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現代日本にかけているもの ―リーダーの条件

こけたら立ちなされ!

日本経済がおかれた状況を多くの経済学者、評論家が分析しているが概ね意見が一致している。米国、欧州における金融バブルによる過剰な消費の内、日常品は中国、その他嗜好品、高級品は日本の輸出で消費され、その消費地の米国、欧州が金融危機でいっぺんに消費が落ちたので、日本の輸出産業が周辺産業とともに業績が悪化した。同時に起こった円高がそれに拍車をかけて今日のこの惨状を迎えていると言ったところである。

しかしながらその対策と言えば今度は千差万別、十人十色、百花繚乱だ。そのような状況下米国、欧州、日本などの先進国政府は国民の要求により、現在は社会主義経済かと思えるほどの財政政策を実施している。

未曾有の金融危機、百年に一度の経済危機と今回の一連の金融システム崩壊を形容しているが、各国の指導者の危機に対する対応はと言うと必ずしも充分とはいえない。多くの戦史やスポーツや経営で危機的状況から脱出した逸話は多くある。たとえば経営の神様、松下幸之助は「こけたら立ちなされ」と言ったという。

また日露戦争の黒溝台の会戦で窮地に陥った秋山支隊を、急遽救援に派遣された第8師団(立見中将)は、逆にロシア軍に包囲されてしまう。このとき立見中将は隊長を集めシナ長持ちに乗り地団駄を踏み叱咤激励をする。そしてその長持ちを踏み潰してしまう。隊長たちは立見中将の滑稽さと長持ちを踏み潰してしまうほどの血気によって勇躍して、全滅の危機から脱出することになる。

日露戦争では他にも大山元帥が満州総軍の総司令官に親補された時、参謀長の児玉源太郎に作戦は児玉さんに一任するが、負け戦になったら自分が指揮をとると言っていたと言う。

これらの逸話はすべて危機に際しての組織のリーダーのあり方を示唆している。危機に際して人は過度の不安を持つ。理論理屈はわかっていても現状の悲惨さから悲観的な結論しか見出せなくなるのものである。そのような状況でいくら理論理屈を吐いても無駄である。
  1. 不安な気持ちを払拭させること。状況をシンプルに考えさせること。そして将来の展望を示唆すること(こけたら立てばいい)
  2. 強い信念を表現すること。なにがあってもくじけないということを率先垂範すること。人を責めるのではなく、自身の不甲斐なさをせめる。(助けにきたのに包囲されてしまって地団駄踏んでる自分に叱咤激励)
  3. 最後には責任が自分(リーダー)にあることを示唆する。(負け戦になったら自分が指揮をとる)
危機に際しては高尚な理論ではなく、とにかく人心把握なのである。リーダーは部下や組織の構成員に対し、未来を与え、激励し、責任の所在を明らかにすることが大切なのである。僕が知る中でこれらのことを未曾有の危機的状況において行ったのは、畏れ多くも大東亜戦争終戦時の先帝陛下ではなかったかと思う。

大東亜戦争の天皇陛下

大東亜戦争前に日本はソ連の諜報活動より全体主義的社会が意図的に醸成されてしまった。国防や経済、外交担当者など政策実行者に多くの全体主義者が入り込んでしまった。彼らは侵略をしてくる欧米列強へ対抗する、国民的要求と一見すると合致しているかのように見えたので、利用するものと利用されるものを判別することが困難な状況を造り出してしまった。

「高度国防国家」は外圧に対抗する上で醸成された国民的要求であったが、ソ連の狙いもそこにあった。つまり国民的要求として全体主義体制を確立させて、支那、米国との戦争で疲弊させたのち、コミュンテル主導による革命を勃発させて、スターリンは革命成立後国家社会主義者を放逐して日本を国際共産主義体制に組み込む予定であった。

ある意味欧米が言うところの第二次世界大戦はドイツ、イタリア、日本のナショナリスト国家対ソ連コミュンテルン連合と植民地社会主義宗主国連合の戦いであった。イギリス、アメリカも当時は自由・資本主義とは名ばかりの社会主義的経済体制になっていた。さらに米国大統領周辺にもソ連のスパイや共産主義シンパが多数おり、巧みに日本への包囲を完成させていた。

