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現代日本にかけているもの ―リーダーの条件

日本経済がおかれた状況を多くの経済学者、評論家が分析しているが概ね意見が一致している。米国、欧州における金融バブルによる過剰な消費の内、日常品は中国、その他嗜好品、高級品は日本の輸出で消費され、その消費地の米国、欧州が金融危機でいっぺんに消費が落ちたので、日本の輸出産業が周辺産業とともに業績が悪化した。同時に起こった円高がそれに拍車をかけて今日のこの惨状を迎えていると言ったところである。

こけたらたちなはれ!

しかしながらその対策と言えば今度は千差万別、十人十色、百花繚乱だ。そのような状況下米国、欧州、日本などの先進国政府は国民の要求により、現在は社会主義経済かと思えるほどの財政政策を実施している。

未曾有の金融危機、百年に一度の経済危機と今回の一連の金融システム崩壊を形容しているが、各国の指導者の危機に対する対応はと言うと必ずしも充分とはいえない。多くの戦史やスポーツや経営で危機的状況から脱出した逸話は多くある。たとえば経営の神様、松下幸之助は「こけたら立ちなされ」と言ったという。

また日露戦争の黒溝台の会戦で窮地に陥った秋山支隊を、急遽救援に派遣された第8師団(立見中将)は、逆にロシア軍に包囲されてしまう。このとき立見中将は隊長を集めシナ長持ちに乗り地団駄を踏み叱咤激励をする。そしてその長持ちを踏み潰してしまう。隊長たちは立見中将の滑稽さと長持ちを踏み潰してしまうほどの血気によって勇躍して、全滅の危機から脱出することになる。

日露戦争では他にも大山元帥が満州総軍の総司令官に親補された時、参謀長の児玉源太郎に作戦は児玉さんに一任するが、負け戦になったら自分が指揮をとると言っていたと言う。

これらの逸話はすべて危機に際しての組織のリーダーのあり方を示唆している。危機に際して人は過度の不安を持つ。理論理屈はわかっていても現状の悲惨さから悲観的な結論しか見出せなくなるのものである。そのような状況でいくら理論理屈を吐いても無駄である。
  1. 不安な気持ちを払拭させること。状況をシンプルに考えさせること。そして将来の展望を示唆すること(こけたら立てばいい)
  2. 強い信念を表現すること。なにがあってもくじけないということを率先垂範すること。人を責めるのではなく、自身の不甲斐なさをせめる。(助けにきたのに包囲されてしまって地団駄踏んでる自分に叱咤激励)
  3. 最後には責任が自分(リーダー)にあることを示唆する。(負け戦になったら自分が指揮をとる)
危機に際しては高尚な理論ではなく、とにかく人心把握なのである。リーダーは部下や組織の構成員に対し、未来を与え、激励し、責任の所在を明らかにすることが大切なのである。僕が知る中でこれらのことを未曾有の危機的状況において行ったのは、畏れ多くも大東亜戦争終戦時の先帝陛下ではなかったかと思う。

大東亜戦争の天皇陛下

大東亜戦争前に日本はソ連の諜報活動より全体主義的社会が意図的に醸成されてしまった。国防や経済、外交担当者など政策実行者に多くの全体主義者が入り込んでしまった。彼らは侵略をしてくる欧米列強へ対抗する、国民的要求と一見すると合致しているかのように見えたので、利用するものと利用されるものを判別することが困難な状況を造り出してしまった。

「高度国防国家」は外圧に対抗する上で醸成された国民的要求であったが、ソ連の狙いもそこにあった。つまり国民的要求として全体主義体制を確立させて、支那、米国との戦争で疲弊させたのち、コミュンテル主導による革命を勃発させて、スターリンは革命成立後国家社会主義者を放逐して日本を国際共産主義体制に組み込む予定であった。

