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日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと 

日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと ー戦後の日本の解体は『菊と刀』から始まった 高橋史朗

WGIP ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム War Guilt Information Program をご存じの方は多いと思う。大東亜戦争に敗れ、我が国は、歴史上初めて他国の占領を受けることになる。占領当初、我が国指導者の目的は、いや日本国民すべてが、連合国による天皇陛下の処刑阻止にあったと言っても過言ではないだろう。評書は第3章で、昭和天皇の処刑を阻止するために、多くの婦人たちの力があった逸話を挿入しながら、WGIPについて新事実も含め詳細に分析を試みている。

誰が陛下の処刑を止めたのか

当初米国上院は、昭和天皇を戦争犯罪人として処刑することを全会一致で可決しており、マッカーサーは議会から、昭和天皇に戦争責任ある証拠を集めるように命令されていた。しかしフェラーズがマッカーサーに、

天皇を戦犯として裁判にふせば、日本全国に暴動は必死であろう。もし天皇を廃せば、全国的暴動が必死であって、特別警備区以外の白人は暗殺を免れない。

 覚書を出すと、マッカーサーも態度を一転、米国陸軍に対し電報を打つ。

天皇を告発すれば、日本国民の間に想像もつかないほどの動揺がが引き起こされるだろう。その結果、もたらされる事態を鎮めることは不可能である。天皇を葬れば、日本国家は分解する。連合国が天皇を裁判にかければ、日本国民の憎悪と憤慨は、間違いなく未來永劫に続くであろう。―中略―そのような事態が勃発した場合、最低100万の軍隊が必要である。軍隊は未來永劫駐留しなければならない。―後略―
これによってこれによって米国政府は昭和天皇の訴追をやめることになる。これは比較的著名な事実だが、評書ではもう一つ、昭和天皇処刑方針を転換するにあたり、重要な事実を紹介している。
それは伊藤たかさんという婦人が、マッカーサーに宛てた直訴状、手紙だという。そして日付のあとには署名血判が押してある。当時の右翼はそのような直訴状を出していないということ、直訴状を出したのは婦人ばかりだという事実を紹介している。
 マッカーサーは昭和天皇と会見し、昭和天皇の "You may hang me" という言葉によって心動かされ、フェラーズの覚書、伊藤たかさん等、日本の婦人たちの直訴状、そして陛下との対面によって、最終的に昭和天皇処刑は取り消された。

なぜ道徳教育は復活しなかったのか 

また評書の筆者は教育の専門家であるだけあり、専門分野からの貴重な報告をしている。それは米国国務省が下した、終身の教科書への評価についてだ。米国国務省は開戦前に日本占領のための分析が終わっており、終身教科書の分析を、日本語をローマ字化しようとしたことで著名な、キングホールを中心に行わせていた。
 キングホールの報告は、戦前の終身教科書は、昭和8年改訂の第4期終身教科書が超国家主義的で危険であるという結論だった。 そして、それ以前の終身の教科書に戻せば、教科を廃止する必要はないと報告している。
 さらに昭和20年1月、ロッカードとエハレットが緻密な調査を報告している。彼らは終身の教科書に掲載された説話の分析を行い、「社会国家への奉仕」を扱ったものが20、「家族愛」が18、「忍耐」が8、「遵法」「忠誠」「健康」「清潔」が5、「信頼」「節約」「正直」「勇敢」「独立心」が67あり、3分野に分けられ、「子供の望ましい行動様式に関するもの」、これは年齢相応したのもで、占領軍に悪影響をおよぼすものではない、次に「天皇に関するもの」で、これは皇室が維持され、占領軍が利用できるのであれば不利な効果を及ぼすのもではない、最後に「社会や国家に対するもの」で、これは米国の教材と大差はないので、

よって終身の教科書は中庸な国家主義的な教養を含むものであり、忠誠・奉仕・過去の英雄や軍事の犠牲などが若者の模範として用いられていることは当然である。


 という報告をしている。しかし現実には終身の教科は廃止され、その結果戦後教育を受けたものには、終身は戦争につながる、というステロイメージを植えつけた、と筆者は指摘している。このように大半は無害と報告がされていたにも関わらず、終身教科が廃止されたことの経緯について、まだまだ研究の余地があると指摘している。