また世界経済の中枢を担っていたた多くのユダヤ人は非戦リベラルな態度をとりながら、英国の中東政策をイスラエル建国へ向けさせようとしていた。ドイツが中東、アフリカを席巻するとドイツ国内でイギリスを支援する動きが活発となり、その動きを押さえにかかったヒトラーはホロコーストを起こした。

もともとドイツ、イタリヤとはスタンスの違う日本政府はユダヤ人に対し保護を与えた。杉原千畝領事や樋口少将は独断でそれを実行している。当時の樋口少将の上司、東條英機関東軍参謀長は樋口の行為に対し、ドイツ当局が抗議をしてくると「日本はドイツと同盟はしているが、属国ではない。日本が何をしようが日本の権益が及ぶ範囲では貴国が口出しする権利は無い。陛下は助けを求める者を見捨てることはしない」とドイツの抗議を一蹴している。

当時の世界情勢はまさしく奇奇怪怪である。主義主張と実利が複雑の絡み合いまったく明日がどうなるか、分からない状況であった。情報を持つものと持たざるもの、持っていてもそれが事実なのかどうか、相互的に情報の非対称性があり意思決定が出来にくい状況であった。

イギリスを中心とするヨーロッパ各国はヒトラーの台頭を制限的に認めようとして失敗している。チャーチルは「ワニに食われないように祈りながら餌をやっている」と当時のことを回想しているように、ヒトラーの意図を正確にはわかっていなかった。

日本では陸海軍の情報系将校たちはエネルギーや鉱工業生産量、あるいは政治世界の潮流などを理由に開戦に反対していたが、参謀本部作戦課や軍令部作戦課などは軍事戦略的見地から開戦やむなしとしていた。これは一つの国や世界をまったく違う情報で分析、認知していることによるギャップである。

イギリス、フランスはヒトラーに対する対応が誤りだったことに気付くと一転、徹底的に叩き潰すことに政策を切り替えた。新たにリーダーとなったチャーチルは傍観しているアメリカに歯の浮くようなラブレターを送り、敵の敵は味方の論理でソ連を懐柔する。ヒトラーがソ連と敵対するとそれまでチャーチルのラブレターに見向きもしなかったアメリカだったが、ソ連のスパイやシンパがアメリカを対ヒトラー戦争へ参戦させた。

日本は最初から植民地宗主国、共産ソ連と対峙していたので英米ソが手を握った瞬間から世界を相手に開戦しなければならなかった。しかし叡慮を慮った東條首相は国策要綱の見直しを下令するも統帥権によりうやむやになりやむなく開戦した。

陛下は開戦と同時にバチカンへのパイプは絶やさないようにとの指示を側近に与えていたようであった。そしてこの戦争が植民地解放と共産主義への戦いであることを隠密裏にバチカンへ伝えているようであった。陛下のことを論ずることは畏れ多いことであるが、名君としての陛下があまり語られていないので少し続けたいと思う。

開戦後の陛下は一転、戦う君主になられた。真珠湾攻撃の攻撃隊隊長淵田美津雄の回想に、陛下へ真珠湾攻撃について御前説明したとき、淵田が自分で描いた図で攻撃の詳細を説明していると陛下は技術的な面にまで入る込んでご下問があったという。また戦況が悪化した19年、最初の神風特別攻撃隊について海軍が奏上すると「そのようなことまでやらなくてはならないのか。しかしよくやった」と言うことをおっしゃられた。

