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日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと 

日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと ー戦後の日本の解体は『菊と刀』から始まった 高橋史朗

WGIP ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム War Guilt Information Program をご存じの方は多いと思う。大東亜戦争に敗れ、我が国は、歴史上初めて他国の占領を受けることになる。占領当初、我が国指導者の目的は、いや日本国民すべてが、連合国による天皇陛下の処刑阻止にあったと言っても過言ではないだろう。評書は第3章で、昭和天皇の処刑を阻止するために、多くの婦人たちの力があった逸話を挿入しながら、WGIPについて新事実も含め詳細に分析を試みている。

誰が陛下の処刑を止めたのか

当初米国上院は、昭和天皇を戦争犯罪人として処刑することを全会一致で可決しており、マッカーサーは議会から、昭和天皇に戦争責任ある証拠を集めるように命令されていた。しかしフェラーズがマッカーサーに、

天皇を戦犯として裁判にふせば、日本全国に暴動は必死であろう。もし天皇を廃せば、全国的暴動が必死であって、特別警備区以外の白人は暗殺を免れない。

 覚書を出すと、マッカーサーも態度を一転、米国陸軍に対し電報を打つ。

天皇を告発すれば、日本国民の間に想像もつかないほどの動揺がが引き起こされるだろう。その結果、もたらされる事態を鎮めることは不可能である。天皇を葬れば、日本国家は分解する。連合国が天皇を裁判にかければ、日本国民の憎悪と憤慨は、間違いなく未來永劫に続くであろう。―中略―そのような事態が勃発した場合、最低100万の軍隊が必要である。軍隊は未來永劫駐留しなければならない。―後略―
これによってこれによって米国政府は昭和天皇の訴追をやめることになる。これは比較的著名な事実だが、評書ではもう一つ、昭和天皇処刑方針を転換するにあたり、重要な事実を紹介している。
それは伊藤たかさんという婦人が、マッカーサーに宛てた直訴状、手紙だという。そして日付のあとには署名血判が押してある。当時の右翼はそのような直訴状を出していないということ、直訴状を出したのは婦人ばかりだという事実を紹介している。
 マッカーサーは昭和天皇と会見し、昭和天皇の "You may hang me" という言葉によって心動かされ、フェラーズの覚書、伊藤たかさん等、日本の婦人たちの直訴状、そして陛下との対面によって、最終的に昭和天皇処刑は取り消された。

なぜ道徳教育は復活しなかったのか 

また評書の筆者は教育の専門家であるだけあり、専門分野からの貴重な報告をしている。それは米国国務省が下した、終身の教科書への評価についてだ。米国国務省は開戦前に日本占領のための分析が終わっており、終身教科書の分析を、日本語をローマ字化しようとしたことで著名な、キングホールを中心に行わせていた。
 キングホールの報告は、戦前の終身教科書は、昭和8年改訂の第4期終身教科書が超国家主義的で危険であるという結論だった。 そして、それ以前の終身の教科書に戻せば、教科を廃止する必要はないと報告している。
 さらに昭和20年1月、ロッカードとエハレットが緻密な調査を報告している。彼らは終身の教科書に掲載された説話の分析を行い、「社会国家への奉仕」を扱ったものが20、「家族愛」が18、「忍耐」が8、「遵法」「忠誠」「健康」「清潔」が5、「信頼」「節約」「正直」「勇敢」「独立心」が67あり、3分野に分けられ、「子供の望ましい行動様式に関するもの」、これは年齢相応したのもで、占領軍に悪影響をおよぼすものではない、次に「天皇に関するもの」で、これは皇室が維持され、占領軍が利用できるのであれば不利な効果を及ぼすのもではない、最後に「社会や国家に対するもの」で、これは米国の教材と大差はないので、

