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思考と行動における言語

思考と行動における言語は意味論の第一人者S.I.ハヤカワ氏の名著であるが、言語の正確な役割を理解するうえで参考になる。ハッキリと考えることを学び、より有効に話し、書くことを学び、より高い理解をもって聞き、読むしかたを学ぶ、こういったことこそ、言語学習の目標である。この本は、これらの伝統的な目標に、現代の意味論の方法(=人生における言語の役割を生物学的に機能的に理解し、また言語の種々の用途を理解する)でせまる。この本の著者たちが提唱する、一般意味論の土台にある倫理的仮説は、「協同は衝突よりも好ましい」であり、人間の協同の道具としての言語を活用すべきであるというものだ。一方、自分の言語に関しては、批判的な態度を持つ必要がある。なお、一般意味論の知識は、単に知っているだけでなく、常日頃の活動で『活用』することに価値がある。

第1部 言語の機能

1.言語と生存

人間は先人の知恵である膨大な知識を蓄積し、無料の贈り物として後世に伝えている。文化的・知的協同は、人間生活の大原則である。表面的には競争原理で世界が動いているように見えるかもしれないが、その深層にある協同原理を知らないといけない。社会が協同するための必要な努力は必ず言語により達成される。われわれは、言語に囲まれているが、そのことを意識していない。しかし言葉により思考は影響を受けるので、自分の意味論的環境に注意すべきである。言語の使用が不一致と衝突を作り激化させた場合には、話し手か聞き手か、その両方に欠陥がある。

2.記号

人間は記号を使う。例えば「劇の悪役を観客が射殺する。」ように、記号に拘束されてはならない。われわれは、現実的経験世界(外在的世界)と言語的世界(『地図』の世界)の二つの世界に住んでいる。『地図』は『現地』ではない。『地図』なしに文明の進歩はないが、『地図』の限界も弁えるべきである。われわれの、アヤマリは二つの経路から生じる。一つは、「人から間違ったものを与えられる。」もう一つは、「自分で読み違える」である。

3.報告、推論、断定

情報交換の基本は報告である。報告は以下の2条件を満たすべきである。

1.それが実証可能でなければならない
2.できるだけ、推論と断定を排除しなければならない

現実に、全てを実証することは難しいが、出来る限りの努力はすべきである。報告の原則は事実の叙述であり、推論は出来るだけ排除すべきである。ただし、推論も必要になる、その時には、「最低自分が推論していることを意識して」記述すべきである。断定は、自分の価値観が入るので、できる限り排除すべきである。論文を書くとき、頭の部分で断定を入れると、それ以降が書けなくなる。事例を多く書けば、長い論文は直ぐにかける。

断定には、直接的な記述以外に、事実の選択や描写方法に間接的に含まれることも多い。自分の先入観を発見し、多方面からの見方をすることが重要である。書くことに本当の技量を持っている人は、想像力と洞察力を持ち、同一の事物を多方面から見ることができる。

4.文脈

言葉の意味は、辞書では決まらず、文章の言語的文脈と、社会活動の物理的社会的文脈で決まる。辞書の記述は、頭の中で想起する『内在的意味=内包』である。しかし実際は、その記号が指し示す『外在的意味』がある。『外在的意味』の議論は地に足がつき、一致を得ることが出来やすい。言葉は「一語・一義」ではない、意味は文脈で常に移り変わる。

5.社会的結びつきの言語

言語の最初は感情の表出であり、情報の伝達はホンの一部である。また、自分の声を楽しむ、音声のための音声の効果もある。単なる同意も儀式としては重要である。教育のある人間にはかえって、前記号的意味を考えないが、実際には言語の色々な効果を考えないといけない。

6.言葉の二重の仕事

言語には、『情報を送る』と『人を感化する』の、二つの仕事がある。従って、人の頭の中で生じる『内包』には、『情報的内包』と、その言葉の引き起こす個人的感情の雰囲気を示す、『感化的内包』がある。

宗教・政治などに見られる、ある種の言葉には、断定がはめこんであり、情報的内包と感化的内包を同時に引き起こす。日常生活の言語では、感化的内包の識別能力が必要である。