もし、「アメリカの鏡・日本」が出版されていたら

3章にはもうひとつ重要な指摘がなされている。それはヘレン・ミアーズの「アメリカの鏡・日本」をマッカーサーが発禁にした理由が、マッカーサーの書簡によって明らかになっている。アメリカの鏡・日本は、戦争犯罪人としてフィリピンで裁かれた、山下奉文大将の裁判と、原爆投下を鋭く批判している。また、日本が侵略したというけれど、世界は侵略の歴史ではないか、とも述べている。日本の出版社が米国の版元へ出版のオファーをすると、版元はGHQに対応を求め、マッカーサーはCIEのブラウン課長に回答書を作成させた。マッカーサーは、
私はいかなる形の檢閲や表現の自由の制限も嫌悪している。しかしこの著作を検討したが、この本はプロパガンダであり、公共の安全を脅かすものであって、占領下の日本でこの本を出版する正当性は認められない―後略―
として、アメリカの鏡・日本は、当時の日本人の目にとまることなく闇に葬り去られた。アメリカの鏡・日本とともに発禁になった本に、A・フランク・リールの『山下裁判』がある。A・フランク・リールは山下裁判の山下奉文大将弁護団の一人で、裁判の手続きや手法に疑問をいだき、本を出版するに至ったのだが、GHQが日本国内での出版に圧力をかけたことが、米国内でも話題になり、タイムやニューズウイークといった雑誌が、トルーマン大統領に公開質問状を提出した。しかしブラウンはそれらも押切り、発禁にしたのであった。

義眼はどのように影響したのか

評書の筆者は占領中、民主化の美名によって、日本人にはめられた義眼は、そのまま戦後教育によって大きく反映され、 戦後民主主義として復興日本の土台になってしまったと指摘する。それは本来のデモクラシー(民主政体)とは全く違う、我が国独特の戦後民主主義へと発展したと、評者は考えている。
 第2章で詳しく分析される、ハロルド・ラスエル博士の研究、その影響を受けたジェフリー・ゴーラーの論文と、それらを唯一の参考として書かれたルース・ベネディクトの『菊と刀』を土台とした、歪んだ日本人像によって、策定された日本占領計画によって実行されたWGIPは、日本の精神的伝統を破壊した。それは今日まで続くことになった。
 また義眼は戦後教育の指針となった新教育指針に色濃く反映される。新教育指針を策定した当時の文部省教科書第2編集課石山課長は、このように無念を述懐している。

「三分の一は、アメリカがかけと言われたのでそのまま書き、三分の一は両方で話し合って書き、残りの3分の1は私の考えで書いた」
義眼は当時の政府あるいは新聞社ばかりではなく、教育にもその影響が及び今日、私達日本人の目となり、そこから「戦前はすべて悪」という記憶が刷り込まれることになった。

教育勅語はどうして廃止されたのか

評書の筆者はアメリカ留学中にプランゲコレクションを整理するアルバイトをしたことが、占領史研究の始まりだとしている。その時発見したのがジャスティン・ウイリアムズの文章だという。ジャスティン・ウイリアムズはGS(GHQ民政局)の国会課長で、彼が衆参議院の文教委員を呼びつけ、口頭で教育勅語を廃止を命令した張本人だ。その本人のメモを筆者は留学中見つけたのだから、神は筆者に占領史を解き明かせと命じたようなものだ。
 その文章にはケーディスのメモがあり、"Let's go amended ink" とあった。昭和23年6月19日に教育勅語の失効排除決議をするのだが、その決議文は当初「詔勅の根本理念が主権在君並びに神話的国体観に基いている事実は、明らかに基本的人権を損ない、かつ国際信義に対し疑義なしとしない」となっていた。
 筆者が発見した文章は「なしとしない」という、官僚独特な曖昧な表現で、とりようによっては「あるともいえるし、ないともいえる」という意味だった。英語表現では "might" が使われていたが、ジャスティン・ウイリアムズは消し、ケーディスがそれを支持した訳だ。そして決議文は「国際信義に対し疑義がある」という断定になってしまった。この断定によって、法的拘束力のない勅語が憲法違反の詔勅になってしまったわけだ。