よって終身の教科書は中庸な国家主義的な教養を含むものであり、忠誠・奉仕・過去の英雄や軍事の犠牲などが若者の模範として用いられていることは当然である。


 という報告をしている。しかし現実には終身の教科は廃止され、その結果戦後教育を受けたものには、終身は戦争につながる、というステロイメージを植えつけた、と筆者は指摘している。このように大半は無害と報告がされていたにも関わらず、終身教科が廃止されたことの経緯について、まだまだ研究の余地があると指摘している。

もし、「アメリカの鏡・日本」が出版されていたら

3章にはもうひとつ重要な指摘がなされている。それはヘレン・ミアーズの「アメリカの鏡・日本」をマッカーサーが発禁にした理由が、マッカーサーの書簡によって明らかになっている。アメリカの鏡・日本は、戦争犯罪人としてフィリピンで裁かれた、山下奉文大将の裁判と、原爆投下を鋭く批判している。また、日本が侵略したというけれど、世界は侵略の歴史ではないか、とも述べている。日本の出版社が米国の版元へ出版のオファーをすると、版元はGHQに対応を求め、マッカーサーはCIEのブラウン課長に回答書を作成させた。マッカーサーは、
私はいかなる形の檢閲や表現の自由の制限も嫌悪している。しかしこの著作を検討したが、この本はプロパガンダであり、公共の安全を脅かすものであって、占領下の日本でこの本を出版する正当性は認められない―後略―
として、アメリカの鏡・日本は、当時の日本人の目にとまることなく闇に葬り去られた。アメリカの鏡・日本とともに発禁になった本に、A・フランク・リールの『山下裁判』がある。A・フランク・リールは山下裁判の山下奉文大将弁護団の一人で、裁判の手続きや手法に疑問をいだき、本を出版するに至ったのだが、GHQが日本国内での出版に圧力をかけたことが、米国内でも話題になり、タイムやニューズウイークといった雑誌が、トルーマン大統領に公開質問状を提出した。しかしブラウンはそれらも押切り、発禁にしたのであった。

義眼はどのように影響したのか

評書の筆者は占領中、民主化の美名によって、日本人にはめられた義眼は、そのまま戦後教育によって大きく反映され、 戦後民主主義として復興日本の土台になってしまったと指摘する。それは本来のデモクラシー(民主政体)とは全く違う、我が国独特の戦後民主主義へと発展したと、評者は考えている。
 第2章で詳しく分析される、ハロルド・ラスエル博士の研究、その影響を受けたジェフリー・ゴーラーの論文と、それらを唯一の参考として書かれたルース・ベネディクトの『菊と刀』を土台とした、歪んだ日本人像によって、策定された日本占領計画によって実行されたWGIPは、日本の精神的伝統を破壊した。それは今日まで続くことになった。
 また義眼は戦後教育の指針となった新教育指針に色濃く反映される。新教育指針を策定した当時の文部省教科書第2編集課石山課長は、このように無念を述懐している。

「三分の一は、アメリカがかけと言われたのでそのまま書き、三分の一は両方で話し合って書き、残りの3分の1は私の考えで書いた」
義眼は当時の政府あるいは新聞社ばかりではなく、教育にもその影響が及び今日、私達日本人の目となり、そこから「戦前はすべて悪」という記憶が刷り込まれることになった。

教育勅語はどうして廃止されたのか

評書の筆者はアメリカ留学中にプランゲコレクションを整理するアルバイトをしたことが、占領史研究の始まりだとしている。その時発見したのがジャスティン・ウイリアムズの文章だという。ジャスティン・ウイリアムズはGS(GHQ民政局)の国会課長で、彼が衆参議院の文教委員を呼びつけ、口頭で教育勅語を廃止を命令した張本人だ。その本人のメモを筆者は留学中見つけたのだから、神は筆者に占領史を解き明かせと命じたようなものだ。
 その文章にはケーディスのメモがあり、"Let's go amended ink" とあった。昭和23年6月19日に教育勅語の失効排除決議をするのだが、その決議文は当初「詔勅の根本理念が主権在君並びに神話的国体観に基いている事実は、明らかに基本的人権を損ない、かつ国際信義に対し疑義なしとしない」となっていた。
 筆者が発見した文章は「なしとしない」という、官僚独特な曖昧な表現で、とりようによっては「あるともいえるし、ないともいえる」という意味だった。英語表現では "might" が使われていたが、ジャスティン・ウイリアムズは消し、ケーディスがそれを支持した訳だ。そして決議文は「国際信義に対し疑義がある」という断定になってしまった。この断定によって、法的拘束力のない勅語が憲法違反の詔勅になってしまったわけだ。