7.社会的調整の言語

言葉は指令的用法があり、これで未来を調整できる。指令的言語は感化的な内包を持ち、情緒的な訴求を行う。指令的言語には政治家の公約ような約束を含む。社会は、相互同意の広大な網で成立している。従って、『右側通行』のような共通的な、指令発言に関して、皆は暗黙に同意し、お互いの行動の型を背負っている。祈りや宣誓など、集団的是認を伴う指令もある。

8.感化的コミュニケーションの言語

われわれは、言語の感化的作用による共感を、締め出すことは出来ないので、会話から感情を締め出すことは出来ない。従って、リズム・直接的話しかけによる言語的催眠術や、その他の感化的要素を、われわれは使用している。

また、隠喩と直喩、直喩も、感化的意味を持つ。隠喩のもっとも成功した場合は隠喩を感じさせないレベルである。さらに、古典などを使う引喩もある。一方、事実を選ぶことで、感化性に大きく影響させ、読み手の断定に導く手法もある。

文学の働きは、個人の感じが重要であり、感化的要素が命である。このような文学では、読者に記号的経験を積ますことが出来る。文学や劇では、読み手に登場人物と想像的同一化を引き起こす。未成熟な人は、記号的な経験ですら、失敗を受け入れない。

9.芸術と緊張

発言には、緊張を緩和する効果がある。記号的戦術には、文学的逃避、緊張の緩和(復讐)などがある。また、詩は人々に心理的健康と平衡を与える。狂気と正気に種の差はなく、程度の問題である。美的評価の無秩序は緊張の材料であり、芸術に関して話しあって秩序を作ることで、緊張を緩和する。

第二部 言語と思考

10.われわれはどうやって知るか

ベッシ-と言う牝牛を見たとき、抽象のハシゴで考えている。

抽象のハシゴ

特に最下位の原始的過程のレベルは、常に変化しわれわれは知覚出来ないので、抽象化して扱っている。言語の役割を考える場合には、抽象の働きを考える必要がある。抽象化することで、一般的な議論を行うことが出来る。働きのようなものは、抽象的に記述しないと表現できない。定義は、言語についての叙述であり、できる限り抽象のハシゴを下るようにすべきである。

定義で、外在的に考えないと混乱が増す。定義の別な形は、測定できるものに変換する、操作的定義である。料理の本は、操作的定義を上手に書いている。高いレベルの抽象にとどまる場合は、コトバのグルグル廻りが生じる。一方、高いレベルの抽象化は、哲学&科学的洞察のために必要である。抽象を検定するには、必要に応じて、「低いレベルに適用できるか?」を問うのがよい。人は自分の抽象レベルのこだわる傾向がある。病的な人は、自分の抽象レベルから、動くことが出来ない。良い文学は、描写妥当性と一般的妥当性を持っている。

11.居なかった小人をさがす

広い意味では、われわれは常に、抽象のレベルを混同をしている。しかし科学的理解が進めば、われわれの神経系は、情報を落としてイルと言うことを、意識するようになる。しかし、言葉による条件反射なども存在する。
「犯罪人」ジョン・ドウという表現には、「常に罪を犯す」と言う断定を含んでいる。このような、『妄想の世界』からわれわれを解放するため、抽象を意識し、反応を延滞する。
先輩から学ぶのは、『一団の考えと信念、及びそれを保つための方法』である。これらは、抽象を意識すれば、不適切な時対応できる。地図は現地ではない。

12.分類

名づけの前に分類がある、分類はどの特徴に着目するかで決まり、絶対的な必然性はない。人はお往々にして、自分の分類に思い込みが入る。思いこみの対策として、例えば、「牝牛1は牝牛2ではない」のよう「見出し番号」を使う。科学は分類のもっとも一般的に有用な体系を採用し、当分の間「真理」と見なす。

13.二値的考え方

戦いの場では、敵味方を明確にするため、必然的に二値的考えとなる。しかし文化的な生活では、二値的な見方だけではいけない。政治における二値的考え方は、ヒトラーの発想のように、他の完全な否定となり、他の人間に対する人間の非人間性を示す。二値論理学は、数学などでは有効である。排中律を用いることで、背理法の証明が成立する。しかし、日常生活では、排中律は危険になる。