 さらに教育基本法の制定過程でも、勘違いと言葉の壁によって、教育勅語が否定されたことを指摘している。筆者は教育基本法制定に関わった関係者にインタビューをしているが、彼らは口々に「私達は教育勅語を否定していません。
 教育基本法には教育勅語の精神が引き継がれているのです」と証言することが理解できなかったとしている。当初教育基本法案の前文に「伝統を尊重して」という文言が入っていた。しかしJ・C・トレーナーというCIE教育課長補佐が削除を命じた。筆者は本人に、何故削除したかをインタビューすると、

「自分は意味がわからなかった。日系人の通訳にどういう意味かと聞いた。すると通訳は "伝統を尊重するということは、封建的な世界に逆戻りするという意味です" と言った」


 教育勅語はこの誤訳によって葬られてしまう。教育基本法制定過程の国会議事録には「教育基本法法律、教育勅語は道徳」という答弁を、文部省が想定していたことが残されている。
 そして戦後教育は憲法違反になった教育勅語を廃し、180度転換したという解釈のもと始められ、今日まで日本人を反日思想毒に冒すことになる。戦後教育は道徳心、道徳観なしの唯物教育に陥ってしまい、さらにそれが法律として教育者を拘束することになった。第4章ではそれらが今日の教育現場にどのような影響を与えたかが語られるが、それらは皆様が評書を手にとってご確認頂きたい。

教育の崩壊は家庭にあった

日本の戦後民主主義は義眼をはめられた国民とその国民の代表によって行われてきた。彼らの中には日本を断罪するものもいた。また義眼を外すことが出来ず、ただ謝罪をすることしか出来ない為政者もいた。宮沢喜一、河野洋平、村山富市。それでも戦前教育を受けていた国民やその代表がいた時代はまだ良かったが、その世代が現役を引退し始める21世紀初頭から日本の国政と日本人が顕著におかしくなった。
 筆者は第6章で「日本再生への取り組み」として家族再生から教育再生の項で、筆者は、親学のすすめを提案している。会社の社員心得があるように親にもその心得を学ばせる必要がある。それは科学的知見で日本人が行っていた躾や道徳観がなんら、恥じることがないことを立証し、甦らせる必要があると、力説する。 たとえば、明治時代の小学校の教科書に、「賢母の家庭」、「西洋諸国小学校の欠席」、「保護者の注意」という項目があり、保護者の注意の中には、

教育の道は、家庭の教えで芽を出し、学校の教えで花が咲き、世間の教で身が成ると申す

という諺が紹介されていることを特筆する。さらに、「西洋諸国小学校の欠席」という一文に、

独逸を其重きものとして、西洋諸国にては、通例小学校生の欠席は、之を其父兄、若しくは保護者の罪に帰し、謂はれなく、学校を休ましむる時は、科料若しくは禁錮の刑に処するなり