 さらに教育基本法の制定過程でも、勘違いと言葉の壁によって、教育勅語が否定されたことを指摘している。筆者は教育基本法制定に関わった関係者にインタビューをしているが、彼らは口々に「私達は教育勅語を否定していません。
 教育基本法には教育勅語の精神が引き継がれているのです」と証言することが理解できなかったとしている。当初教育基本法案の前文に「伝統を尊重して」という文言が入っていた。しかしJ・C・トレーナーというCIE教育課長補佐が削除を命じた。筆者は本人に、何故削除したかをインタビューすると、

「自分は意味がわからなかった。日系人の通訳にどういう意味かと聞いた。すると通訳は "伝統を尊重するということは、封建的な世界に逆戻りするという意味です" と言った」


 教育勅語はこの誤訳によって葬られてしまう。教育基本法制定過程の国会議事録には「教育基本法法律、教育勅語は道徳」という答弁を、文部省が想定していたことが残されている。
 そして戦後教育は憲法違反になった教育勅語を廃し、180度転換したという解釈のもと始められ、今日まで日本人を反日思想毒に冒すことになる。戦後教育は道徳心、道徳観なしの唯物教育に陥ってしまい、さらにそれが法律として教育者を拘束することになった。第4章ではそれらが今日の教育現場にどのような影響を与えたかが語られるが、それらは皆様が評書を手にとってご確認頂きたい。

教育の崩壊は家庭にあった

日本の戦後民主主義は義眼をはめられた国民とその国民の代表によって行われてきた。彼らの中には日本を断罪するものもいた。また義眼を外すことが出来ず、ただ謝罪をすることしか出来ない為政者もいた。宮沢喜一、河野洋平、村山富市。それでも戦前教育を受けていた国民やその代表がいた時代はまだ良かったが、その世代が現役を引退し始める21世紀初頭から日本の国政と日本人が顕著におかしくなった。
 筆者は第6章で「日本再生への取り組み」として家族再生から教育再生の項で、筆者は、親学のすすめを提案している。会社の社員心得があるように親にもその心得を学ばせる必要がある。それは科学的知見で日本人が行っていた躾や道徳観がなんら、恥じることがないことを立証し、甦らせる必要があると、力説する。 たとえば、明治時代の小学校の教科書に、「賢母の家庭」、「西洋諸国小学校の欠席」、「保護者の注意」という項目があり、保護者の注意の中には、

教育の道は、家庭の教えで芽を出し、学校の教えで花が咲き、世間の教で身が成ると申す

という諺が紹介されていることを特筆する。さらに、「西洋諸国小学校の欠席」という一文に、

独逸を其重きものとして、西洋諸国にては、通例小学校生の欠席は、之を其父兄、若しくは保護者の罪に帰し、謂はれなく、学校を休ましむる時は、科料若しくは禁錮の刑に処するなり