ある意味欧米が言うところの第二次世界大戦はドイツ、イタリア、日本のナショナリスト国家対ソ連コミュンテルン連合と植民地社会主義宗主国連合の戦いであった。イギリス、アメリカも当時は自由・資本主義とは名ばかりの社会主義的経済体制になっていた。さらに米国大統領周辺にもソ連のスパイや共産主義シンパが多数おり、巧みに日本への包囲を完成させていた。

また世界経済の中枢を担っていたた多くのユダヤ人は非戦リベラルな態度をとりながら、英国の中東政策をイスラエル建国へ向けさせようとしていた。ドイツが中東、アフリカを席巻するとドイツ国内でイギリスを支援する動きが活発となり、その動きを押さえにかかったヒトラーはホロコーストを起こした。

もともとドイツ、イタリヤとはスタンスの違う日本政府はユダヤ人に対し保護を与えた。杉原千畝領事や樋口少将は独断でそれを実行している。当時の樋口少将の上司、東條英機関東軍参謀長は樋口の行為に対し、ドイツ当局が抗議をしてくると「日本はドイツと同盟はしているが、属国ではない。日本が何をしようが日本の権益が及ぶ範囲では貴国が口出しする権利は無い。陛下は助けを求める者を見捨てることはしない」とドイツの抗議を一蹴している。

当時の世界情勢はまさしく奇奇怪怪である。主義主張と実利が複雑の絡み合いまったく明日がどうなるか、分からない状況であった。情報を持つものと持たざるもの、持っていてもそれが事実なのかどうか、相互的に情報の非対称性があり意思決定が出来にくい状況であった。

イギリスを中心とするヨーロッパ各国はヒトラーの台頭を制限的に認めようとして失敗している。チャーチルは「ワニに食われないように祈りながら餌をやっている」と当時のことを回想しているように、ヒトラーの意図を正確にはわかっていなかった。

日本では陸海軍の情報系将校たちはエネルギーや鉱工業生産量、あるいは政治世界の潮流などを理由に開戦に反対していたが、参謀本部作戦課や軍令部作戦課などは軍事戦略的見地から開戦やむなしとしていた。これは一つの国や世界をまったく違う情報で分析、認知していることによるギャップである。

イギリス、フランスはヒトラーに対する対応が誤りだったことに気付くと一転、徹底的に叩き潰すことに政策を切り替えた。新たにリーダーとなったチャーチルは傍観しているアメリカに歯の浮くようなラブレターを送り、敵の敵は味方の論理でソ連を懐柔する。ヒトラーがソ連と敵対するとそれまでチャーチルのラブレターに見向きもしなかったアメリカだったが、ソ連のスパイやシンパがアメリカを対ヒトラー戦争へ参戦させた。

日本は最初から植民地宗主国、共産ソ連と対峙していたので英米ソが手を握った瞬間から世界を相手に開戦しなければならなかった。しかし叡慮を慮った東條首相は国策要綱の見直しを下令するも統帥権によりうやむやになりやむなく開戦した。

陛下は開戦と同時にバチカンへのパイプは絶やさないようにとの指示を側近に与えていたようであった。そしてこの戦争が植民地解放と共産主義への戦いであることを隠密裏にバチカンへ伝えているようであった。陛下のことを論ずることは畏れ多いことであるが、名君としての陛下があまり語られていないので少し続けたいと思う。

開戦後の陛下は一転、戦う君主になられた。真珠湾攻撃の攻撃隊隊長淵田美津雄の回想に、陛下へ真珠湾攻撃について御前説明したとき、淵田が自分で描いた図で攻撃の詳細を説明していると陛下は技術的な面にまで入る込んでご下問があったという。また戦況が悪化した19年、最初の神風特別攻撃隊について海軍が奏上すると「そのようなことまでやらなくてはならないのか。しかしよくやった」と言うことをおっしゃられた。

