を総称して地域貿易協定としている(RTA: Regional Trade Agreement)が、これらはGATT・WTO体制の例外として認められている協定で、それを規定しているのがガット24条という事になる。経済産業省のHPに関税及び貿易に関する一般協定、GATTの翻訳が掲載されている。
この協定の適用上、
(a) 関税同盟とは、次のことのために単一の関税地域をもつて二以上の関税地域に替えるものをいう。
(i) 関税その他の制限的通商規則(第十一条、第十二条、第十三条、第十四条、第十五条及び第二十 条の規定に基いて認められるもので必要とされるものを除く。)を同盟の構成地域間の実質上のすべての貿易について、又は少くともそれらの地域の原産の産品 の実質上のすべての貿易について、廃止すること。
(ii) 9の規定に従うことを条件として、同盟の各構成国が、実質的に同一の関税その他の通商規則をその同盟に含まれない地域の貿易に適用すること。
(b) 自由貿易地域とは、関税その他の制限的通商規則(第十一条、第十二条、第十三条、第十四条、第十五条 及び第二十条の規定に基いて認められるもので必要とされるものを除く。)がその構成地域の原産の産品の構成地域間における実質上のすべての貿易について廃 止されている二以上の関税地域の集団をいう。 TPPも含む地域貿易協定の根拠は24条にある。つまりTPPにも最恵国待遇が適用されるということだ。一応経産省のHPから最恵国待遇のPDFにリンクを張る。

WTOはその前進であるGATT(General Agreement on Tariffs and Trade) 関税及び貿易に関する一般協定が機関に昇格したものだが、実は国際通貨基金、世界銀行と並びブレトン・ウッズ体制の枠組みとして発足する…

TPPを締結できるか ―日本国憲法から考える

日本国憲法はその制定過程に疑義があるが、陛下の御名御璽のもと、施行されたのであるから、現在の政府はそれを遵守しなければいけないことは当然だ。しかし今回TPPについての議論を憲法の論点から整理をしながら思うことは、憲法を国会議員が全く意識していないし、ましてや遵守など微塵もされていないことに愕然とする。条文は、
第九十九条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。 つまり、政府関係者は尊重擁護する義務があるのだが、自らの権限範囲つまり既得権擁護の議論にしか終始していないことには悲しみを覚える。

まずTPPなどの多国間協定は名は協定だが国家間の約束であるから、条約法に関するウィーン条約で定義される「条約」である。
第二条 用語
1 この条約の適用上、
(a) 「条約」とは、国の間において文書の形式により締結され、国際法によつて規律される国際的な合意(単一の文書によるものであるか関連する二以上の文書によるものであるかを問わず、また、名称のいかんを問わない。)をいう。 さらに関税などの通商に関わる条約を通商条約といい、現在はWTO・GATTで規定されている。日本国憲法では、条約などの外交交渉は、内閣の専権事項である。
第七十三条 
三  条約を締結すること。但し、事前に、時宜によつては事後に、国会の承認を経ることを必要とする。 しかし、内閣は事前に、時宜によつては事後に、国会の承認を経ることを必要とするとあるように、締結した条約の批准は国会の権限になる。国会が批准しなければ国内的な効力は発生しない。

日本国政府は世界貿易機関を設立するマラケシュ協定を締結批准しWTOの構成国である。これは憲法の九十八条第2項の規定により国内法を改正して対処しなければならない。
第九十八条  この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
2  日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。 しかし憲法の条規に反する如何なる法律、命令、詔勅、及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しないとあるように、もし内閣が事後承認を要求した場合、締結した条約は国際的な効力を発生させるとされるのだが、国内的…

小和田恒悪玉論を問う ―衆 - 外務委員会 - 1号 昭和60年11月08日 その2

引き続き、村田春樹さんが國民新聞に書いた記事「小和田恒悪玉論を問う」への激励投稿を続けたいと思う。さて国会会議議事検索システムで昭和60年11月8日衆議院外務委員会の土井たか子委員の質問に対する答弁を検証しよう。

北朝鮮は日本の脅威ではない

北朝鮮の核開発問題は、日本にいろいろな教訓と示唆を与えてくれる。現在日本は、米韓と共に北朝鮮と対峙しているが、日本は、北朝鮮となぜ敵対しているのか、本当の敵は北朝鮮なのかという根本的な命題は、マスコミはじめ識者でも語られないままだ。今回はその辺を整理しよう。


北朝鮮問題の歴史的経緯 朝鮮民主主義人民共和国建国 1910年8月29日、大韓帝国は、日韓併合条約を専制君主である皇帝純宗が裁可することで、大日本帝国との合邦国となった。1945年4月12日、米国は、大日本帝国敗戦後の朝鮮半島統治に関して38度線での分割統治を提案する。1948年9月9日朝鮮民主主義人民共和国の成立は、その年の8月15日大韓民国の成立とともに、朝鮮半島における米ソの対立をより明確にすることになった。