 当時独逸では学校を欠席させると罰金を科していたことを紹介する。現在でも米国、英国、仏国など先進国ではそういう考え方の上に立っているという。また賢母の家庭では、子供が学校に行かない場合には頭で押し付けるのではなく、学校に行かなければどうなるかを実感させることが「賢母」だとしていたという。女性に対する、価値観の押し付けだ、として良妻賢母を否定している現代では望むべくもない。
 特に西洋諸国小学校の欠席で示される、子供が学校を休むことへの責任の所在を社会が明確化し教育の重要性を両親に示しているという、例を教科書が示しているのは、明治日本がデモクラシーを実践するためには、国民の教育が大切であるということを、認識していたことを物語る。英国のノブレス・オブリージュのように、国家への忠誠心、社会への奉仕心なくば、近代デモクラシーは成り立たない。道徳教育なしの戦後民主主義では国家は迷走するばかりだ。
 米国カリフォルニアやシアトルでは、子供が学校を休むと罰金3千円もしくはその分のボランティア活動をシなければならない。英国では子育て命令法という法律があり、 違反した場合、罰金25万円、滞納すれば禁錮刑に処され、子供が更生するまで1年間の講習を義務付けているという。
 仏国では義務教育を放棄した場合、2年間の禁錮刑、350万の罰金のほか、月に4回以上理由なく学校を欠席すると9万円の罰金を科している。政府及び議会はこのような研究の成果、諸外国の制度を取り入れ、国民が失った歴史観と道徳心を取り戻す努力を惜しむべきではない。
 いわゆる従軍慰安婦象の設置問題なども、このような研究者の地味ながら真摯な努力を反映させなければ、解決など出来ない。先出の為政者、宮沢喜一、河野洋平、村山富市等、義眼をはめたまま、それを外す努力をしない者達のために、日本の名誉と利益が失われたことか。

研究の成果を政府、議会はなぜ生かせないのか

終章「占領文書二百五十万ページ研究への挑戦と成果」で筆者は、初心に帰るため、再び米国へ占領文書の研究に迎い、岸本英夫氏の日記を発見した。数十年前に本人へのインタビューを試み、日記の所在がわからないとの回答だったという。
 岸本氏は占領当時東大の助教授でGHQの顧問をしていた。昭和20年10月から12月にかけて、GHQはいわゆる4大指令を発する。日本教育制度に関する管理指令、教員及び教育関係者の調査、除外、許可、神道指令、終身、日本の歴史及び地理の停止だ。岸本氏は神道指令の原文をGHQバンス宗教課長から手渡されると、「ここだけが問題だ」と一文を指摘したという。そこには教育勅語の廃止が書かれていたのだ。
 さらに国体という言葉も削除をアドバイスしたという。草案がマッカーサーの手元に提出されていにもかかわらず、岸本氏のアドバイスを聞き入れた、バンス宗教課長は奔走して国体という文言を司令部に削除させたという。
 これらの証言、記録が物語るのは米国が占領時に何をしやうとしたか、そして何故それをしたかだ。全ては神道と日本人の教育を、超国家主義的、軍国主義的と誤解したということだ。淵源は先に示した、第2章で詳しく分析される、ハロルド・ラスエル博士の研究、その影響を受けたジェフリー・ゴーラーの論文と、それらを唯一の参考として書かれたルース・ベネディクトの『菊と刀』を土台とした占領政策なのだ。
 それは誤解と偏見、誤訳によってもたらされたことが、研究者によって明らかになった。つまり占領政策は科学的に間違っていたのだ。にもかかわらず未だ義眼を外せない日本と日本人なのだ。政府議会はまず、これらの研究を真摯に受け止めて、占領政策を見直し、それらをまず白紙も戻すことから始める必要がある。
 日本と日本人の教育観、躾、親子関係を再考しない限り、日本の子供たちの崩壊は止まらない。引きこもりの割合が最も多いのが30代で46%だという。働き盛りであり、結婚、出産、育児をしなければならない年代が、引きこもっていては、日本は政治も経済も、最終的には日本文明が、いずれ立ち行かなくなるだろう。

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日韓併合 百年目の真実 李完用が救った大韓帝国

本年2010年8月29日は法律上の専制君主大韓帝国皇帝純宗が勅諭を発表して日本と韓国が合併したことを内外に示してから100年目にあたる。


韓国皇帝の勅諭 皇帝、若(ここ)に曰く、朕否徳にして艱大なる業を承け、臨御以後今日に至るまで、維新政令に関し承図し備試し、未だ曽て至らずと雖も、由来積弱痼を成し、疲弊極処に至り、時日間に挽回の施措望み無し。中夜憂慮善後の策茫然たり。此に任し支離益甚だしければ、終局に収拾し能わざるに底(いた)らん。寧ろ大任を人に託し完全なる方法と革新なる功効を奏せいむるに如かず。

