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マリリン・モンローはなぜ死んだのか。

1950年代の後半アメリカ政界に彗星のごとく現われ、その若さと清潔な印象、さらには新興とは言え東部有数の財閥の跡継ぎ息子。美しく才能があり、若き夫のさらに一回りも若いフランス風の名前を持つエレガントで貞淑なイメージの妻ジャクリーン。


華麗なる一族

最愛の一人娘キャロラインと暮らす立派な家庭人。大統領職になった以後もホワイトハウスを走り回る子供達と遊ぶファーストファミリーの父として、全ての国民から愛され、そして尊敬されたジョン・F・ケネディ。しかしその虚像は1975年まったくの偶然から国民の前に明らかにされてしまったのである。

現在では、ことケネディの私生活に関してのイメージは地に落ちたと言わざるを得ない。かつての「アメリカン・ヒーロー」の姿を追い求め、清廉潔白、人生の総てを合衆国に捧げた至高の人・ケネディを胸に描き神格化する人々にとっては、もはや「ケネディ神話の殿堂」の世界に奥深く入り込む以外に方法はなくなったと言えるのではないだろうか。

今回は誠に不本意ながら避けて通れない項目としてケネディの女性関係に言及してみたい。

1975年上院チャーチ委員会

ケネディ大統領の奔放で、時としては無軌道としか言えないような女性関係が表面化したのは、事件から12年した1975年、全くの偶然からであった。当時上院に設置された情報活動調査特別委員会が戦後、歴代のアメリカ政府による外国指導者に対する暗殺工作を取り上げて追及していた。

委員会はこの調査のなかでCIAがキューバのカストロ政権の打倒と、首相個人の暗殺工作を、ケネディ政権の上層部の支持もしくは了解のもとに進めていた事を明るみに出した。それだけでも、国際法や国連憲章に違反する重大な違法行為であるが、CIAがカストロ暗殺計画を進める中で、暗黒街の大物達の協力を得ていた事、こうしたマフィアのドンの愛人が、こともあろうに当時現職の大統領の愛人でもあり、ホワイトハウスや大統領の旅行先で数知れぬ密会を重ねていた事実が浮かびあがったのである。

1975年9月、委員会はこの愛人、ジュディス・キャンベル・エグスナーと名乗る女性を秘密の聴聞会に呼び出して話しを聞いた。しかし、あとで委員会が発表した報告書には、大統領とマフィアの共通の愛人は「ケネディ大統領の友人」とあるだけで、名前は勿論、住所も職業も、それになんと性別すらも書かれていない。

この「友人」は1960年初め、すき通るような青い眼、肩まで届く長い黒髪で大統領選挙中のケネディ上院議員を一日で魅了した、当時26歳の元ハリウッド女優であった。報告書にそんな事を書けば、ケネディ大統領の不倫が、こともあろうに議会の公式文書にのり、しかもアメリカ大統領がマフィアのボス、正確には二人のボス達と愛人を共有したという前代未聞の不祥事を公表することになってしまうからである。

委員長フランク・チャーチは委員長の権限を最大限に使って野党の公表要求を強引に封じ込めたのであった。それにしても、以降25年ほどの間に多数の研究者や関係者の証言、「情報の自由法」にもとずいて解禁された資料などで浮かび上がったケネディ大統領のプライベートな横顔は、どのような角度から見ても大衆を驚かせ、目や耳を疑わせるほどの異常さを帯びていることは認めない訳にはいかない。

この項目を制作している最中にに、またしてもわれわれの耳を疑わせる一通の新聞記事が掲載された。ケネディ大統領とあのドイツの生んだ永遠の美女「マレーネ・デイートリッヒ」との密会の記事である。

確かに1960年の初頭においてはデイートリッヒはすでに60歳を過ぎていたにもかかわらずその美貌は他を圧倒していたと言うが、それにしても、60歳は60歳である。この事が事実であったのならば、我々の心のなかにさらにその異常さに拍車がかかる事も残念ながら認めない訳には行かないのである。

しかし、この様な現実に目をつぶるよりは、ケネディの乱れた私生活を歴史的事実として受け止め、このような性癖や素行を持った政治家が、一方では1960年代の世界政治や国内の政治・経済・社会問題に勇気とビジョンを持って取り組んだ姿を、一つの壮大な「人間ドラマ」として見つめるほうが実り多いものになるのではないかと考えるのは一人自分だけであろうか。