そうして終戦時ポツダム宣言受諾か否かで紛糾する御前会議において、自らが国民に対し責任を取ることを宣して立憲君主のお立場を逸脱するかたちで戦争を終結された。

天与のリーダシップ

本稿はリーダーシップについて論じることを目的としているので大東亜戦争についての歴史記述はここまでにするが、上記はリーダーシップについて多くの示唆を与えてくれる。
  1. あらゆる可能性を検討し、なおかつ広い視野を持つ。(陛下のバチカンに対する助言や経済的影響への憂慮など)
  2. 下された決定には従い、尚且つ率先垂範して行動する。(陛下は戦争には反対であったが国民民意として開戦してからは徹底して遂行に努力されている)
  3. 最後には責任を取る覚悟が必要。(自らの意思と違う決定が組織としてなされた場合でも責任者は自分であることを示すこと)
リーダーシップには天与のものと人与のものがある。たとえばトヨタが現在の状況を打開する為、創業家の章男氏が社長に就任したが、これなどは豊田章男新社長の個人的(人与)リーダーシップに期待するというよりは創業家という権威(天与のリーダーシップ)に組織が期待した例であろう。特に危機に際してはこの天与のリーダーシップが重要になるのである。組織構成員へ不利益な意思決定をしなければならない時(たとえば事業撤退のような)にはこの天与のリーダーシップが発揮されることになる。(実際はあまり機能しなかったというか章男社長に天与のリーダーシップが付与されていなかった。)

組織運営は好調時はだれが舵取りをしてもうまくいくものである。しかし一旦状況が悪化してくると組織構成員はリーダー不振に陥り、志気が落ち、組織行動が停滞して崩壊する。そういったときは(状況の悪化の度合いで)リーダーがたとえ人格的にすばらしく、知識豊富であっても人身把握が困難な場合がある。(前稿のようなリーダーシップが困難)そう言う最悪の状況下ではもはや天与のリーダシップを発揮しなければならない。

我国の現在の状況はまさしくこの天与のリーダーシップを欲しているのである。

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朝日新聞も毎日新聞も、今こそ憲法第9条を遵守するよう社説を書くべき

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II War as a sovereign right of the nation is abolished. Japan renounces it as an instrumentality for settling its disputes and even for preserving its own security. It relies upon the higher ideals which are now stirring the world for its defense and its protection.

No Japanese Army, Navy, or Air Force will ever be authorized and no rights of belligerency will ever be conferred upon any Japanese force.

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として、国連軍としての行動と加盟国の軍の行動を規定しているが、その頼みの国連常備軍は待てど暮らせど組織されたことはいまだない。当然国連常備軍は各国にもしくは各地域に常駐することになる。米国を例にすると、州軍と連邦軍の関係といえる。
ICBM迎撃も憲法違反 現在の北朝鮮は国連の決議に反して核ミサイルを開発し…

国益とは時間と空間である

時間と空間に関わる利益が真の国益である 国益とは さて国益とはなんだろうか。国益(national interest)は利益であるから経済的な意味合いが強いのは当然だ。当然経済的という具体的な側面も必要である。民主政体であるかぎり具体的な数値でその支持を得ることは必要だからだ。では経済的利益以上に重要な国家の利益があるのだろうか。もちろん答えはイエスだ。それは領有権(領土領空領海)と歴史と伝統に関わるものだ。この両者こそが真の国益ではないだろうか。

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そしてこの国益を守るために近代、付与されたのが国民の利益であると考える。国民は国家を守る義務を負うため政府権力から特別の権利を付与されている。憲法で保証される諸権利の正統性は国益を守るという事のみに由来する。過去ギリシャの都市国家やローマ市民も、奴隷でないものは国家防衛の義務を追っていた。奴隷は戦争は免除されていた。

市民は奴隷を支配する権利と引き換えに国家防衛のためには命を捨てなければならなかったのである。諸権利は唯一国家防衛の義務を果たすための利益にすぎないのである。これをこんにちにあてはめれば、国家防衛のための国民の利益であるといえないだろうか。安全保障を他国に譲っている国家は独立国とはいえないうえ、国民すら存在しないといえる。


TPPと慰安婦問題 平成23年11月17日、李明博大統領が来日したが、第一声で慰安婦問題の解決に言及した。これは韓国の憲法裁判所が今年8月に「賠償請求の具体的措置を政府がとってこなかったのは違憲」とする判断を出した事による。これらの賠償に関する諸問題はすでに日韓条約締結時に「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」となっているにもかかわらずだ。