 当時独逸では学校を欠席させると罰金を科していたことを紹介する。現在でも米国、英国、仏国など先進国ではそういう考え方の上に立っているという。また賢母の家庭では、子供が学校に行かない場合には頭で押し付けるのではなく、学校に行かなければどうなるかを実感させることが「賢母」だとしていたという。女性に対する、価値観の押し付けだ、として良妻賢母を否定している現代では望むべくもない。
 特に西洋諸国小学校の欠席で示される、子供が学校を休むことへの責任の所在を社会が明確化し教育の重要性を両親に示しているという、例を教科書が示しているのは、明治日本がデモクラシーを実践するためには、国民の教育が大切であるということを、認識していたことを物語る。英国のノブレス・オブリージュのように、国家への忠誠心、社会への奉仕心なくば、近代デモクラシーは成り立たない。道徳教育なしの戦後民主主義では国家は迷走するばかりだ。
 米国カリフォルニアやシアトルでは、子供が学校を休むと罰金3千円もしくはその分のボランティア活動をシなければならない。英国では子育て命令法という法律があり、 違反した場合、罰金25万円、滞納すれば禁錮刑に処され、子供が更生するまで1年間の講習を義務付けているという。
 仏国では義務教育を放棄した場合、2年間の禁錮刑、350万の罰金のほか、月に4回以上理由なく学校を欠席すると9万円の罰金を科している。政府及び議会はこのような研究の成果、諸外国の制度を取り入れ、国民が失った歴史観と道徳心を取り戻す努力を惜しむべきではない。
 いわゆる従軍慰安婦象の設置問題なども、このような研究者の地味ながら真摯な努力を反映させなければ、解決など出来ない。先出の為政者、宮沢喜一、河野洋平、村山富市等、義眼をはめたまま、それを外す努力をしない者達のために、日本の名誉と利益が失われたことか。

研究の成果を政府、議会はなぜ生かせないのか

終章「占領文書二百五十万ページ研究への挑戦と成果」で筆者は、初心に帰るため、再び米国へ占領文書の研究に迎い、岸本英夫氏の日記を発見した。数十年前に本人へのインタビューを試み、日記の所在がわからないとの回答だったという。
 岸本氏は占領当時東大の助教授でGHQの顧問をしていた。昭和20年10月から12月にかけて、GHQはいわゆる4大指令を発する。日本教育制度に関する管理指令、教員及び教育関係者の調査、除外、許可、神道指令、終身、日本の歴史及び地理の停止だ。岸本氏は神道指令の原文をGHQバンス宗教課長から手渡されると、「ここだけが問題だ」と一文を指摘したという。そこには教育勅語の廃止が書かれていたのだ。
 さらに国体という言葉も削除をアドバイスしたという。草案がマッカーサーの手元に提出されていにもかかわらず、岸本氏のアドバイスを聞き入れた、バンス宗教課長は奔走して国体という文言を司令部に削除させたという。
 これらの証言、記録が物語るのは米国が占領時に何をしやうとしたか、そして何故それをしたかだ。全ては神道と日本人の教育を、超国家主義的、軍国主義的と誤解したということだ。淵源は先に示した、第2章で詳しく分析される、ハロルド・ラスエル博士の研究、その影響を受けたジェフリー・ゴーラーの論文と、それらを唯一の参考として書かれたルース・ベネディクトの『菊と刀』を土台とした占領政策なのだ。
 それは誤解と偏見、誤訳によってもたらされたことが、研究者によって明らかになった。つまり占領政策は科学的に間違っていたのだ。にもかかわらず未だ義眼を外せない日本と日本人なのだ。政府議会はまず、これらの研究を真摯に受け止めて、占領政策を見直し、それらをまず白紙も戻すことから始める必要がある。
 日本と日本人の教育観、躾、親子関係を再考しない限り、日本の子供たちの崩壊は止まらない。引きこもりの割合が最も多いのが30代で46%だという。働き盛りであり、結婚、出産、育児をしなければならない年代が、引きこもっていては、日本は政治も経済も、最終的には日本文明が、いずれ立ち行かなくなるだろう。

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眞子内親王殿下と小室圭氏の恋の行方を憲法で考える

憲法24条はまもられるのか?
日本国憲法24条
婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

日本国憲法では婚姻の自由が権利として認められている。前回の投稿でも示したが、第24条は日本国憲法で唯一国民に受け入れられた条文ともいえるので社会の根幹である家族を生み出す唯一の条件が「両性の合意のみ」とした、つまり愛が結婚の認証基盤だとうことだ。


憲法では陛下や秋篠宮文仁親王及び紀子妃殿下がそれを拒否しようがしまいが関係がないと規定している。しかし人権がご皇室にも適用されるかどうかの人権の享有主体性の問題はある。紀子妃殿下や皇后陛下のご心配ははかり知れないが、陛下はご結婚をすでに許可されているので、眞子内親王の心変わりがなければ、延期にはなるが破談になることはないだろう。なぜなら、陛下は日本の立憲君主、象徴天皇としての立憲的立場をよくわきまえていらっしゃるからだ。