父・ジョセフの影

ケネディの女性関係のあれこれに立ち入る時、常に痛感させられる事は、彼が生まれた億万長者の家が世にもおぞましい不健全な家庭状況であったことである。

ジョン・ケネディの父ジョセフ・ケネディはご承知の通り、飢餓に苦しむ故郷アイルランドを逃れて「新世界」へやってきた貧困移民の三世であるが、株式投機、映画製作、はてはマフィアと手を組んだ、違法な密輸酒事業に手を染め、まさに一代で巨額の富を築き上げた人物である。

評論家マイケル・サリバンは「貪欲こそがケネディ家の唯一無二のモットーであった」と厳しい言葉を吐いている。ジョセフは並みの一代富豪と違い、巨万の富を集めたあとも決して現状に満足せず、手を休める事無く、さらに多くの富、多くの権力、多くの名声を求めて突き進んだ。

彼にとって人生とは次から次へと果てしなく続く力比べであった。その生活信条からくるケネディ家の家訓は「ナンバー2は必要無い。常にナンバーワンであれ。ケネディ家の人間は勝つ為にのみ存在する」といったものであった。そしてジョセフ自身その信条は終生変わる事が無かった。

このような父親が、家庭で子供たちに見せる素顔に道義感がかけていたとしても決して不思議ではない。ジョセフは親代々のカトリック信者として厳しくしつけられて育ったにもかかわらず、事業の面でも家庭生活の面でも倫理観の留め金がみごとに外れていたのである。

父ジョセフの女性遍歴はこのページで一項目を設けてもとても足りないほどのものであり、それらの素顔を見て育ったジョンやロバート・エドワードの心の中に同様の「正義」が植え付けられていったとしても致し方のない事であった。

さらには、彼らケネディ兄弟にとって不幸であったことは、彼らの家族観、女性観を早い時期からねじまげてしまったのは、ジョセフの奔放な生活だけからくるものではなかった。

敬謙なカソリック信者で、夫が留守がちの家庭で数多くの子供たちを女手一つで立派に育て上げ「良妻賢母」のモデルのように伝えられた母ローズも実際には「母親失格」に近い女性であったことが明らかになっている。

ケネディ大統領が友人ビル・ウオルトンに語ったと言われる言葉が明らかになっている。ジョンが打ち明けた母親観とはこうであった。「母は直輸入のファッション洋裁店にいるか、教会でぬかずいているかのどちらかの日常だった。

本当に側に居てほしいときには、いつも家を空けていた。母がこの私を抱いてほほずりしてくれたことは一度もない。絶対に、絶対に一度も無かったよ。」

ジョン・ケネディが終生、数多くの女性と浮き名を流しながら、青年期のごく一時期を例外として、一度たりとも愛におぼれたり、相手に献身的な愛情を注いだことがなかったのは、こうした心理的な「両親不在」の寒々とした家庭環境からきたものと思われる。

そしてその悲劇は大統領自身の家庭においても演じられてしまったのである。彼は、上院議員時代の1953年に結婚したジャクリーンを人前ではごく大切に扱い、ホワイトハウスに入ってからも一貫して「愛妻家」のイメージを守り続けた。だがケネディにとって妻とは政治家の欠くべからざるアクセサリーでしかなく、決してそれ以上のものではなかったのである。

そして、自分に期待されるこのような役割を自覚したジャクリーンも、そうした虚像を自分の側からも積極的に作り上げ、夫とは全く別の世界で生きるようになる。皮肉なことにケネディは30年ほど前の父ジョセフの役割を、ジャクリーンは同じく義母ローズの役割をそっくりそのまま演じていたのである。