そうして終戦時ポツダム宣言受諾か否かで紛糾する御前会議において、自らが国民に対し責任を取ることを宣して立憲君主のお立場を逸脱するかたちで戦争を終結された。

天与のリーダシップ

本稿はリーダーシップについて論じることを目的としているので大東亜戦争についての歴史記述はここまでにするが、上記はリーダーシップについて多くの示唆を与えてくれる。
  1. あらゆる可能性を検討し、なおかつ広い視野を持つ。(陛下のバチカンに対する助言や経済的影響への憂慮など)
  2. 下された決定には従い、尚且つ率先垂範して行動する。(陛下は戦争には反対であったが国民民意として開戦してからは徹底して遂行に努力されている)
  3. 最後には責任を取る覚悟が必要。(自らの意思と違う決定が組織としてなされた場合でも責任者は自分であることを示すこと)
リーダーシップには天与のものと人与のものがある。たとえばトヨタが現在の状況を打開する為、創業家の章男氏が社長に就任したが、これなどは豊田章男新社長の個人的(人与)リーダーシップに期待するというよりは創業家という権威(天与のリーダーシップ)に組織が期待した例であろう。特に危機に際してはこの天与のリーダーシップが重要になるのである。組織構成員へ不利益な意思決定をしなければならない時(たとえば事業撤退のような)にはこの天与のリーダーシップが発揮されることになる。(実際はあまり機能しなかったというか章男社長に天与のリーダーシップが付与されていなかった。)

組織運営は好調時はだれが舵取りをしてもうまくいくものである。しかし一旦状況が悪化してくると組織構成員はリーダー不振に陥り、志気が落ち、組織行動が停滞して崩壊する。そういったときは(状況の悪化の度合いで)リーダーがたとえ人格的にすばらしく、知識豊富であっても人身把握が困難な場合がある。(前稿のようなリーダーシップが困難)そう言う最悪の状況下ではもはや天与のリーダシップを発揮しなければならない。

我国の現在の状況はまさしくこの天与のリーダーシップを欲しているのである。

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日韓併合 百年目の真実 李完用が救った大韓帝国

本年2010年8月29日は法律上の専制君主大韓帝国皇帝純宗が勅諭を発表して日本と韓国が合併したことを内外に示してから100年目にあたる。


韓国皇帝の勅諭 皇帝、若(ここ)に曰く、朕否徳にして艱大なる業を承け、臨御以後今日に至るまで、維新政令に関し承図し備試し、未だ曽て至らずと雖も、由来積弱痼を成し、疲弊極処に至り、時日間に挽回の施措望み無し。中夜憂慮善後の策茫然たり。此に任し支離益甚だしければ、終局に収拾し能わざるに底(いた)らん。寧ろ大任を人に託し完全なる方法と革新なる功効を奏せいむるに如かず。

故に朕是に於いて瞿然として内に省み廊然として、自ら断じ、茲に韓国の統治権を従前より親信依り仰したる、隣国日本皇帝陛下に譲与し、外東洋の平和を強固ならしめ、内八域の民生を保全ならしめんとす。惟爾大小臣民は、国勢と時宜を深察し、煩擾するなく各其業に安じ、日本帝国の文明の新政に服従し、幸福を共受せよ。

朕が今日の此の挙は、爾有衆を忘れたるにあらず、専ら爾有衆を救い活かせんとする至意に出づ。爾臣民は朕の此の意を克く体せよ。

隆煕四年八月二十九日 御璽

日韓併合100年目を前に韓国の反日派からの様々な動きがあるのでまとめてみたい。

2010年5月11日のこのようなニュースを目にした。

日韓知識人が共同宣言「日韓併合は当初から無効だった」
看過できないのは多くの日本人学者が関わっているという点 …今回の声明には発起人である和田春樹東京大学名誉教授をはじめ、日韓歴史共同研究委員会の日本側の座長を務めた三谷太一郎東京大学名誉教授など105人が声明に署名している。一方、韓国ではイ・テジンソウル大学明楊教授やカン・マンギル高麗大学名誉教授、詩人の高銀氏や金芝河氏のほか、幅広い層から109人が声明に署名した。… …声明では、「併合は大韓帝国の抗議を軍事力で押さえつけたもので、韓国側が国権の譲与を申し出たとする内容も虚偽(きょぎ)である」と指摘し、日本政府が日韓併合条約について「無効」であることを認め、8月の総理談話に関連内容を盛り込むように、積極的に働き掛けるとしている。… 2010年07月18日には、