もし内親王と圭氏の強い意思で結婚を希望したが、文仁親王や妃殿下のご意向で破談になるようなことがあれば、それは明らかな憲法違反となることだろう。圭氏の母親がどのような人物だろうが、婚姻は憲法では「両性の合意のみに基いて成立」するのである。 母親の借金などということと婚姻とは全く無関係なのである。私は眞子内親王には是非そのようなことで愛する男性との婚姻をやめてほしくはない。勿論合意がなければ―つまりそんな男愛せないと、おっしゃれば別だが。

日本は北朝鮮と国境を接していない

朝鮮民主主義人民共和国はなぜ生存しているのか 「北朝鮮は脅威ではない」が、思いのほか好評だったが、危機が現実化する過程の関心高さがうかがえる。ただ、一部投稿を疑問視するコメントも散見されたので、本稿はそれにお答えしよう。何を疑問視されたかというと、北朝鮮は現実的に脅威じゃないか!というものだが、僕は、北朝鮮が脅威にように見えるが、あれは北朝鮮ではなく、北朝鮮をコントロール若しくはそう仕向けている勢力があるということをいっている。現実は北朝鮮危機なのだが、真実は極東情勢の好転ではないのか、というのが趣旨だ。

極東の軍事バランス 図は少し古い資料だが、詳しくは拙稿「朝鮮人民軍の実力」を参照してほしい。最近の資料では、韓国軍は2020年までに52万人に削減される予定である。 一方朝鮮人民軍は推定で120万人といわれている。在韓在日の米軍を含めても、北朝鮮人民軍の兵力は約2倍だ。さらに、中朝国境を管轄する人民解放軍北部戦区には約25万人の兵力があるという分析もある。北部戦区は再編前の瀋陽軍区で、瀋陽軍区の前身が朝鮮戦争に義勇軍を派遣した第4野戦軍なのである。米軍による仁川上陸の攻勢から、金日成北朝鮮軍壊滅を救ったのが、現在の北部戦区ということだ。金正恩北朝鮮の強硬姿勢は、こういう歴史的背景がある。人民解放軍の戦力の他に、ウラジオストックにはロシア軍東部軍管区の2個軍及び航空軍、鉄道軍約9万人が配備されている。


旧瀋陽軍区と北朝鮮 歴史的に朝鮮半島では、他国の影響を排除した独立国は存在していない。現在の両国もそうだ。北朝鮮はソ連が建国して、中国共産党人民解放軍の奮戦が支えた国といえるし、韓国は米軍の支援なしでは、いまごろ、山口県に亡命政権があったかもしれない。先にふれた旧瀋陽軍区は、鴨緑江から反撃を開始して、約2万5千人の戦死者を出しながら、一時はソウルを再占領するまで戦った部隊の末裔だ。過去金正恩の父、金正日は亡くなる前2年間で11回、旧瀋陽軍区を訪問しているという。
中国共産党も恐れる旧瀋陽軍区 また、旧瀋陽軍区は中国共産党にとっても危険な存在だという。かつては北方民族が群雄割拠する地域で、万里の長城はその北方民族の侵入を防ぐためのものだ。近くは軍閥の張作霖が支配した地域であり、満州国が建国された地域でもある。歴史的には北京とは一線を画している地域だ。李氏朝鮮時代か…

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 前文

これから日本国の新憲法草案を提案しよう。どうしてそう思ったかは単純だ、今の日本国憲法は近代憲法の要件を満たしていないと思われるからだ。近代における国家は主権者である国民の国家形成への強い意志によって成り立っているとする。―するとしたのはもっと奥深い部分では違うと考えているが、近代に対応するためにそう仮定することにしよう。

近代思想において国家は、たとえ国民がひとりでも、国民意志があれば形成することができるとされる。しかしそれは利己的な個人意志ではない。五箇条の御誓文で公論と示された、意志を国民主権では民意というのであって、それがなければ近代国家は存在しないのである。さらにその意志は個々人の中にある不条理で熱い志であり、それを顕現しあるいは不当な隷属の強要から擁護されなければならないと考えている。