そしてケネディ亡き後のジャクリーンは自由を得た白鳥のごとくアメリカを捨てたのである。「最愛の夫を奪ったアメリカを、私は生涯憎む」という大義名分を翼として。

大統領が愛した「暗黒街の恋人」達

ケネディ暗殺事件の一年三ヶ月前の1962年8月5日一人の女性の死を伝えるニュースが全世界を駆け巡った。ノーマ・ジーン・モーテンセンと言う名の女性の死を伝えるものである。この名前では分かるまい、1950年代のアメリカと世界を沸かせた「性の女神」こと「マリリン・モンロー」その人である。
彼女の死は40年近くなった現在でも尚、自殺説、他殺説が交錯しケネディの死同様にアメリカ国民の猜疑の目でみられている。そのモンロー自身もケネディの愛人であり、「キャメロット伝説」の重要な脇役の一人であった事実は当時のアメリカ国民が驚きながらも、現在では受け入れられつつある。

しかも彼女の交友関係は一人大統領にとどまる事無く、弟ロバートとの錯綜した愛情関係がからんでいたと言う衝撃的な事実もあきらかになってきている。

写真は1962年5月20日、大統領の誕生日祝賀パーティーの席上でマリリンが「ハッピー・バースデイ」を歌って祝福した時に舞台裏で撮影された、ケネディ兄弟とマリリンの三人が写った写真であるが、この写真を見たロバート・ケネディは激怒し、この写真を司法省の権力を使って非公開とさせたと言われるいわく因縁付きの写真である。
彼女が死亡した頃のマリリンの自宅周辺はFBIやマフィアの手先達がうろつき、彼女自身の行動はこの二つの組織の完全な監視下に有った事が明らかになっている。

ではなぜ一介の映画俳優(とは言ってもモンロークラスになれば”一介の”とは言えないであろうが)の行動が公の国家捜査機関や暗黒街組織の監視の対象になったのであろうか?FBIの監視は国家安全上の大統領に対する”保護処置”との名目に守られたフーバー長官の延命工作の一環であり、同様にマフィアの監視はマフィア組織の存続をかけた対ケネディ一族との戦いの一環であった事は明らかである。

そして、このマリリンとジョン・ケネディとの交友関係の始まりにも、マフィアの魔手が働いていたという事実も又明らかになっているのである。ケネディ大統領の危険な「火遊び」の相手は、当然ながらマリリン・モンローだけではなかった。

80年代後半に公表されたFBIの報告によると、フーバー長官直々の指令でケネディのホワイトハウスを事実上”監視”していたFBI当局は2年10ヶ月あまりの短い在任期間中に、ケネディ大統領がホワイトハウス及び遊説先の各地で「親密な関係」を持った女性を少なく見積もっても32人以上であるとし、そのリストをフーバーに報告している。

この中ではマリリン・モンローの知名度には及びもつかないが、交遊の深さと、とりわけマフィアの巨頭と大統領の連絡をとりもったことで重要な役割をはたした女性が、前述のジュディス(愛称ジュディ)・キャンベルであり、その存在は際立っている。

ケネディは、大統領選挙戦中から始まり、当選して大統領就任後も二年足らずの間にジョージタウンの自宅やホワイトハウスで確認されただけでも約20回ジュディと二人だけの時間を過ごした。

ジュディがホワイトハウスにかけた電話の回数が約70回、すべてFBIによって確認されており、なかにはジュディのもう一人の愛人でシカゴ地区を取り仕切っていたマフィアのドン、サム・ジアンカーナの自宅から公然とかけていたものも含まれている。

ジュディの後年の回想によると、大統領とマフィアののボスとの共通の愛人と言うユニークな立場にあって彼女が「使者」として実現させたケネディとジアンカーナの直接の会談は10回に及び、その内の一度は所もあろうにホワイトハウスで行われたと言う。

モンローとジュディに代表されるケネディ大統領のきわどい女性関係は、当然ながらマフィア首脳たちから詳しく監視され、しばしば秘密のテープレコーダーで録音された。

これがマフィアによって脅迫の材料にされたら、ケネディの大統領職の遂行にも重大な影響が出るだけでなく、アメリカ国歌の安全保障にさえも影響が出る可能性が十分にあった。ジャクリーン婦人の従兄でケネディ研究家として知られるジョン・デービスは「200年に及ぶアメリカ大統領政治のパノラマの中で、モンローとジュディを相手にしたケネディの二つの情事は、きわめつきの”危険な関係”であった」と断言している。