14.多値的考え方

ケンカや討論以外では、日常生活では、反対意見も認める、多値的考えになり、柔軟な修正を受け入れるようになる。論争で興奮した時や、感情の強い表現は、二値的になる。話し合いから利益を得るためには、断定を避け「反応する前に耳を傾ける」必要がある。ミルトン・ロキーチの研究「開かれた心と閉ざされた心」では、人の反応を以下のように分類している。
  1. 聞き手が、話し手とその内容をともに受け入れる場合
  2. 聞き手が、話し手とその内容をともに受け入れるない場合 
  3. 聞き手が、話し手を受け入れるが、その内容を受け入れるない場合
  4. 聞き手が、話し手を受け入れないが、その内容を受け入れる場合
開かれた心は、(1)~(4)全てができるが、閉ざされた心は、(1)、(2)の2つしかできない。ロキーチによると、人は以下の2つを行う。
  • 人は世界についてもっと多くのことを知ろうと思う
  • 人は世界から自分を守ろうとするー特に自分の「信念体系」に逆らうものを拒絶する
  • しかし、われわれは、自分の信念体系に逆らう情報にも、「心を開いて」おびえずに情報を入手しないといけない。 

15.詩と広告

詩と広告には、どちらも記号を使い人を動かすという、共通点がある。

16.頭の内だけで考える内在的考え方の危険性

内在的考え方の陥りやすい欠陥は、文脈無視、自動的反応、抽象レベルの混同、擬似性のみの注視、定義するだけでの満足などがある。例えば、「教会通いする人」は、「善きクリスチャン」を暗示している。そこで、ある「教会通いする人」が、妻に不誠実・他人の資金の保管は出来ない、卑しさが見つかったとする。この時、内在的考えで言語過剰な人は、以下の3方法で対応する人が多い。
  1. 彼は例外だ!     ・・・以下の多くの例外があったとしても、元の信念は変えない。
  2. 彼は実際は悪くない!・・・事実を否定する。
  3. 人はもう何も信じることは出来ない。私の生きている限り、決して教会通いする人は信じない。
  4. 広告も内在的考え方を促進する。
また、誤った教育も内在的考え方を大いに進める。語彙を知らない難しい言葉の、詰め込みによる自己満足がある。学ぶべき本が、難しい理由は2つある。一つは、扱われている観念が難しいからである。これは、土台になる知識を勉強しないといけない。一方、学問的語彙は、社会的機能をもち、使用者に威厳を与え、理解しない人に尊敬と恐れの念を引き起こす。このような社会的機能の重要度が、通達的機能を上回ると、コミュニケーションは困難になり、生かじりと隠語がはびこる。

17.ネズミと人間 

ネズミに、「解き難い」問題の神経挫折の実験を行うと、
  1. 一定の問題に対し特定の反応に固執する
  2. 状態が変化し、その答えが通用しないと衝撃をうける
  3. 衝撃と不安で挫折を重ねると、はじめの行動に固執する
  4. その後は、不機嫌で行動しなくなる
  5. 強制されると、失敗すると分かっても最初の行動を行い、最後には狂気になる
と、反応する。これは、人間でも同様な傾向がある。人間の場合は、集団的習慣の修正が難しい、制度的惰性が大きな原因である。このような状況には、個々の現実的な事項を確認する、外在的な対応がこれを救う。
科学のもっとも目覚しい特徴は、解きがたい問題の解決の継続である。解けるものを明確にするのが科学的態度であり、科学者はみずからの『地図』の限界を知り、必要に応じて修正する。