故に朕是に於いて瞿然として内に省み廊然として、自ら断じ、茲に韓国の統治権を従前より親信依り仰したる、隣国日本皇帝陛下に譲与し、外東洋の平和を強固ならしめ、内八域の民生を保全ならしめんとす。惟爾大小臣民は、国勢と時宜を深察し、煩擾するなく各其業に安じ、日本帝国の文明の新政に服従し、幸福を共受せよ。

朕が今日の此の挙は、爾有衆を忘れたるにあらず、専ら爾有衆を救い活かせんとする至意に出づ。爾臣民は朕の此の意を克く体せよ。

隆煕四年八月二十九日 御璽

日韓併合100年目を前に韓国の反日派からの様々な動きがあるのでまとめてみたい。

2010年5月11日のこのようなニュースを目にした。

日韓知識人が共同宣言「日韓併合は当初から無効だった」
看過できないのは多くの日本人学者が関わっているという点 …今回の声明には発起人である和田春樹東京大学名誉教授をはじめ、日韓歴史共同研究委員会の日本側の座長を務めた三谷太一郎東京大学名誉教授など105人が声明に署名している。一方、韓国ではイ・テジンソウル大学明楊教授やカン・マンギル高麗大学名誉教授、詩人の高銀氏や金芝河氏のほか、幅広い層から109人が声明に署名した。… …声明では、「併合は大韓帝国の抗議を軍事力で押さえつけたもので、韓国側が国権の譲与を申し出たとする内容も虚偽(きょぎ)である」と指摘し、日本政府が日韓併合条約について「無効」であることを認め、8月の総理談話に関連内容を盛り込むように、積極的に働き掛けるとしている。… 2010年07月18日には、

日韓併合100年で日本が韓国へ謝罪、中国も大きな注目

8月29日に日韓併合100年を迎えるにあたり、日本政府は韓国に過去の植民地統治を謝罪する方針を明らかにした。17日、環球時報は「日本は韓国側…

翻訳者からのメッセージ

国家と国民 民族が国民となるためには国家を確立しなければならないのが国際的なルールだ。主権国としての権利が付与されるには統治機構(以後政府)がなければならない。政府によって領土(領海、領空)と被統治民族(国民)が認定されるわけだ。現在ではその政府が民主的な手続きで選ばれるのが(普通選挙)望ましいが、それは民族が決めること(民族自決。民族が自ら、自由に政府を組織すること、民族自決)ということも国際的なルールだ。国際社会では民主的にせよ、力尽くにせよ領土と民族を実効支配していることが重要なのだ。竹島は力尽くで奪われたのだが、それを民主的なルールで取り返そうとしてもある意味空虚だ。中国は尖閣諸島を民主的に奪いとろうとしているが、最後は武力行使をしてくる可能性は否定出来ない。国家(領土と領民)というのは受動的に与えられる概念ではなく能動的主体的に確立した民族に認められる概念なのだ。

憲法は国民からの命令書 憲法は民族が国民となり暴力を政府に独占させるにあたってやってほしいこと、やってほしくないことをお願いした手紙であり、法という見方をすれば国民から政府対する命令書だ。よってその前文は我々は~命令する(政府に対して)、という文章が望ましい。そのことをふまえて前文を読んでみると、
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由 のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を 確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれ を享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安 全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地 位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民…

国際関係論で論じられる理想主義

リベラリズムほど解釈が多様にある言葉はないと思う。日本語では自由主義と訳される場合が多いのだが、昨今では自由主義とリベラリズムは対立する政治姿勢ともいえる。よって自由主義をリバタリアニズムと呼ぶのが一般的になりつつある。本稿の場合はリベラリズムを社会自由主義的な用法、ようするに国際関係論で論じられる理想主義として論じることにする。