その後のジュディスは大統領暗殺後、一時ジアンカーナと共に暮らし1972年一回り年下のプロゴルファー、ダン・エグスナーと結婚つい先年1999年9月27日、65歳で亡くなった事は談話室においてご報告した通りです。

利用された情事

モンローの監視、さらにはホワイトハウスの監視と、少なくとも政府直属の機関が直属の上司のトップである大統領の周辺を監視するなどと書いたが、ある意味では、フーバー長官が、アメリカ政府の神経中枢であるホワイトハウスにマフィアの巨頭たちの影響が及ぶのを恐れて、ホワイトハウスを秘密のうちに監視下に置いた。と、好意的に解釈する事は可能である。
しかし現実は違っていた。フーバー長官はその在任中「アメリカにはマフィアと言うような犯罪組織は存在しない」と公言していた事は有名な話である。

したがって、フーバーが部下達にケネディのホワイトハウスを監視させ、詳細な報告を本部に送らせていた最大の理由は、時の権力者ケネディの個人的な弱みを握り、FBI長官としての自分の地位を半永久的に守るための道具にしたと考えるほかない。

ある日FBIの執拗なまでの監視に思い余ったジュディは、ケネディに訴えた。国の最高権力者だから、政府の一組織に過ぎないFBIの「行き過ぎ」など、ツルの一声で終わらせてくれるものと期待したのである。

ところが、帰ってきた返事は意外にもそっけないものであった。「気にするな。連中はなにもしやしないよ。放っておけばいい、フーバーが私に仕返しをしているだけなんだ。あの妙ちくりんな野郎め!」というものだったとジュディは回想している。

そして1962年3月22日、決定的な瞬間がやってきた。この日の午後1時、フーバーはケネディ大統領からホワイトハウスでの昼食に呼ばれたのである。ケネディはこの会談でフーバーにFBI長官としての「引導」を渡すつもりであったといわれている。

若くしてフーバーの上司となったロバートは、自分が先頭に立って大々的に進めている犯罪組織”マフィア”撲滅運動にフーバーが全く協力する姿勢をみせないのに激怒し、兄、大統領に対してフーバーの更迭をしきりに訴えていた。

大統領はフーバーを嫌う点では弟にひけをとらなかったものの、政財界、報道界などに隠然たる影響力を持つこの老獪な官僚のクビをうまく切れるかどうか確信が無かった。そして、フーバーが自分の私生活の隅々まで熟知しており、フーバーと政治的に「心中」でもしない限り、FBI長官の座から追い払う事の出来ない事を、まもなくいやというほど知らされる事になるのである。

3月22日の会談はホワイトハウスの二階にあるダイニングルームで昼食をはさんで延々4時間に及んだ。同席したのはただ一人、大統領の”忠臣”オドンネル補佐官であった。会談の中味については後年いろいろな事が書かれているが、詳しい事は何一つ解っていない。

ただ一人生存しているオドンネルはずっと後になって、会談が終わったあとケネディが怒りを爆発させ「あの野郎を片つけてしまえ!どうしようもなく目ざわりな野郎だ!」と自分自身に叫んだと回想している。上品なカソリックの家庭に育ち、名門ハーバードを出ているのに、ケネディの乱暴な言葉つかいは知らぬ者とてなかった。

フーバー長官も、通常はいつも会談の内容を几帳面なメモとして残す事で有名であったが、この時ばかりは、一切のメモ、記録を残させなかったと言う。

しかし、あらゆる状況証拠を総合すると、この席上フーバーはFBIが集めた資料や情報の結果として、ジュディス・キャンベルなる女性が頻繁にホワイトハウスに電話をかけている事、この女性はマフィアの首領ジアンカーナ、さらにはその右腕と言われるロゼリと情を通じている事、さらにはCIAが暗黒街の首領達を動員してカストロ暗殺計画を進めており、ジアンカーナもその計画に参画している事などを大統領に告げ、早急な対応を要請したと見られる。

ジュディとの関係は1960年の時点でフーバーの耳に入っていたが、この会談の席上フーバーが直接大統領に向かって、マフィアの愛人と手を切るように進言したとは思えない。頭の回転が人一倍速いケネディには、きわめて間接的な表現で攻めるほうが効果がある事をこの老獪な情報官僚は熟知していたと思われるからである。