日韓併合100年で日本が韓国へ謝罪、中国も大きな注目

8月29日に日韓併合100年を迎えるにあたり、日本政府は韓国に過去の植民地統治を謝罪する方針を明らかにした。17日、環球時報は「日本は韓国側…

翻訳者からのメッセージ

国家と国民 民族が国民となるためには国家を確立しなければならないのが国際的なルールだ。主権国としての権利が付与されるには統治機構(以後政府)がなければならない。政府によって領土(領海、領空)と被統治民族(国民)が認定されるわけだ。現在ではその政府が民主的な手続きで選ばれるのが(普通選挙)望ましいが、それは民族が決めること(民族自決。民族が自ら、自由に政府を組織すること、民族自決)ということも国際的なルールだ。国際社会では民主的にせよ、力尽くにせよ領土と民族を実効支配していることが重要なのだ。竹島は力尽くで奪われたのだが、それを民主的なルールで取り返そうとしてもある意味空虚だ。中国は尖閣諸島を民主的に奪いとろうとしているが、最後は武力行使をしてくる可能性は否定出来ない。国家(領土と領民)というのは受動的に与えられる概念ではなく能動的主体的に確立した民族に認められる概念なのだ。

憲法は国民からの命令書 憲法は民族が国民となり暴力を政府に独占させるにあたってやってほしいこと、やってほしくないことをお願いした手紙であり、法という見方をすれば国民から政府対する命令書だ。よってその前文は我々は~命令する(政府に対して)、という文章が望ましい。そのことをふまえて前文を読んでみると、
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由 のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を 確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれ を享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安 全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地 位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民…

国際関係論で論じられる理想主義

リベラリズムほど解釈が多様にある言葉はないと思う。日本語では自由主義と訳される場合が多いのだが、昨今では自由主義とリベラリズムは対立する政治姿勢ともいえる。よって自由主義をリバタリアニズムと呼ぶのが一般的になりつつある。本稿の場合はリベラリズムを社会自由主義的な用法、ようするに国際関係論で論じられる理想主義として論じることにする。

20世紀の戦争 20世紀は戦争の世紀と呼ばれるように産業革命による技術革新が戦争を巨大化、無慈悲化させた。世界は巨大化・無慈悲化する戦争に対して、一定の規則を締結したが、その後に勃発した第一次世界大戦は大規模かつ無慈悲な消耗戦によりヨーロッパ社会に大きな衝撃を残した。

第一次世界大戦の塹壕戦や化学兵器の使用は、ただ敵を消耗させるための戦略で、それまでの戦争とは様相が大きく変化した。戦争は国家が軍に命令して、軍が名誉をかけて行う営みから、国家国民全体で行う営み全体戦争つまり総力戦へと変容した。

パリ不戦条約(戦争抛棄ニ関スル条約)は大戦のような悲惨な戦闘を二度と繰り返さないために交戦国、非交戦国も含めて63カ国が署名した。目的は戦争の違法化、特に侵攻戦争の違法化を目指したが、最終的には侵攻戦争を非難するにとどまった。


貧困が戦争を起こす もし社会が現状で固定されるとしたら、現在比較的幸福な人はいいが、もし不幸な人はどうだろうか。それはその人の希望を奪い去ることになる。国家同士の戦争もある一面では現状に満足できない国家と、それを阻止しようとする国家の営みといえる。

第一次大戦後ヨーロッパの比較的裕福な人々の間で戦争が二度と起こらないように、家族友人の死、あるいは戦争による破産などの不幸をなくすには、どうしたら良いか考えられたのは自然なことだ。そして彼らは結論した。「貧困が戦争を起こす」。