20世紀の戦争 20世紀は戦争の世紀と呼ばれるように産業革命による技術革新が戦争を巨大化、無慈悲化させた。世界は巨大化・無慈悲化する戦争に対して、一定の規則を締結したが、その後に勃発した第一次世界大戦は大規模かつ無慈悲な消耗戦によりヨーロッパ社会に大きな衝撃を残した。

第一次世界大戦の塹壕戦や化学兵器の使用は、ただ敵を消耗させるための戦略で、それまでの戦争とは様相が大きく変化した。戦争は国家が軍に命令して、軍が名誉をかけて行う営みから、国家国民全体で行う営み全体戦争つまり総力戦へと変容した。

パリ不戦条約(戦争抛棄ニ関スル条約)は大戦のような悲惨な戦闘を二度と繰り返さないために交戦国、非交戦国も含めて63カ国が署名した。目的は戦争の違法化、特に侵攻戦争の違法化を目指したが、最終的には侵攻戦争を非難するにとどまった。


貧困が戦争を起こす もし社会が現状で固定されるとしたら、現在比較的幸福な人はいいが、もし不幸な人はどうだろうか。それはその人の希望を奪い去ることになる。国家同士の戦争もある一面では現状に満足できない国家と、それを阻止しようとする国家の営みといえる。

第一次大戦後ヨーロッパの比較的裕福な人々の間で戦争が二度と起こらないように、家族友人の死、あるいは戦争による破産などの不幸をなくすには、どうしたら良いか考えられたのは自然なことだ。そして彼らは結論した。「貧困が戦争を起こす」。

大戦中ロシアでは革命が起こりソ連邦が誕生する。国民(ソ連に国民がいたかは定かでないが)に貧困のない平等な生活を提供する統治体の出現に、ヨーロッパのエシュタブリッシュメントは期待と不安の眼差しを向ける。
リベラリズムの誕生 フランス革命の惨劇を経験しているヨーロッパの裕福な人達は、現状を維持しながら戦争を防止する政治体制の確立を急いだ。そのような背景でリベラリズム理論が誕生することになる。その理論は金持ちはそのまま、貧乏人はもう少しお金持ちにすることだ。

TPPとはなにか ―国際法・条約から考える

フェイスブックのTPPって何?の議論を通じTPPを検証してきたが、ここに来て議論が成熟してきた。JAなどがTPPの「聖域なき関税撤廃で農業はだめになる」という主張はWTO・GATTのウルグアイ・ラウンドで我国が聖域として議論した農産5品目が自由化されるという主張だが、TPPはWTO・GATTの規定内で交渉される自由貿易協定であるから、「聖域なし」は「実質上」と同じ「すべて」ではないという例外を表した言葉だ。

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 第1章

近代憲法は、主権者である国民の意志として、組織される政府に対する命令書なので、前文は、その意志を表現したものがふさわしい。そしてその目的を明確にする必要がある。さらにその目的のために、憲法を制定するわけなので、そういうことを頭に入れたうえで、再び前文を読むと、合衆国憲法は、

われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここに アメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。
目的意志がシンプルかつ明確に表現されている。これと比較して、日本国憲法における国民意志もしくは達成したい目的は、

政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。に色濃く現れ、

これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
が次にくる。なぜわざわざ一切の憲法と法令と詔勅と断る必要があるのだろうか。ここにこの憲法を制定した意志があるのではないだろうか。そして最後には、

国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

目的を達成することを、宣言命令するのではなく誓ふ。さらに誓ふ対象も明記されていない。我々日本国民は、誰に対して目標を達成することを誓ふのだろうか。 これに答えを出せる憲法学者や国会議員が、我が国にはどれほどいるのだろうか。国民はそれを疑問とも考えていないのだろか。

第 1 章はその意志を具体化する、そして目的を達成するための第一歩ということだ。最重要なことを最初に申し述べているのである。アメリカ合衆国にとって最重要なことは法の支配、法による秩序であり、日本国では天皇―スメラミコトによる秩序―これをしらすという―であるということだ。大日本国憲法では、