共産主義による世界統治の実現のため、1950年6月ソ連及び、1949年に建国した中華人民共和国の支援を受けて、38度線を越境し大韓民国に進攻戦争を開始して朝鮮戦争が勃発する。大韓民国に駐留していた米軍を中心に国連軍―正式な手続きを経ていないので実質は国連派遣軍若しくは多国籍軍、が組織され、これを迎撃することになる。



朝鮮戦争 1950年6月25日宣戦布告なしに38度線で北朝鮮ソ連中国連合軍の砲撃が開始され、10万を超える兵力が38度線の越境を開始する。当時の韓国軍は兵力約11万人で装備は脆弱であった。さらに、北朝鮮のスパイ掃討戦や軍内部のスパイ粛清で士気は疲弊していた。米国及び国連は動揺するが、6月27日には国連安保理で北朝鮮を侵略者と認定して、その行動を非難する。さらに軍事行動の停止と軍の撤退を求める「国際連合安全保障理事会決議82」を賛成9反対0:棄権1の全会一致で採択した―ソ連は欠席。
韓国軍の崩壊と国連軍の敗走 韓国の李承晩大統領は、6月27日南朝鮮労働党関係者の処刑を命じ、韓国軍や韓国警察によって共産主義者の嫌疑をかけられた20万人から120万人に上る民間人を裁判なしで虐殺した―保導連盟事件。同時に、ソウルを放棄して水原に遷都した。このとき漢江にかかる橋を避難民ごと爆破した―漢江人道橋爆破事件。これにより漢江以北には多数の軍部隊や住民が取り残され、韓国軍の士気がさらに下がることになる。

国連軍を指揮した、マシュー・リッジウェイ将軍は、退却する韓国軍が放棄した装備は、数個師団だったと述べ…

農協は必要か ―農業保護政策は農家保護ではなく、農林水産省OBとJA職員の保護にすぎない

この冬、北海道にずいぶん出張したのだが、その時聞いた話題を提供しようと思う。

通州事件の体験記 ―気の弱い人は讀まないでください

通州事件は 、1937年(昭和12年)7月29日に発生した事件で、冀東防共自治政府保安隊(中国人部隊)による日本軍部隊・特務機関に対する襲撃と、それに続いて起こった日本人居留民に対する虐殺事件である。その体験記がある。讀むのも恐ろしい体験が綴られているのだが、歴史的事実を知るには貴重な記録であるので本誌の読者にも紹介する。あまりも惨たらしい体験記なので気の弱い人は讀まない方がいいと思ふ。
日本人皆殺しの地獄絵 私は大分の山の奥に産まれたんです。すごく貧乏で小学校を卒業しないうちにすすめる人があって大阪につとめに出ることになりました。それが普通の仕事であればいいのですけど、女としては一番いやなつらい仕事だったので、故郷に帰るということもしませんでした。そしてこの仕事をしているうちに何度も何度も人に騙されたんです。小学校も卒業していない私みたいなものはそれが当たり前だったかも知れません。それがもう二十歳も半ばを過ぎますと、私の仕事のほうはあまり喜ばれないようになり、私も仕事に飽きが来て、もうどうなってもよいわいなあ、思い切って外国にでも行こうかと思っているとき、たまたまTさんという支那人と出会ったのです。

このTさんという人はなかなか面白い人で、しょっちゅうみんなを笑わしていました。大阪には商売で来ているということでしたが、何回か会っているうち、Tさんが私に『Sさん私のお嫁さんにならないか』と申すのです。

私は最初は冗談と思っていたので、『いいよ。いつでもお嫁さんになってあげるよ。』と申しておったのですが、昭和七年の二月、Tさんが友人のYさんという人を連れて来て、これから結婚式をすると言うんです。そのときは全く驚きました。冗談冗談と思っていたのに友人を連れて来て、これから結婚式というものですから、私は最初は本当にしなかったんです。

でも、Yさんはすごく真面目な顔をして言うのです。Tさんは今まで何度もあなたに結婚して欲しいと申したそうですが、あなたはいつも、ああいいよと申していたそうです。それでTさんはあなたと結婚することを真剣に考えて、結婚の準備をしていたのです。それで今日の結婚式はもう何もかも準備が出来ているのです。とYさんは強い言葉で私に迫ります。

それでも私は雇い主にも相談しなくてはならないと申すと、雇い主も承知をして今日の結婚式には出ると申すし、少しばかりあっ…