18.内の秩序と外の秩序 

内在的な考えによる困難を打破する、外在的考え方の諸ルールは、
  1. 地図はそれが代表する現地ではない。コトバは物ではない。
  2. コトバの意味はコトバの中にあるのではない。意味はわれわれの内にあり、文脈が意味を決定する。
  3. 「である」という語の正体を知れ。多くの場合、それは、評価錯誤を結晶させる。
  4. まだかけられていない橋を渡ろうとするな。指令的叙述と情報的叙述とを区別せよ。
  5. 「真」という語にある少なくとも四つの意義を見分けること。
  6. 実証されている報告、感じていること、指令的、数学の体系で真
  7. 「火に火を以て戦おう」としたくなった時は、消防手は常に水をもって戦うものだということを思い出せ。感情的にならない。
  8.  二値的考え方は、考えの始まりにはなるが操作の用具にはならない
  9. 定義について知れ。できるだけ実例で考えよ。
  10. 見出し番号と日付を使え。いかなる語も正確には二度と同じ意味を持たない。
  11. これを使わないと、突然の怒り、不安、傷つき安すぎ、話しすぎ、何でも口を出す、等の異常の徴候が出る。成熟した心は、あらゆる事に間にあう唯一の答えなどなく、言葉は全てでないと知っていて、柔軟さと不定への備えを持っている。
抽象を意識することのもう一つの領域は、「自分自身を知る」場合である。自己の変化に対応し、現実的な自己概念にする必要があり、特に断定を避け、客観的に報告する必要がある。自己概念の改善は、小さな部分から始めるのがよい。

われわれ自身の外在的知識を増やすもう一つの方法は、慣習的に達した態度を区別することである。慣習的態度には、高い抽象レベルの一般化が含まれることが多い。


思考と行動における言語(要点抜粋) 第二版 S.I.ハヤカワ 大久保忠利訳(岩波叢書)

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眞子内親王殿下と小室圭氏の恋の行方を憲法で考える

憲法24条はまもられるのか?
日本国憲法24条
婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

日本国憲法では婚姻の自由が権利として認められている。前回の投稿でも示したが、第24条は日本国憲法で唯一国民に受け入れられた条文ともいえるので社会の根幹である家族を生み出す唯一の条件が「両性の合意のみ」とした、つまり愛が結婚の認証基盤だとうことだ。


憲法では陛下や秋篠宮文仁親王及び紀子妃殿下がそれを拒否しようがしまいが関係がないと規定している。しかし人権がご皇室にも適用されるかどうかの人権の享有主体性の問題はある。紀子妃殿下や皇后陛下のご心配ははかり知れないが、陛下はご結婚をすでに許可されているので、眞子内親王の心変わりがなければ、延期にはなるが破談になることはないだろう。なぜなら、陛下は日本の立憲君主、象徴天皇としての立憲的立場をよくわきまえていらっしゃるからだ。

もし内親王と圭氏の強い意思で結婚を希望したが、文仁親王や妃殿下のご意向で破談になるようなことがあれば、それは明らかな憲法違反となることだろう。圭氏の母親がどのような人物だろうが、婚姻は憲法では「両性の合意のみに基いて成立」するのである。 母親の借金などということと婚姻とは全く無関係なのである。私は眞子内親王には是非そのようなことで愛する男性との婚姻をやめてほしくはない。勿論合意がなければ―つまりそんな男愛せないと、おっしゃれば別だが。

日本は北朝鮮と国境を接していない

朝鮮民主主義人民共和国はなぜ生存しているのか 「北朝鮮は脅威ではない」が、思いのほか好評だったが、危機が現実化する過程の関心高さがうかがえる。ただ、一部投稿を疑問視するコメントも散見されたので、本稿はそれにお答えしよう。何を疑問視されたかというと、北朝鮮は現実的に脅威じゃないか!というものだが、僕は、北朝鮮が脅威にように見えるが、あれは北朝鮮ではなく、北朝鮮をコントロール若しくはそう仕向けている勢力があるということをいっている。現実は北朝鮮危機なのだが、真実は極東情勢の好転ではないのか、というのが趣旨だ。

極東の軍事バランス 図は少し古い資料だが、詳しくは拙稿「朝鮮人民軍の実力」を参照してほしい。最近の資料では、韓国軍は2020年までに52万人に削減される予定である。 一方朝鮮人民軍は推定で120万人といわれている。在韓在日の米軍を含めても、北朝鮮人民軍の兵力は約2倍だ。さらに、中朝国境を管轄する人民解放軍北部戦区には約25万人の兵力があるという分析もある。北部戦区は再編前の瀋陽軍区で、瀋陽軍区の前身が朝鮮戦争に義勇軍を派遣した第4野戦軍なのである。米軍による仁川上陸の攻勢から、金日成北朝鮮軍壊滅を救ったのが、現在の北部戦区ということだ。金正恩北朝鮮の強硬姿勢は、こういう歴史的背景がある。人民解放軍の戦力の他に、ウラジオストックにはロシア軍東部軍管区の2個軍及び航空軍、鉄道軍約9万人が配備されている。