先に歴史と伝統に関わることを私は国益であると定義した。慰安婦問題はまさしく国益である。我が国の官憲が朝鮮半島女性を半ば強制連行して大陸派遣軍の慰安所に拘束し売春行為をさせていたという、事実に反することで我が国の首相が相手…

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 前文

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近代思想において国家は、たとえ国民がひとりでも、国民意志があれば形成することができるとされる。しかしそれは利己的な個人意志ではない。五箇条の御誓文で公論と示された、意志を国民主権では民意というのであって、それがなければ近代国家は存在しないのである。さらにその意志は個々人の中にある不条理で熱い志であり、それを顕現しあるいは不当な隷属の強要から擁護されなければならないと考えている。

そして近代における憲法はその国家を統治する権力を制限するために制定するものであり、国民から政治権力への手紙であり、もっと強く表現すれば命令書として機能するのもである。よって国民が必ずしも従うべきものではないという性質のものである。
統治体というのは国際的には近代国民国家が国際関係を維持するため、またはその関係が破綻した場合に起きる紛争を解決したり、戦争を遂行し条約を締結するための代表府である。同時に国内においては共同体秩序を維持発展させるために制度や法律を制定する立法府、制定された法律をもとにそれを執行する行政府、そして行政が正しい手続きで行われているかを監視したりあるいは手続きの瑕疵を判断する裁判所などの組織のことである。

しかしこれらの組織は主権者である国民の自由を拘束したり法律を不当に行使したりする可能性があるので主権者は組織に対し、してはいけないことと、積極的にしなければならないことを文書によって命令する、それが憲法の本質なのである。そういう視点をもって世界最初の憲法らしい憲法であるアメリカ合衆国憲法と戦後アメリカの占領下制定された日本国憲法を比較してみよう。

アメリカ合衆国憲法(日本語訳)
前文
われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここにアメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。The Constitution o…

国際関係論で論じられる理想主義

―リベラリズムー 誤解されるリベラリズム リベラリズムほど解釈が多様にある言葉はないと思う。日本語では自由主義と訳される場合が多いのだが、昨今では自由主義とリベラリズムは対立する政治姿勢ともいえる。よって自由主義をリバタリアニズムと呼ぶのが一般的になりつつある。本稿の場合はリベラリズムを社会自由主義的な用法、ようするに国際関係論で論じられる理想主義として論じることにする。




20世紀の戦争 20世紀は戦争の世紀と呼ばれるように産業革命による技術革新が戦争を巨大化、無慈悲化させた。世界は巨大化・無慈悲化する戦争に対して、一定の規則を締結したが、その後に勃発した第一次世界大戦は大規模かつ無慈悲な消耗戦によりヨーロッパ社会に大きな衝撃を残した。

第一次世界大戦の塹壕戦や化学兵器の使用は、ただ敵を消耗させるための戦略で、それまでの戦争とは様相が大きく変化した。戦争は国家が軍に命令して、軍が名誉をかけて行う営みから、国家国民全体で行う営み全体戦争つまり総力戦へと変容した。

パリ不戦条約(戦争抛棄ニ関スル条約)は大戦のような悲惨な戦闘を二度と繰り返さないために交戦国、非交戦国も含めて63カ国が署名した。目的は戦争の違法化、特に侵攻戦争の違法化を目指したが、最終的には侵攻戦争を非難するにとどまった。




貧困が戦争を起こす もし社会が現状で固定されるとしたら、現在比較的幸福な人はいいが、もし不幸な人はどうだろうか。それはその人の希望を奪い去ることになる。国家同士の戦争もある一面では現状に満足できない国家と、それを阻止しようとする国家の営みといえる。

第一次大戦後ヨーロッパの比較的裕福な人々の間で戦争が二度と起こらないように、家族友人の死、あるいは戦争による破産などの不幸をなくすには、どうしたら良いか考えられたのは自然なことだ。そして彼らは結論した。「貧困が戦争を起こす」。