この瞬間、ケネディはフーバーの首を挿げ替える事をあきらめた。フーバーは合衆国大統領を相手に一世一代の「脅迫」を試み、まんまと成功したのである。

しかしながら、その後明らかになった事実、フーバーが自分自身では存在すら否定していたマフィアの首領達との「黒い交際」の事実が明らかになるに及んで、フーバーがケネディ兄弟の自分に対する憎悪が頂点に達していることを知った彼が、みずからの保身のために(勿論、積極的ではないにしても)何らかの陰謀を知ったと仮定した時点でそれを「黙殺」した可能性を全く否定することが出来ない状況下にあった事は、あくまでも「私の個人的な意見」とお断りした上での状況判断であると言わざるを得ない。

事実、フーバーを解任しようと試みた大統領は、彼が長官として仕えた7人の大統領の中でケネディ大統領ただ一人である。そして1972年、77歳のフーバーは現役のFBI長官としてこの世を去った。時の大統領ニクソンは彼の死にたいして「国葬」の礼をもって臨んだのである。

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国際関係論で論じられる理想主義

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日韓併合 百年目の真実 李完用が救った大韓帝国

本年2010年8月29日は法律上の専制君主大韓帝国皇帝純宗が勅諭を発表して日本と韓国が合併したことを内外に示してから100年目にあたる。


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故に朕是に於いて瞿然として内に省み廊然として、自ら断じ、茲に韓国の統治権を従前より親信依り仰したる、隣国日本皇帝陛下に譲与し、外東洋の平和を強固ならしめ、内八域の民生を保全ならしめんとす。惟爾大小臣民は、国勢と時宜を深察し、煩擾するなく各其業に安じ、日本帝国の文明の新政に服従し、幸福を共受せよ。

朕が今日の此の挙は、爾有衆を忘れたるにあらず、専ら爾有衆を救い活かせんとする至意に出づ。爾臣民は朕の此の意を克く体せよ。

隆煕四年八月二十九日 御璽

日韓併合100年目を前に韓国の反日派からの様々な動きがあるのでまとめてみたい。

2010年5月11日のこのようなニュースを目にした。

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日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 第2章

合衆国憲法の第 2章は大統領についての言及だ。1章の議会についての言及に比べてたった4条のシンプルな条文になっている。このことからも建国当時のアメリカが大統領をどう位置づけようとしていたかが伺われる。多くのことを議会で法制化し法律に基づいて行政部門が執行させるが、国民統合のシンボルとして王に代はる象徴が必要だったということだろう。合衆国大統領の権限は思いの外少ない。

第2条[大統領の権限]

[第1項] 大統領は、合衆国の陸軍および海軍ならびに現に合衆国の軍務に就くため召集された各州の 民兵団の最高司令官である。大統領は、行政各部門の長官に対し、それぞれの職務に関するいかなる事項についても、文書によって意見を述べることを要求することができる。大統領は、弾劾の場合を除き、合 衆国に対する犯罪について、刑の執行停止または恩赦をする権限を有する。

[第2項] 大統領は、上院の助言と承認を得て、条約を締結する権限を有する。但し、この場合には、 上院の出席議員の3分の2の賛成を要する。大統領は、大使その他の外交使節および領事、最高裁判所の 裁判官、ならびに、この憲法にその任命に関して特段の規定のない官吏であって、法律によって設置され る他のすべての合衆国官吏を指名し、上院の助言と承認を得て、これを任命する。但し、連邦議会は、適 当と認める場合には、法律によって下級官吏の任命権を大統領のみに付与し、または、司法裁判所もしく は各部門の長官に付与することができる。

[第3項] 大統領は、上院の閉会中に生じるいっさいの欠員を補充する権限を有する。但し、その任命 は、つぎの会期の終りに効力を失う。

どこの政党かは失念したが、権限の少ない日本の議院内閣制では意思決定が遅く手続きが煩雑なので、大統領制にすべきだと主張されていたが 、その政党は合衆国憲法を読み直すべきだ。合衆国では議会が大きな権限を持つため、寄り合いの会長的な大統領には予算を作成する権限すらない。
一方日本国憲法の第2章は施行当時から論議を呼んだ戦争の放棄条項いわゆる平和条項だ。