旧瀋陽軍区と北朝鮮 歴史的に朝鮮半島では、他国の影響を排除した独立国は存在していない。現在の両国もそうだ。北朝鮮はソ連が建国して、中国共産党人民解放軍の奮戦が支えた国といえるし、韓国は米軍の支援なしでは、いまごろ、山口県に亡命政権があったかもしれない。先にふれた旧瀋陽軍区は、鴨緑江から反撃を開始して、約2万5千人の戦死者を出しながら、一時はソウルを再占領するまで戦った部隊の末裔だ。過去金正恩の父、金正日は亡くなる前2年間で11回、旧瀋陽軍区を訪問しているという。
中国共産党も恐れる旧瀋陽軍区 また、旧瀋陽軍区は中国共産党にとっても危険な存在だという。かつては北方民族が群雄割拠する地域で、万里の長城はその北方民族の侵入を防ぐためのものだ。近くは軍閥の張作霖が支配した地域であり、満州国が建国された地域でもある。歴史的には北京とは一線を画している地域だ。李氏朝鮮時代か…

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 前文

これから日本国の新憲法草案を提案しよう。どうしてそう思ったかは単純だ、今の日本国憲法は近代憲法の要件を満たしていないと思われるからだ。近代における国家は主権者である国民の国家形成への強い意志によって成り立っているとする。―するとしたのはもっと奥深い部分では違うと考えているが、近代に対応するためにそう仮定することにしよう。

近代思想において国家は、たとえ国民がひとりでも、国民意志があれば形成することができるとされる。しかしそれは利己的な個人意志ではない。五箇条の御誓文で公論と示された、意志を国民主権では民意というのであって、それがなければ近代国家は存在しないのである。さらにその意志は個々人の中にある不条理で熱い志であり、それを顕現しあるいは不当な隷属の強要から擁護されなければならないと考えている。

そして近代における憲法はその国家を統治する権力を制限するために制定するものであり、国民から政治権力への手紙であり、もっと強く表現すれば命令書として機能するのもである。よって国民が必ずしも従うべきものではないという性質のものである。
統治体というのは国際的には近代国民国家が国際関係を維持するため、またはその関係が破綻した場合に起きる紛争を解決したり、戦争を遂行し条約を締結するための代表府である。同時に国内においては共同体秩序を維持発展させるために制度や法律を制定する立法府、制定された法律をもとにそれを執行する行政府、そして行政が正しい手続きで行われているかを監視したりあるいは手続きの瑕疵を判断する裁判所などの組織のことである。

しかしこれらの組織は主権者である国民の自由を拘束したり法律を不当に行使したりする可能性があるので主権者は組織に対し、してはいけないことと、積極的にしなければならないことを文書によって命令する、それが憲法の本質なのである。そういう視点をもって世界最初の憲法らしい憲法であるアメリカ合衆国憲法と戦後アメリカの占領下制定された日本国憲法を比較してみよう。


アメリカ合衆国憲法(日本語訳)
前文
われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここにアメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。The Constitution o…

国益とは時間と空間である

時間と空間に関わる利益が真の国益である 国益とは さて国益とはなんだろうか。国益(national interest)は利益であるから経済的な意味合いが強いのは当然だ。当然経済的という具体的な側面も必要である。民主政体であるかぎり具体的な数値でその支持を得ることは必要だからだ。では経済的利益以上に重要な国家の利益があるのだろうか。もちろん答えはイエスだ。それは領有権(領土領空領海)と歴史と伝統に関わるものだ。この両者こそが真の国益ではないだろうか。