大戦中ロシアでは革命が起こりソ連邦が誕生する。国民(ソ連に国民がいたかは定かでないが)に貧困のない平等な生活を提供する統治体の出現に、ヨーロッパのエシュタブリッシュメントは期待と不安の眼差しを向ける。

リベラリズムの誕生 フランス革命の惨劇を経験しているヨーロッパの裕福な人達は、現状を維持しながら戦争を防止する政治体制の確立を急いだ。そのような背景でリベラリズム理論が誕生することになる。その理論は金持ちはそのまま…

日本国憲法改正提案Ⅳ

―戦争って放棄すればなくなる?― 天声人語の強制は憲法違反 そのⅢまで如何だろう? 僕が受験生のころ、―昭和56〜57年、先生が「朝日新聞の天声人語を読んでおけ、必ず試験に出るからな。」これってすごいね。この次の稿では、権利について検討するが、この発言は明らかな権利侵害だ。ある特定の新聞のある特定の筆者が書いた私見を、そのまま疑いもしないで試験では正解として書け!ということなわけだから。当時は朝日新聞に書いてあることが、受験に出題される「正解」だったのだ。

自衛隊を否定すれば卒業! ある先生に、昭和40年代から50年代まで、大学の卒論で自衛隊の悪口を書けば、評価されたと来たことがある。もちろん、すべてではないだろうが、時代の雰囲気はそんな感じだったのだろう。受験生の僕のために、朝日新聞を購読していた、母親も見事に影響を受けて、いまでもそれは変わってない。

僕は、それはそれで仕方のないことだと思う。物事の良い悪いは、自らの経験や信仰、影響を受けた人や情報で判断する。ただ、事実や法律的な合法違法はあきらかなので、―これは司法の稿で説明するが、事実に基づく判断、法律に基づく判断は、国民として身につける必要はあるだろう。


なぜ男はだめなのか? 出来れば女性に読んでもらいたい。それは、―あくまでも僕、個人の経験だが、男はどうしょうもないから生きんのだと思う。男性全員が、そうだとはいわないが、―あくまでも、僕レベルの男性は、政治に興味がない。興味の方向はの女性だけに向いている。

何をするにも基準は「女性にもてたい」か「格好良いと思われたい」くらいだろう。音楽をやるのも、スポーツをやるもの仕事で出世するもの、究極の目的はそれ以外にない。天下りを斡旋して首になったどこかの省の次官が、次官になっても、キャバクラの特定の女性に入れあげたなんてのもそう、先生に反抗するのも究極、それしかない。だから男に憲法が…、と話してもなかなか興味はひかないと思う。

そういう僕も、Anarchy in the UK ―ちなみのコックニーではナナキーと発音します、を歌ったり、スターリンというバンドが好きだったりしましたので、あまり人のこといえないが…。若いうちと現在の考え方は変わって当然です。ですから今、こんな考え方もあるんだぁ〜、程度に読んでもらいたい。

では、女性はどうだろう。僕は女性…

年次改革要望書

サイトで偶然みつけた原文の、いわゆる「年次改革要望書」だが、TPPと比較してみても面白い。アメリカの戦略なのか執念なのか、はたまた信仰なのか、1994年からもう20年くらいやってる市場開放交渉だ。我国政府も辛抱強くそれに対応していることがわかる。

国家とはなにか

―言葉による混乱― 家族、社会、国 国家は、ヘーゲルの分類のよれば、家族や会社から構成される社会とは区別され、ウエーバーは正統性がある継承によって形成された一定の領域を暴力に関する権威・権限を行使する単独の主体(国家)と定義している。国家とは政府組織であり社会とは区別される。State の訳語として国家があてられているように、国家とは政府、議会、警察、官僚、裁判所などの機関を有する統治権力のことを指す。


国民、国家 人間は子孫を残すため家族をなし生活する。そのような家族が一定の習慣や宗教によってある領域内で集団となったものが共同体だ。そして多少の習慣や宗教的違いを包括した地域を「国」と呼ぶ。「国」の住人が「民族」であり、近代はこの集団=民族を統治する権力が組織され「国家」と呼んだわけだ。そして、民族は「国民」となったのである。日本語に State と Country や Nation を区別する言葉なないのは、憲法議論などを混乱させている要因の一つだろう。