そして近代における憲法はその国家を統治する権力を制限するために制定するものであり、国民から政治権力への手紙であり、もっと強く表現すれば命令書として機能するのもである。よって国民が必ずしも従うべきものではないという性質のものである。
統治体というのは国際的には近代国民国家が国際関係を維持するため、またはその関係が破綻した場合に起きる紛争を解決したり、戦争を遂行し条約を締結するための代表府である。同時に国内においては共同体秩序を維持発展させるために制度や法律を制定する立法府、制定された法律をもとにそれを執行する行政府、そして行政が正しい手続きで行われているかを監視したりあるいは手続きの瑕疵を判断する裁判所などの組織のことである。

しかしこれらの組織は主権者である国民の自由を拘束したり法律を不当に行使したりする可能性があるので主権者は組織に対し、してはいけないことと、積極的にしなければならないことを文書によって命令する、それが憲法の本質なのである。そういう視点をもって世界最初の憲法らしい憲法であるアメリカ合衆国憲法と戦後アメリカの占領下制定された日本国憲法を比較してみよう。


アメリカ合衆国憲法(日本語訳)
前文
われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここにアメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。The Constitution o…

国益とは時間と空間である

時間と空間に関わる利益が真の国益である 国益とは さて国益とはなんだろうか。国益(national interest)は利益であるから経済的な意味合いが強いのは当然だ。当然経済的という具体的な側面も必要である。民主政体であるかぎり具体的な数値でその支持を得ることは必要だからだ。では経済的利益以上に重要な国家の利益があるのだろうか。もちろん答えはイエスだ。それは領有権(領土領空領海)と歴史と伝統に関わるものだ。この両者こそが真の国益ではないだろうか。

領有(土高)権とは我々が生活する空間を統治する権利であり、それを承認するのが我々の歴史と伝統だ。つまり領土領有権(空間)と時間(その正統性、歴史と伝統)が国益の本義ではないか。これらを守るために政府が組織され、その構成員たる国民はこれらを守る義務を追う。私は命をかけても守る義務を負う国家の利益を国益と定義したい。

そしてこの国益を守るために近代、付与されたのが国民の利益であると考える。国民は国家を守る義務を負うため政府権力から特別の権利を付与されている。憲法で保証される諸権利の正統性は国益を守るという事のみに由来する。過去ギリシャの都市国家やローマ市民も、奴隷でないものは国家防衛の義務を追っていた。奴隷は戦争は免除されていた。

市民は奴隷を支配する権利と引き換えに国家防衛のためには命を捨てなければならなかったのである。諸権利は唯一国家防衛の義務を果たすための利益にすぎないのである。これをこんにちにあてはめれば、国家防衛のための国民の利益であるといえないだろうか。安全保障を他国に譲っている国家は独立国とはいえないうえ、国民すら存在しないといえる。

TPPと慰安婦問題 平成23年11月17日、李明博大統領が来日したが、第一声で慰安婦問題の解決に言及した。これは韓国の憲法裁判所が今年8月に「賠償請求の具体的措置を政府がとってこなかったのは違憲」とする判断を出した事による。これらの賠償に関する諸問題はすでに日韓条約締結時に「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」となっているにもかかわらずだ。

先に歴史と伝統に関わることを私は国益であると定義した。慰安婦問題はまさしく国益である。我が国の官憲が朝鮮半島女性を半ば強制連行して大陸派遣軍の慰安所に拘束し売春行為をさせていたという、事実に反することで我が国の首相が相手…

TPPとはなにか ―国際法・条約から考える

フェイスブックのTPPって何?の議論を通じTPPを検証してきたが、ここに来て議論が成熟してきた。JAなどがTPPの「聖域なき関税撤廃で農業はだめになる」という主張はWTO・GATTのウルグアイ・ラウンドで我国が聖域として議論した農産5品目が自由化されるという主張だが、TPPはWTO・GATTの規定内で交渉される自由貿易協定であるから、「聖域なし」は「実質上」と同じ「すべて」ではないという例外を表した言葉だ。