領有(土高)権とは我々が生活する空間を統治する権利であり、それを承認するのが我々の歴史と伝統だ。つまり領土領有権(空間)と時間(その正統性、歴史と伝統)が国益の本義ではないか。これらを守るために政府が組織され、その構成員たる国民はこれらを守る義務を追う。私は命をかけても守る義務を負う国家の利益を国益と定義したい。

そしてこの国益を守るために近代、付与されたのが国民の利益であると考える。国民は国家を守る義務を負うため政府権力から特別の権利を付与されている。憲法で保証される諸権利の正統性は国益を守るという事のみに由来する。過去ギリシャの都市国家やローマ市民も、奴隷でないものは国家防衛の義務を追っていた。奴隷は戦争は免除されていた。

市民は奴隷を支配する権利と引き換えに国家防衛のためには命を捨てなければならなかったのである。諸権利は唯一国家防衛の義務を果たすための利益にすぎないのである。これをこんにちにあてはめれば、国家防衛のための国民の利益であるといえないだろうか。安全保障を他国に譲っている国家は独立国とはいえないうえ、国民すら存在しないといえる。

TPPと慰安婦問題 平成23年11月17日、李明博大統領が来日したが、第一声で慰安婦問題の解決に言及した。これは韓国の憲法裁判所が今年8月に「賠償請求の具体的措置を政府がとってこなかったのは違憲」とする判断を出した事による。これらの賠償に関する諸問題はすでに日韓条約締結時に「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」となっているにもかかわらずだ。

先に歴史と伝統に関わることを私は国益であると定義した。慰安婦問題はまさしく国益である。我が国の官憲が朝鮮半島女性を半ば強制連行して大陸派遣軍の慰安所に拘束し売春行為をさせていたという、事実に反することで我が国の首相が相手…

TPPとはなにか ―国際法・条約から考える

フェイスブックのTPPって何?の議論を通じTPPを検証してきたが、ここに来て議論が成熟してきた。JAなどがTPPの「聖域なき関税撤廃で農業はだめになる」という主張はWTO・GATTのウルグアイ・ラウンドで我国が聖域として議論した農産5品目が自由化されるという主張だが、TPPはWTO・GATTの規定内で交渉される自由貿易協定であるから、「聖域なし」は「実質上」と同じ「すべて」ではないという例外を表した言葉だ。

合衆国憲法及び合衆国国内法とTPP ―まとめ

以下はTPPってなに?でリアルジャーナリスティックに議論を展開される石塚幾太郎さんが作成した、TPP交渉にあたって関係する米国憲法及び国内法の関係とその成立過程をまとめたものだ。(一部URL表示をリンクに取り込んだ)

TPAの成立過程
1.憲法上の通商交渉権限規定

(1)合衆国憲法
合衆国憲法立法部第8条第3項に「通商交渉権限」が議会にあり、執行部第2条第2項に「条約締結権」が上院の助言と承認のもとに大統領が有していることが記載されている。

「通商協定」の批准は、上院3/5(60名)、下院過半数の可決が必要。条約の批准は上院2/3の可決が必要である。

合衆国憲法(在日米国大使館)HP

(2)日本国憲法
日本では、憲法第76条第3項の規定により、通商協定も条約であり、締結は内閣の専権事項になっている。国会は、締結された条約(通商協定)を批准するか否決するかの採決を行う。 2.世界恐慌からの脱出
1930年、世界恐慌の経済対策として、米議会は、大幅な関税引き上げ(1930年関税法)を可決し、施行した。この動きが世界中に拡散し、いわゆるブロック経済の対立を生み出し、第二次世界大戦の原因ともなったと言われている。

関税引き下げを訴え当選したルーズベルト大統領は、1934年関税引き下げの権限を議会から獲得することに成功する。(1934年互恵通商協定法)この法律は時限法であるが延長を重ね1967年失効するまで継続する。

3.ケネディラウンド合意の議会不承認
GATTケネディラウンド(1964~67年)で、議会が政府の合意した協定を部分的に受け入れなかった。(国際アンチダンピング・ルールと米国非関税障壁ASPの撤廃)

国際アンチダンピングについては、米国法(1921年アンチダンピング法)のコード(品目)と一致するもののみ適用とする法律(90-634)を成立させ、ASPについては、国内実施法を成立させなかった。