領域、人民、権力 国際法で定義されている「国家」もその地域を統治する政治組織のことを指す。つまり内外に干渉されず国民を正統性のある統治機構のことを国家という。国際法では、領域、人民、権力の三要素が承認の条件ともなる。
ある程度以上確定された一定の領土を持つこと。国民が存在すること。統治機構を持ち実効的支配をしていること。 このように国家は強大な権力を有していなければならない。つまり外に対しては自衛力、うちに対しては秩序維持の警察力が国家の基本となることがわかるだろう。
国、天皇 我々の「国」は、国ヲ肇ルコト宏遠ニと教育勅語にあるように神武天皇が肇国した世界最古の「国」だ。天皇は「治らす」存在として祭政一致の統治者として政にあたり、明治維新によって近代的な君主となった。日本国は憲法以前に存在しているという事実は憲法が国の形に(その事実に)その権力を及ぼしてはいけないということだ。
社会、天皇 国家は社会と対峙する存在とまではいえないが社会に対し強制力がある。さらに国民の自由を拘束することができる。しかし憲法の規定により組織される政府は憲法を制定している、正統性を有する権威を否定出来ないしまた、それを変更できない。明治憲法における第1章天皇条項の1条から3条はそのことを明記した条文だ。

つまり天皇の身体を不可侵…

日本国憲法改正案条文の解説 第2章 権利

権利は外在的言語に過ぎないので獲得するのもである。 権利は鎧である 第2章は国民の権利だが、この章では、現行憲法より多くの人権を規定して国民の福祉向上に寄与しようとしている。権利カタログは条文ではなく、条項で列記しているのは大きな改正点だ。


第2章 権利
第15条[国民の要件]日本国民は、日本国籍を有するものとする。
あまりにも当然の規定なのだが、昨今二重国籍で問題になっている議員がいるように、この後の条文で議会議員要件は明確化したい。

次に権利の具体的規定だが、学説の争いをなくすために、日本国民の権利、制限できる権利、万人の権利に分けた。婚姻や選挙、教育、就労などの権利は公共の福祉の観点から年齢制限を課しているのでわけることにする。第17条は日本国民固有の権利として憲法がその擁護を宣言した。

日本国憲法改正案 第2章 権利
第17条[国民の権利]次にあげる基本権は、国民の権利として、日本国民に保障する。個人として尊重され自由かつ幸福を追求すること。
2 むやみに生命を奪わず、健康で文化的な生活を営むこと。
3 平等であること。
4 人種、信条、性別、社会的身分又は出生により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されないこと。
5 財産を自由に処分し、また不当に奪われないこと。
6 居住、移転及び職業選択の自由を侵されないこと。
7 外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されないこと。
8 拷問及び残虐な刑罰に処されないこと。
9 公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し請願すること。

日本国憲法の諸テキストを読んでも、人権に関する解説に重点を置いている。私は人権に関して、米国的な自然権思想よりは仏国的な行政権の抑止的な立場に立っている。それは英国的な国民の権利と親和性が高いが、あくまでも人造の鎧のようなイメージを持ってる。

個々人が武装して個々人のバランスオブパワーによる、社会秩序の維持を目的としている、自然権的人権思想は、やはり米国的といえる。ところが第二次大戦において、独国が行った人権侵害は、欧州において、議会による人権保護から法律からの保障という、新しい次元の人権に昇華した。現在の日本は国際人権規約を批准しているので、憲法はその規約を誠実に尊守する必要がある。

いずれにせよ、欧米の人権思想の奥には…

日本国憲法改正案条文の解説 ―第4章 立法権

二院制の必要ある? 二院制は基本的に王国で貴族などの制度があるときに、貴族院と庶民院、ー英国、もしくは連邦制国家が国民代表と各自治体の代表、―独国や米国、というようなときに必要とされる。北欧諸国が王政の制限と平等原理の徹底によって、二院制から一院制への移行をしているように、日本国も天皇の権限の制限と貴族制の廃止は、一院制の十分条件である。


第4章は立法権を規定している章である。冒頭説明したが、現行憲法の二院制はGHQ案では一院制であった。

Article XLI. The Diet shall consist of one House of elected representatives with a membership of not less than 300 nor more than 500.