大戦中ロシアでは革命が起こりソ連邦が誕生する。国民(ソ連に国民がいたかは定かでないが)に貧困のない平等な生活を提供する統治体の出現に、ヨーロッパのエシュタブリッシュメントは期待と不安の眼差しを向ける。
リベラリズムの誕生 フランス革命の惨劇を経験しているヨーロッパの裕福な人達は、現状を維持しながら戦争を防止する政治体制の確立を急いだ。そのような背景でリベラリズム理論が誕生することになる。その理論は金持ちはそのまま、貧乏人はもう少しお金持ちにすることだ。

TPPとはなにか ―国際法・条約から考える

フェイスブックのTPPって何?の議論を通じTPPを検証してきたが、ここに来て議論が成熟してきた。JAなどがTPPの「聖域なき関税撤廃で農業はだめになる」という主張はWTO・GATTのウルグアイ・ラウンドで我国が聖域として議論した農産5品目が自由化されるという主張だが、TPPはWTO・GATTの規定内で交渉される自由貿易協定であるから、「聖域なし」は「実質上」と同じ「すべて」ではないという例外を表した言葉だ。

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 第1章

近代憲法は、主権者である国民の意志として、組織される政府に対する命令書なので、前文は、その意志を表現したものがふさわしい。そしてその目的を明確にする必要がある。さらにその目的のために、憲法を制定するわけなので、そういうことを頭に入れたうえで、再び前文を読むと、合衆国憲法は、

われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここに アメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。
目的意志がシンプルかつ明確に表現されている。これと比較して、日本国憲法における国民意志もしくは達成したい目的は、

政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。に色濃く現れ、

これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
が次にくる。なぜわざわざ一切の憲法と法令と詔勅と断る必要があるのだろうか。ここにこの憲法を制定した意志があるのではないだろうか。そして最後には、

国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

目的を達成することを、宣言命令するのではなく誓ふ。さらに誓ふ対象も明記されていない。我々日本国民は、誰に対して目標を達成することを誓ふのだろうか。 これに答えを出せる憲法学者や国会議員が、我が国にはどれほどいるのだろうか。国民はそれを疑問とも考えていないのだろか。

第 1 章はその意志を具体化する、そして目的を達成するための第一歩ということだ。最重要なことを最初に申し述べているのである。アメリカ合衆国にとって最重要なことは法の支配、法による秩序であり、日本国では天皇―スメラミコトによる秩序―これをしらすという―であるということだ。大日本国憲法では、

大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス

と統治の根拠となる天皇が過去、現在、未来に渡つて、日本国と日本民族の秩序の源であることを示している。この場合の統治とは伊藤博文が解説するように、しらすであり現実的な権力、うしはくと厳密に分けなければならないのである。

合衆国憲法は合衆国の秩序は法によって護られるゆえ、第 1 章では立法府についての規定が列記される。一方、日本国憲法では天皇についての条項が…

日本は〝心〟という字に見える ─ 日韓永遠の架け橋たらんとした悲劇の知日家・朴鉄柱会長 ─

戦後ソウルに設立した「日本文化研究所 (高千穂商科大学教授) 名越二荒之助 「朴鉄柱大人を偲ぶ」より

恒久的な日韓友好を考えるうえで、避けて通ることのできない人物がおります。それは朴鐵柱という一人の韓国人です。彼は大正十一年(一九二二)、釜山市の東?(トーライ)に生まれ、大東亜戦争下に日本の皇典講究所を卒業。卒業後は釜山の龍頭山神社や、新羅時代から関係の深い下関の住吉神社(長門一宮、元官幣中社)に奉職しました。彼は学生時代から古事記・日本書記を通して、日本の成り立ちと天皇朝の存在に深い関心を寄せ、その尊貴性に目覚めていました。だから彼としては、神社に奉職することに何のためらいもありませんでした。