大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス

と統治の根拠となる天皇が過去、現在、未来に渡つて、日本国と日本民族の秩序の源であることを示している。この場合の統治とは伊藤博文が解説するように、しらすであり現実的な権力、うしはくと厳密に分けなければならないのである。

合衆国憲法は合衆国の秩序は法によって護られるゆえ、第 1 章では立法府についての規定が列記される。一方、日本国憲法では天皇についての条項が…

日本は〝心〟という字に見える ─ 日韓永遠の架け橋たらんとした悲劇の知日家・朴鉄柱会長 ─

戦後ソウルに設立した「日本文化研究所 (高千穂商科大学教授) 名越二荒之助 「朴鉄柱大人を偲ぶ」より

恒久的な日韓友好を考えるうえで、避けて通ることのできない人物がおります。それは朴鐵柱という一人の韓国人です。彼は大正十一年(一九二二)、釜山市の東?(トーライ)に生まれ、大東亜戦争下に日本の皇典講究所を卒業。卒業後は釜山の龍頭山神社や、新羅時代から関係の深い下関の住吉神社(長門一宮、元官幣中社)に奉職しました。彼は学生時代から古事記・日本書記を通して、日本の成り立ちと天皇朝の存在に深い関心を寄せ、その尊貴性に目覚めていました。だから彼としては、神社に奉職することに何のためらいもありませんでした。

終戦後は韓国に帰りましたが、李承晩大統領の反日政権下にあって苦汁を嘗めさせられました。日本の学校を出た者は、「民族反逆者裁判条例」にひっかかって追放の憂目を見ました。やがて朝鮮動乱が勃発。その荒波をくぐって生きのび、動乱が終るとソウルに出て、昭和二十九年五月には、「日本文化研究所」(ソウル特別市中区奨忠洞二街一九七)」を設立しました。「社団法人・日本文化研究所」の「内容書」は、韓日両国語によって書かれており、「趣意書」の冒頭は次のような書き出しで始まります。

「日韓両民族は、各自悠久なる伝統と文化を護持してき、上古よりの密接なる文化的相互交流は、両民族の芸術、風俗、道義観にまで相似共通のものを形成してきたのであります。特に一衣帯水の地理的条件は、お互の全歴史を通じて政治的、経済的、協助を不可避にし、文化的、精神的にも緊密にして不可分離なる関係を確立してきたのでありま
す。」

「趣意書」は大局観に立って、悠久の日韓のあり方を踏えたものです。しかしながら両国の間に、文禄・慶長の役のような「互恵扶助の原理に違背したとき」があった。それは「久遠なる歴史に於てひとつの瞬間的な疾患であり、両国の健全な将来と恒久友和のための契機」にしなければならないとして、研究主題を次の三つに置いております。

一、日本上代文化の研究
二、帰化文化の研究
三、日本の信仰、道徳等精神文化の研究

韓国で朴氏が「日本文化研究所」を設立した昭和三十年頃の日本は、敗戦のショックから醒めやらず、自国文化を
否定し、罵倒する言論がまかり通っていました。その頃韓国で、日本の精神伝統と国体研究の運動が起ったことは、文
字…

不要な電波がユビキタス —あなたの私生活は公開されている

このところ政治の話が多かったので、専門の危機管理のお話を少ししたいと思う。皆さんはノートパソコンを使ってますか?それとも自宅のWIFIでスマホを使って、インスタグラムに投稿してますか?これらはすべて私生活の公開の危険をはらんでいることにお気づきですか?