この時、通商協定より国内法が優先することが、議会と大統領府の共通の認識になった。

4.1974年通商法の成立
このケネディラウンドの合意批准不成立が、交渉官が他国に信憑性を疑わせると心配、ニクソン大統領は東京ラウンドに向けて、ファストトラック法を1974年通商法に挿入する提案を行った。

上院の審議のなかで、議会と相談し、締結90日前には、必要書類を提出するルール、締結後、内…

日韓併合 百年目の真実 李完用が救った大韓帝国

本年2010年8月29日は法律上の専制君主大韓帝国皇帝純宗が勅諭を発表して日本と韓国が合併したことを内外に示してから100年目にあたる。


韓国皇帝の勅諭 皇帝、若(ここ)に曰く、朕否徳にして艱大なる業を承け、臨御以後今日に至るまで、維新政令に関し承図し備試し、未だ曽て至らずと雖も、由来積弱痼を成し、疲弊極処に至り、時日間に挽回の施措望み無し。中夜憂慮善後の策茫然たり。此に任し支離益甚だしければ、終局に収拾し能わざるに底(いた)らん。寧ろ大任を人に託し完全なる方法と革新なる功効を奏せいむるに如かず。

故に朕是に於いて瞿然として内に省み廊然として、自ら断じ、茲に韓国の統治権を従前より親信依り仰したる、隣国日本皇帝陛下に譲与し、外東洋の平和を強固ならしめ、内八域の民生を保全ならしめんとす。惟爾大小臣民は、国勢と時宜を深察し、煩擾するなく各其業に安じ、日本帝国の文明の新政に服従し、幸福を共受せよ。

朕が今日の此の挙は、爾有衆を忘れたるにあらず、専ら爾有衆を救い活かせんとする至意に出づ。爾臣民は朕の此の意を克く体せよ。

隆煕四年八月二十九日 御璽

日韓併合100年目を前に韓国の反日派からの様々な動きがあるのでまとめてみたい。

2010年5月11日のこのようなニュースを目にした。

日韓知識人が共同宣言「日韓併合は当初から無効だった」
看過できないのは多くの日本人学者が関わっているという点 …今回の声明には発起人である和田春樹東京大学名誉教授をはじめ、日韓歴史共同研究委員会の日本側の座長を務めた三谷太一郎東京大学名誉教授など105人が声明に署名している。一方、韓国ではイ・テジンソウル大学明楊教授やカン・マンギル高麗大学名誉教授、詩人の高銀氏や金芝河氏のほか、幅広い層から109人が声明に署名した。… …声明では、「併合は大韓帝国の抗議を軍事力で押さえつけたもので、韓国側が国権の譲与を申し出たとする内容も虚偽(きょぎ)である」と指摘し、日本政府が日韓併合条約について「無効」であることを認め、8月の総理談話に関連内容を盛り込むように、積極的に働き掛けるとしている。… 2010年07月18日には、

日韓併合100年で日本が韓国へ謝罪、中国も大きな注目

8月29日に日韓併合100年を迎えるにあたり、日本政府は韓国に過去の植民地統治を謝罪する方針を明らかにした。17日、環球時報は「日本は韓国側…

日本国憲法24条

日本国憲法を研究していて常々思うのだが、24条は非常に特異な条文だ。14条で男女の同権(平等の権利で単に平等ではない)を規定しているのだから、特に婚姻まで権力が関与するまでもなく、自由な恋愛や婚姻は保障されていると考える方が自然だろう。むしろ自由権の侵害ともいえる。
第二十四条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

○2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
ところが、ダメ押しのように「婚姻は当人同士で決める」と宣言している。当時の男女が制度に縛られて自由な婚姻ができなかった怨念の条文に思えて仕方がない。24条について条文を廃止するという声もあまり聞かれない。あの自民党案でさえ、第1項に「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」と加えただけで、条文はそのまま残るとしている。