合衆国憲法及び合衆国国内法とTPP ―まとめ

以下はTPPってなに?でリアルジャーナリスティックに議論を展開される石塚幾太郎さんが作成した、TPP交渉にあたって関係する米国憲法及び国内法の関係とその成立過程をまとめたものだ。(一部URL表示をリンクに取り込んだ)

TPAの成立過程
1.憲法上の通商交渉権限規定

(1)合衆国憲法
合衆国憲法立法部第8条第3項に「通商交渉権限」が議会にあり、執行部第2条第2項に「条約締結権」が上院の助言と承認のもとに大統領が有していることが記載されている。

「通商協定」の批准は、上院3/5(60名)、下院過半数の可決が必要。条約の批准は上院2/3の可決が必要である。

合衆国憲法(在日米国大使館)HP

(2)日本国憲法
日本では、憲法第76条第3項の規定により、通商協定も条約であり、締結は内閣の専権事項になっている。国会は、締結された条約(通商協定)を批准するか否決するかの採決を行う。 2.世界恐慌からの脱出
1930年、世界恐慌の経済対策として、米議会は、大幅な関税引き上げ(1930年関税法)を可決し、施行した。この動きが世界中に拡散し、いわゆるブロック経済の対立を生み出し、第二次世界大戦の原因ともなったと言われている。

関税引き下げを訴え当選したルーズベルト大統領は、1934年関税引き下げの権限を議会から獲得することに成功する。(1934年互恵通商協定法)この法律は時限法であるが延長を重ね1967年失効するまで継続する。

3.ケネディラウンド合意の議会不承認
GATTケネディラウンド(1964~67年)で、議会が政府の合意した協定を部分的に受け入れなかった。(国際アンチダンピング・ルールと米国非関税障壁ASPの撤廃)

国際アンチダンピングについては、米国法(1921年アンチダンピング法)のコード(品目)と一致するもののみ適用とする法律(90-634)を成立させ、ASPについては、国内実施法を成立させなかった。

この時、通商協定より国内法が優先することが、議会と大統領府の共通の認識になった。

4.1974年通商法の成立
このケネディラウンドの合意批准不成立が、交渉官が他国に信憑性を疑わせると心配、ニクソン大統領は東京ラウンドに向けて、ファストトラック法を1974年通商法に挿入する提案を行った。

上院の審議のなかで、議会と相談し、締結90日前には、必要書類を提出するルール、締結後、内…

日韓併合 百年目の真実 李完用が救った大韓帝国

本年2010年8月29日は法律上の専制君主大韓帝国皇帝純宗が勅諭を発表して日本と韓国が合併したことを内外に示してから100年目にあたる。


韓国皇帝の勅諭 皇帝、若(ここ)に曰く、朕否徳にして艱大なる業を承け、臨御以後今日に至るまで、維新政令に関し承図し備試し、未だ曽て至らずと雖も、由来積弱痼を成し、疲弊極処に至り、時日間に挽回の施措望み無し。中夜憂慮善後の策茫然たり。此に任し支離益甚だしければ、終局に収拾し能わざるに底(いた)らん。寧ろ大任を人に託し完全なる方法と革新なる功効を奏せいむるに如かず。

故に朕是に於いて瞿然として内に省み廊然として、自ら断じ、茲に韓国の統治権を従前より親信依り仰したる、隣国日本皇帝陛下に譲与し、外東洋の平和を強固ならしめ、内八域の民生を保全ならしめんとす。惟爾大小臣民は、国勢と時宜を深察し、煩擾するなく各其業に安じ、日本帝国の文明の新政に服従し、幸福を共受せよ。

