なかなかないビジネス書 ―『日本陸軍に学ぶ「部下を本気にさせる」マネジメント 』

扶桑社新書 日本陸軍に学ぶ「部下を本気にさせる」マネジメント (扶桑社新書 28)

『日本陸軍に学ぶ「部下を本気にさせる」マネジメント 』の著者拳骨拓史氏とは氏が大学生の頃からの知己である。私が日本近現代史におけるコペルニクス的大転換をするきっかけは、故名越二荒之助先生に薫陶をいただいたからであるが、氏も名越先生の講演を靖国神社で拝聴した時のことを「衝撃をうけた」と述懐する名越塾の筆頭塾生である。

名越先生がライフワークとされていた、「歴史探訪 パノラマツアー」で多磨霊園や青山墓地といった明治維新や大東亜戦争で活躍した偉人のお墓めぐりで、解説を担当していたのが当時大学生の氏であった。氏はあの広大な青山墓地や多磨霊園のどこに誰の墓があるか地図なしでめぐることができ、そしてその偉人についての詳細な解説ができる歴史通であり、また専門は中国史で漢書が読める中国通でもある。

本書はそういった氏の顔とは違い、氏のビジネスである「コンサルタント」の面から歴史を検証する新たな氏の挑戦といえる。帝国陸軍への批判書は失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)はじめ多くあるが、本書はそうした研究へ一石を投じることになる。

第1章 兵法経営は日本陸軍に学べ
第2章 戦略を制するものはビジネスを制す
第3章 伝説のリーダーになる方法
第4章 人間を変えてしまうマネジメント
第5章 情報を作戦に活かす
第6章 価値ある「転進」のために

日本の大企業経営者で帝國陸軍出身者は多い。瀬島龍三元伊藤忠専務をはじめ、スーパードライでキリンをぬき去った中條元アサヒビール副社長、IBMを抜いて当時日本で売上1位となった元富士通山本社長など枚挙に暇がない。

先出の富士通の元社長山本氏は、

士官学校の教育がビジネスの役立ったかと問われるなら、間違いなく大いに役立った。士官学校での教えとは、いかによく戦いをするか、いかに部下がついてこられる環境をつくりだせるか、これにつきた。
どちらも、軍隊ばかりでなく、実社会でも最も大切なことだ。「敵を知り、己を知れ」や「戦わずして勝て」など、士官学校の教えは、そのままビジネスの世界でも活かすことができた。一つ例を挙げてみよう。戦術の基本とは何か?一に方向づけ、二に方策、三に態勢だ。―中略―
私も富士通で通信事業が従来型から光通信に変わろうとするとき、こうした原則を描きながら「選択と集中」という、もう一つの戦術の原則を常に考えてきた。士官学校の教えは、なにも戦争の中だけで生きるものではない。
より普遍的な真理を教えるものだった。それをビジネスの世界に活かしたか否かは、そこに学んだ者たち次第と言えるだろう。(山本卓眞「志を高く」)
ビジネス書で孫子を取り上げることが多いが拳骨氏が理事を務める孫子経営塾代表の杉之尾先生は著書孫子 (戦略論大系)など日本の孫子研究の第一人者である。

孫子研究といえば帝国陸軍をおいて他にないくらい研究されていた。その教えを実践していた組織のマネジメントが悪かろうはずがないというのが本書のスタートだ。