第2章 戦争の放棄〔戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認〕

第9条日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 前項の目…

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 第1章

近代憲法は、主権者である国民の意志として、組織される政府に対する命令書なので、前文は、その意志を表現したものがふさわしい。そしてその目的を明確にする必要がある。さらにその目的のために、憲法を制定するわけなので、そういうことを頭に入れたうえで、再び前文を読むと、合衆国憲法は、

われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここに アメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。
目的意志がシンプルかつ明確に表現されている。これと比較して、日本国憲法における国民意志もしくは達成したい目的は、

政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。に色濃く現れ、

これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
が次にくる。なぜわざわざ一切の憲法と法令と詔勅と断る必要があるのだろうか。ここにこの憲法を制定した意志があるのではないだろうか。そして最後には、

国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

目的を達成することを、宣言命令するのではなく誓ふ。さらに誓ふ対象も明記されていない。我々日本国民は、誰に対して目標を達成することを誓ふのだろうか。 これに答えを出せる憲法学者や国会議員が、我が国にはどれほどいるのだろうか。国民はそれを疑問とも考えていないのだろか。

第 1 章はその意志を具体化する、そして目的を達成するための第一歩ということだ。最重要なことを最初に申し述べているのである。アメリカ合衆国にとって最重要なことは法の支配、法による秩序であり、日本国では天皇―スメラミコトによる秩序―これをしらすという―であるということだ。大日本国憲法では、

大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス

と統治の根拠となる天皇が過去、現在、未来に渡つて、日本国と日本民族の秩序の源であることを示している。この場合の統治とは伊藤博文が解説するように、しらすであり現実的な権力、うしはくと厳密に分けなければならないのである。

合衆国憲法は合衆国の秩序は法によって護られるゆえ、第 1 章では立法府についての規定が列記される。一方、日本国憲法では天皇についての条項が…

情熱的な非寛容者たち ―キリスト教の歴史

宗教と言うとキリスト教、イスラム教、仏教、ユダヤ教、ヒンドゥー教などが浮かぶであろう。戦後の日本人は誇りと共に宗教心や宗教観も喪失してしまい、宗教と言うと多くは新興カルトしか頭に浮かばないであろう。オウム真理教は地下鉄サリン事件などいくつかの殺人事件を命令、実行したとして現在松本被告の死刑は確定しているが、過去キリスト教にそれに比べれば、いささか不謹慎の誹りを被害者ご遺族に受けるであろうが、規模もその残虐さも桁違いに違う。

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 前文

これから日本国の新憲法草案を提案しよう。どうしてそう思ったかは単純だ、今の日本国憲法は近代憲法の要件を満たしていないと思われるからだ。近代における国家は主権者である国民の国家形成への強い意志によって成り立っているとする。―するとしたのはもっと奥深い部分では違うと考えているが、近代に対応するためにそう仮定することにしよう。

近代思想において国家は、たとえ国民がひとりでも、国民意志があれば形成することができるとされる。しかしそれは利己的な個人意志ではない。五箇条の御誓文で公論と示された、意志を国民主権では民意というのであって、それがなければ近代国家は存在しないのである。さらにその意志は個々人の中にある不条理で熱い志であり、それを顕現しあるいは不当な隷属の強要から擁護されなければならないと考えている。

そして近代における憲法はその国家を統治する権力を制限するために制定するものであり、国民から政治権力への手紙であり、もっと強く表現すれば命令書として機能するのもである。よって国民が必ずしも従うべきものではないという性質のものである。
統治体というのは国際的には近代国民国家が国際関係を維持するため、またはその関係が破綻した場合に起きる紛争を解決したり、戦争を遂行し条約を締結するための代表府である。同時に国内においては共同体秩序を維持発展させるために制度や法律を制定する立法府、制定された法律をもとにそれを執行する行政府、そして行政が正しい手続きで行われているかを監視したりあるいは手続きの瑕疵を判断する裁判所などの組織のことである。

しかしこれらの組織は主権者である国民の自由を拘束したり法律を不当に行使したりする可能性があるので主権者は組織に対し、してはいけないことと、積極的にしなければならないことを文書によって命令する、それが憲法の本質なのである。そういう視点をもって世界最初の憲法らしい憲法であるアメリカ合衆国憲法と戦後アメリカの占領下制定された日本国憲法を比較してみよう。