朕が今日の此の挙は、爾有衆を忘れたるにあらず、専ら爾有衆を救い活かせんとする至意に出づ。爾臣民は朕の此の意を克く体せよ。

隆煕四年八月二十九日 御璽

日韓併合100年目を前に韓国の反日派からの様々な動きがあるのでまとめてみたい。

2010年5月11日のこのようなニュースを目にした。

日韓知識人が共同宣言「日韓併合は当初から無効だった」
看過できないのは多くの日本人学者が関わっているという点 …今回の声明には発起人である和田春樹東京大学名誉教授をはじめ、日韓歴史共同研究委員会の日本側の座長を務めた三谷太一郎東京大学名誉教授など105人が声明に署名している。一方、韓国ではイ・テジンソウル大学明楊教授やカン・マンギル高麗大学名誉教授、詩人の高銀氏や金芝河氏のほか、幅広い層から109人が声明に署名した。… …声明では、「併合は大韓帝国の抗議を軍事力で押さえつけたもので、韓国側が国権の譲与を申し出たとする内容も虚偽(きょぎ)である」と指摘し、日本政府が日韓併合条約について「無効」であることを認め、8月の総理談話に関連内容を盛り込むように、積極的に働き掛けるとしている。… 2010年07月18日には、

日韓併合100年で日本が韓国へ謝罪、中国も大きな注目

8月29日に日韓併合100年を迎えるにあたり、日本政府は韓国に過去の植民地統治を謝罪する方針を明らかにした。17日、環球時報は「日本は韓国側…

日本国憲法24条

日本国憲法を研究していて常々思うのだが、24条は非常に特異な条文だ。14条で男女の同権(平等の権利で単に平等ではない)を規定しているのだから、特に婚姻まで権力が関与するまでもなく、自由な恋愛や婚姻は保障されていると考える方が自然だろう。むしろ自由権の侵害ともいえる。
第二十四条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

○2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
ところが、ダメ押しのように「婚姻は当人同士で決める」と宣言している。当時の男女が制度に縛られて自由な婚姻ができなかった怨念の条文に思えて仕方がない。24条について条文を廃止するという声もあまり聞かれない。あの自民党案でさえ、第1項に「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」と加えただけで、条文はそのまま残るとしている。

日本国憲法の施行当時は「新憲法実施のよろこび 男女の権利は同じ 結婚は父母の同意なくできる」や「堅苦しい戸主権よさらば 男女は完全平等に」などという見出しが躍るように国民にも歓迎されたと思われる。ではこの特異な条文はどのように規定されたのだろうか。日本国憲法に影響を与えた憲法草案要綱にもそのような条文はない。GHQが1946年2月13日に日本政府に手交された草案に以下の条文があった。
Article XXIII. The family is the basis of human society and its traditions for good or evil permeate the nation. Marriage shall rest upon the indisputable legal and social equality of both sexes, founded upon mutual consent instead of parental coercion…

日米憲法比較研究 ―年次改革要望書

日米憲法の比較研究に参考にしているサイトで偶然みつけた原文の、いわゆる「年次改革要望書」だが、TPPと比較してみても面白い。アメリカの戦略なのか執念なのか、はたまた信仰なのか、1994年からもう20年くらいやってる市場開放交渉だ。我国政府も辛抱強くそれに対応していることがわかる。2001年(平成13年)からは申し訳程度の要望書をアメリカに出しているが、要求の多さ細かさはアメリカのそれが圧倒している。つまりアメリカは多年戦略的にアメリカ産業の保護推進を考えて行動しているのに対し、我国は相手が攻めてきてから対応する「専守防衛」に徹している。「攻擊は最大の防御なりという」戦いの格言を忘れているということだ。

11/15/1994
Submission by the Government of the United States to the Government of Japan Regarding Deregulation and Administrative Reform in Japan
11/22/1995
Submission by the Government of the United States to theGovernment of Japan Regarding Deregulation, Administrative Reform and Competition Policy in Japan 03/22/1995
Comments by the Government of the United States on Japan's Interim Deregulation Report 11/15/1996
Submission by the Government of the United States to the Government of Japan Regarding Deregulation, Administrative Reform and Competition Policy in Japan
日本における規制緩和、行政改革および競争政策に関する日本政府に対する米国政府の要望書
11/07/1997
Submission by the Government of the United States to the Governme…