日本国憲法の施行当時は「新憲法実施のよろこび 男女の権利は同じ 結婚は父母の同意なくできる」や「堅苦しい戸主権よさらば 男女は完全平等に」などという見出しが躍るように国民にも歓迎されたと思われる。ではこの特異な条文はどのように規定されたのだろうか。日本国憲法に影響を与えた憲法草案要綱にもそのような条文はない。GHQが1946年2月13日に日本政府に手交された草案に以下の条文があった。
Article XXIII. The family is the basis of human society and its traditions for good or evil permeate the nation. Marriage shall rest upon the indisputable legal and social equality of both sexes, founded upon mutual consent instead of parental coercion…

日米憲法比較研究 ―年次改革要望書

日米憲法の比較研究に参考にしているサイトで偶然みつけた原文の、いわゆる「年次改革要望書」だが、TPPと比較してみても面白い。アメリカの戦略なのか執念なのか、はたまた信仰なのか、1994年からもう20年くらいやってる市場開放交渉だ。我国政府も辛抱強くそれに対応していることがわかる。2001年(平成13年)からは申し訳程度の要望書をアメリカに出しているが、要求の多さ細かさはアメリカのそれが圧倒している。つまりアメリカは多年戦略的にアメリカ産業の保護推進を考えて行動しているのに対し、我国は相手が攻めてきてから対応する「専守防衛」に徹している。「攻擊は最大の防御なりという」戦いの格言を忘れているということだ。

11/15/1994
Submission by the Government of the United States to the Government of Japan Regarding Deregulation and Administrative Reform in Japan
11/22/1995
Submission by the Government of the United States to theGovernment of Japan Regarding Deregulation, Administrative Reform and Competition Policy in Japan 03/22/1995
Comments by the Government of the United States on Japan's Interim Deregulation Report 11/15/1996
Submission by the Government of the United States to the Government of Japan Regarding Deregulation, Administrative Reform and Competition Policy in Japan
日本における規制緩和、行政改革および競争政策に関する日本政府に対する米国政府の要望書
11/07/1997
Submission by the Government of the United States to the Governme…

日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと 

日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと ー戦後の日本の解体は『菊と刀』から始まった 高橋史朗 WGIP ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム War Guilt Information Program をご存じの方は多いと思う。大東亜戦争に敗れ、我が国は、歴史上初めて他国の占領を受けることになる。占領当初、我が国指導者の目的は、いや日本国民すべてが、連合国による天皇陛下の処刑阻止にあったと言っても過言ではないだろう。評書は第3章で、昭和天皇の処刑を阻止するために、多くの婦人たちの力があった逸話を挿入しながら、WGIPについて新事実も含め詳細に分析を試みている。

誰が陛下の処刑を止めたのか 当初米国上院は、昭和天皇を戦争犯罪人として処刑することを全会一致で可決しており、マッカーサーは議会から、昭和天皇に戦争責任ある証拠を集めるように命令されていた。しかしフェラーズがマッカーサーに、

天皇を戦犯として裁判にふせば、日本全国に暴動は必死であろう。もし天皇を廃せば、全国的暴動が必死であって、特別警備区以外の白人は暗殺を免れない。
 覚書を出すと、マッカーサーも態度を一転、米国陸軍に対し電報を打つ。

天皇を告発すれば、日本国民の間に想像もつかないほどの動揺がが引き起こされるだろう。その結果、もたらされる事態を鎮めることは不可能である。天皇を葬れば、日本国家は分解する。連合国が天皇を裁判にかければ、日本国民の憎悪と憤慨は、間違いなく未來永劫に続くであろう。―中略―そのような事態が勃発した場合、最低100万の軍隊が必要である。軍隊は未來永劫駐留しなければならない。―後略― これによってこれによって米国政府は昭和天皇の訴追をやめることになる。これは比較的著名な事実だが、評書ではもう一つ、昭和天皇処刑方針を転換するにあたり、重要な事実を紹介している。 それは伊藤たかさんという婦人が、マッカーサーに宛てた直訴状、手紙だという。そして日付のあとには署名血判が押してある。当時の右翼はそのような直訴状を出していないということ、直訴状を出したのは婦人ばかりだという事実を紹介している。
 マッカーサーは昭和天皇と会見し、昭和天皇の "You may hang me" という言葉によって心動かされ、フェラーズの覚書、伊藤たかさん等、日本の婦人…