アメリカ合衆国憲法(日本語訳)
前文
われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここにアメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。The Constitution o…

TPP交渉における日本の戦略 ―ボーキング先戦略ができる政治家が必要

TPPについての議論をまとめた。おそらくボーキングという戦略を考えてる政治家は皆無だろうが、TPPについてはボーキング戦略で均衡を保つのが最良だと考える。
TPPの議論で残念なのは賛成派は運命論「参加しなけてばバスに乗り遅れる」、反対派は陰謀論「アメリカの日本に対する市場開放要求の屈するな!」、なにか幕末の開国派と攘夷派の議論のようだ。 陰謀論といったのはわかりやすくするためで、オバマ周辺のリベラルなユダヤ人が、今自分たちに向けられている非難を少しでもやわらげるためにとっている戦略だと認識している。

アメリカはアメリカのパワーを最大限に利用して"パックス・アメリカーナ"を達成したい元リベラルなネオコンと自由貿易による経済発展こそが平和を達成するという、純なリベラルとが共和、民主に分かれて政権をここ20年担当しているが、現在オバマ周辺は後者だろう。クリントン周辺と類似している。
結局クリントンの時に始まった日米構造協議やその後の年次改革要望書の延長がTPPだろう。
自由貿易はできるだけ推進しなければならない。なぜなら保護貿易では日本は立ちゆかない。大東亜戦争の原因の一つはアメリカが日本からの加工品にかけた高関税で日本の生糸の輸出が大打撃を受けたからだ。 バークやハイエクも自由貿易には価値を認めている。保守主義と自由貿易とは元来同一線上にある考えだ。

その裏には一定のルールによって行なうという法の支配の思想がある。私も法の支配下における自由貿易には大いに賛成である。しかし経済学にもある通り、市場というものは双方が同じ情報を共有している場合において均衡するものである。

よって一時的に片方が情報的に優位に立つことによって不均衡が生じる。幕末における欧米諸国と日本の金と銀の価値の違いで日本は損失を被った。

また工業化の遅れは輸入超過を招き、それまでの国内産業に致命的な打撃を与えた、こういった状態に対応するために関税があるのだ。関税自主権は不均衡に対する唯一の武器だといえる。
資源のない我が国は英国のように名誉ある孤立する訳にはいかない。資源を輸入しなければならないからだ。TPP推進派の議論の核心はこの辺にある。それは否定しない。各国が保護主義に走り、加工品に高関税をかけ出したら、資源ない日本とドイツの経済は困窮する。これは1930年代と相似する。 ドイツ…

眞子内親王殿下と小室圭氏の恋の行方を憲法で考える

憲法24条はまもられるのか?
日本国憲法24条
婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

日本国憲法では婚姻の自由が権利として認められている。前回の投稿でも示したが、第24条は日本国憲法で唯一国民に受け入れられた条文ともいえるので社会の根幹である家族を生み出す唯一の条件が「両性の合意のみ」とした、つまり愛が結婚の認証基盤だとうことだ。


憲法では陛下や秋篠宮文仁親王及び紀子妃殿下がそれを拒否しようがしまいが関係がないと規定している。しかし人権がご皇室にも適用されるかどうかの人権の享有主体性の問題はある。紀子妃殿下や皇后陛下のご心配ははかり知れないが、陛下はご結婚をすでに許可されているので、眞子内親王の心変わりがなければ、延期にはなるが破談になることはないだろう。なぜなら、陛下は日本の立憲君主、象徴天皇としての立憲的立場をよくわきまえていらっしゃるからだ。

もし内親王と圭氏の強い意思で結婚を希望したが、文仁親王や妃殿下のご意向で破談になるようなことがあれば、それは明らかな憲法違反となることだろう。圭氏の母親がどのような人物だろうが、婚姻は憲法では「両性の合意のみに基いて成立」するのである。 母親の借金などということと婚姻とは全く無関係なのである。私は眞子内親王には是非そのようなことで愛する男性との婚姻をやめてほしくはない。勿論合意がなければ―つまりそんな男愛せないと、おっしゃれば別だが。