ネットワーク簡単に接続できることは簡単にのぞかれているということ 自宅のペットを監視するや赤ちゃんを監視するためにWEBカメラを購入してスマホで見ている、という人は結構多いのででないだろうか。実は「簡単に」接続できることは、容易にのぞかれることだ。また、自宅用の防犯用監視カメラはDDos攻撃の道具として使用されていることもある。これらは簡単で安価に使用できるというメリットは、逆にリスクになるということを理解しなければいけない。

私がある地方都市に出張して、古いホテルに宿泊したとき、部屋で仕事をするために無線LANに接続したところ、いろいろなノードが参照できたことがあった。通常はVLAN等で他のノードを参照できないようにするのだが、予算の関係かあるいは自力で無線化したのか、セキュリティ対策が杜撰だった。



大量のアクセスポイントが大量の電波をだしている 無線LANのサーベイをしていると、付近のマンションなどから多数のアクセスポイントが検知される。今や家庭に一個はアクセスルーターがあるが、その中の半数はアクセスキーが設定されていないものがある。おそらくセットアップ時に設定を飛ばすか、しないかだろうが危険だ。

簡単に設定できるうえ、再セットアップが簡単なのでそのようにしているか、若しくは全く意識しないでしているかだが、悪意の三者に利用される危険がある。安易な電波が不足しがちな無線環境をさらに悪化させている。
写真には位置情報が付加されている フェイスブックやインスタグラムに写真を投稿しているが、アップロード場所の位置情報を付加している人がいる。自宅で自撮り写真や子供の写真をアップロードしている人も位置情報が付加されているのを散見する。

フェイスブックやインスタグラムアプリの位置情報機能をオフしても写真自体に位置情報が付加されていることには気づいていないようだ。ほとんどのスマホ撮影の写真に位置情報が付加されてる。僕はフェイスブックの友達の女性が自宅で自撮り写真をアップロードしているときはそれを確認して連絡をしてあげている。…

小和田恒悪玉論を問う ―衆 - 外務委員会 - 1号 昭和60年11月08日 その2

引き続き、村田春樹さんが國民新聞に書いた記事「小和田恒悪玉論を問う」への激励投稿を続けたいと思う。さて国会会議議事検索システムで昭和60年11月8日衆議院外務委員会の土井たか子委員の質問に対する答弁を検証しよう。

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 前文

これから日本国の新憲法草案を提案しよう。どうしてそう思ったかは単純だ、今の日本国憲法は近代憲法の要件を満たしていないと思われるからだ。近代における国家は主権者である国民の国家形成への強い意志によって成り立っているとする。―するとしたのはもっと奥深い部分では違うと考えているが、近代に対応するためにそう仮定することにしよう。

近代思想において国家は、たとえ国民がひとりでも、国民意志があれば形成することができるとされる。しかしそれは利己的な個人意志ではない。五箇条の御誓文で公論と示された、意志を国民主権では民意というのであって、それがなければ近代国家は存在しないのである。さらにその意志は個々人の中にある不条理で熱い志であり、それを顕現しあるいは不当な隷属の強要から擁護されなければならないと考えている。

そして近代における憲法はその国家を統治する権力を制限するために制定するものであり、国民から政治権力への手紙であり、もっと強く表現すれば命令書として機能するのもである。よって国民が必ずしも従うべきものではないという性質のものである。
統治体というのは国際的には近代国民国家が国際関係を維持するため、またはその関係が破綻した場合に起きる紛争を解決したり、戦争を遂行し条約を締結するための代表府である。同時に国内においては共同体秩序を維持発展させるために制度や法律を制定する立法府、制定された法律をもとにそれを執行する行政府、そして行政が正しい手続きで行われているかを監視したりあるいは手続きの瑕疵を判断する裁判所などの組織のことである。

しかしこれらの組織は主権者である国民の自由を拘束したり法律を不当に行使したりする可能性があるので主権者は組織に対し、してはいけないことと、積極的にしなければならないことを文書によって命令する、それが憲法の本質なのである。そういう視点をもって世界最初の憲法らしい憲法であるアメリカ合衆国憲法と戦後アメリカの占領下制定された日本国憲法を比較してみよう。


アメリカ合衆国憲法(日本語訳)
前文
われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここにアメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。The Constitution o…