GHQ案が手交されたのち、日本政府下で、憲法改正を議論したのは憲法問題調査委員会だ。その議事で、「二院制を維持すべきであるが、従来の貴族院の権限に制限を加え、その構成を民主的なものに改めるべきだ、との意見が支配的であった」、「その名称についても、「上院」「第二院」「元老院」「特議院」「審議院」「参議院」など様々な案が出されたが、「参議院アタリガ無難」だということになった」という。
GHQ民政局が起草した案は「日本の政治の発達状況をみても、簡明性という点からも、一院制を提案するのがよいとの結論に達した。」としているが、これは、貴族制度が廃止されること(マッカーサーノート)、日本は連邦国家でないこと、第一院と第二院の間の争いが生じるおそれがあることなどの理由によるものであったとして、非常に理にかなっている。

参議院の設置理念を金森徳次郎国務大臣は、「衆議院に対する抑制的機能を前提として、知識経験のある慎重熟練の士を求めることにある」とした。この理念は現在、踏みにじられている。障害のある子供をほったらかして、市会議員と一線を越えないまでも、ベッドをともにして開き直ってる議員、二重国籍が確定しても、努力義務なのでと、戸籍を公表して居座る議員、そのほか議員資格に???が付く参議院議員が多い。

原点に返って一院制にすることが最初の目的である。また議会の権限と権能を規定すること。特に現行憲法には全く規定のない貨幣造幣権や度量衡、暦、徴税権、軍の編成権など権限、総理大臣の指名、…

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 第4章

第4章は連邦に対する規定だ。合衆国憲法の規定を読んでいると気がつくことがある。それは防衛という言葉がかなり使われている。独立をして間もなく軍隊もない小さな州政府が自らの自治をある程度制限しても、連邦を組織した理由は国土と国家体制をなんとか護りたいという切なる願いのような気がする。それが合衆国憲法を制定した国民意志なのだろう。


第4章[連邦条項]

第1条[十分な信頼と信用条項]

各々の州は、他のすべての州の一般法律、記録および司法手続に対して、十分な信頼と信用を与えなけ ればならない。連邦議会は、一般的な法律により、これらの法律、記録および司法手続を証明する方法な らびにその効果につき、規定することができる。

第2条[市民権条項、逃亡犯罪人・奴隷の引渡し条項]

[第1項] 各々の州の市民は、他州において、その州の市民が享有するすべての特権および免除を等し く享有する権利を有する。

[第2項] いずれかの州において反逆罪、重罪その他の犯罪につき告発された者が、裁判を逃れて他州 で発見された場合には、その逃亡した州の執行部の要求があれば、当該犯罪につき裁判権を有する州に移送するために、この者を引き渡さなければならない。

[第3項] 1 州において、その州の法律によって役務または労務に服する義務のある者は、他州に逃亡 しても、その州の法律または規則によってかかる役務または労務から解放されるものではなく、当該役務 または労務を提供されるべき当事者からの請求があれば、引き渡されなければならない。[修正第13 条で改正]

第3条[新州および連邦財産条項]

[第1項] 連邦議会は、新しい州がこの連邦へ加入することを認めることができる。但し、連邦議会お よび関係する州の立法部の同意なしに、既存の州の領域内に新州を形成し、または2 つ以上の州もしくは その一部を合併して1 つの州を形成することはできない。

[第2項] 連邦議会は、合衆国に属する領有地その他の財産を処分し、これに関する必要ないっさいの 準則および規則を定める権限を有する。この憲法中のいかなる規定も、合衆国または特定の州の請求権を 損なうように解釈されてはならない。

第4条[共和政体条項]

合衆国は、この連邦内のすべての州に対し共和政体を保障し、侵略に対し各州を防衛する。合衆国は、 州の立法部または(立法部が集会できない…