終戦後は韓国に帰りましたが、李承晩大統領の反日政権下にあって苦汁を嘗めさせられました。日本の学校を出た者は、「民族反逆者裁判条例」にひっかかって追放の憂目を見ました。やがて朝鮮動乱が勃発。その荒波をくぐって生きのび、動乱が終るとソウルに出て、昭和二十九年五月には、「日本文化研究所」(ソウル特別市中区奨忠洞二街一九七)」を設立しました。「社団法人・日本文化研究所」の「内容書」は、韓日両国語によって書かれており、「趣意書」の冒頭は次のような書き出しで始まります。

「日韓両民族は、各自悠久なる伝統と文化を護持してき、上古よりの密接なる文化的相互交流は、両民族の芸術、風俗、道義観にまで相似共通のものを形成してきたのであります。特に一衣帯水の地理的条件は、お互の全歴史を通じて政治的、経済的、協助を不可避にし、文化的、精神的にも緊密にして不可分離なる関係を確立してきたのでありま
す。」

「趣意書」は大局観に立って、悠久の日韓のあり方を踏えたものです。しかしながら両国の間に、文禄・慶長の役のような「互恵扶助の原理に違背したとき」があった。それは「久遠なる歴史に於てひとつの瞬間的な疾患であり、両国の健全な将来と恒久友和のための契機」にしなければならないとして、研究主題を次の三つに置いております。

一、日本上代文化の研究
二、帰化文化の研究
三、日本の信仰、道徳等精神文化の研究

韓国で朴氏が「日本文化研究所」を設立した昭和三十年頃の日本は、敗戦のショックから醒めやらず、自国文化を
否定し、罵倒する言論がまかり通っていました。その頃韓国で、日本の精神伝統と国体研究の運動が起ったことは、文
字…

不要な電波がユビキタス —あなたの私生活は公開されている

このところ政治の話が多かったので、専門の危機管理のお話を少ししたいと思う。皆さんはノートパソコンを使ってますか?それとも自宅のWIFIでスマホを使って、インスタグラムに投稿してますか?これらはすべて私生活の公開の危険をはらんでいることにお気づきですか?

ネットワーク簡単に接続できることは簡単にのぞかれているということ 自宅のペットを監視するや赤ちゃんを監視するためにWEBカメラを購入してスマホで見ている、という人は結構多いのででないだろうか。実は「簡単に」接続できることは、容易にのぞかれることだ。また、自宅用の防犯用監視カメラはDDos攻撃の道具として使用されていることもある。これらは簡単で安価に使用できるというメリットは、逆にリスクになるということを理解しなければいけない。

私がある地方都市に出張して、古いホテルに宿泊したとき、部屋で仕事をするために無線LANに接続したところ、いろいろなノードが参照できたことがあった。通常はVLAN等で他のノードを参照できないようにするのだが、予算の関係かあるいは自力で無線化したのか、セキュリティ対策が杜撰だった。



大量のアクセスポイントが大量の電波をだしている 無線LANのサーベイをしていると、付近のマンションなどから多数のアクセスポイントが検知される。今や家庭に一個はアクセスルーターがあるが、その中の半数はアクセスキーが設定されていないものがある。おそらくセットアップ時に設定を飛ばすか、しないかだろうが危険だ。

簡単に設定できるうえ、再セットアップが簡単なのでそのようにしているか、若しくは全く意識しないでしているかだが、悪意の三者に利用される危険がある。安易な電波が不足しがちな無線環境をさらに悪化させている。
写真には位置情報が付加されている フェイスブックやインスタグラムに写真を投稿しているが、アップロード場所の位置情報を付加している人がいる。自宅で自撮り写真や子供の写真をアップロードしている人も位置情報が付加されているのを散見する。

フェイスブックやインスタグラムアプリの位置情報機能をオフしても写真自体に位置情報が付加されていることには気づいていないようだ。ほとんどのスマホ撮影の写真に位置情報が付加されてる。僕はフェイスブックの友達の女性が自宅で自撮り写真をアップロードしているときはそれを確認して連絡をしてあげている。…

小和田恒悪玉論を問う ―衆 - 外務委員会 - 1号 昭和60年11月08日 その2

引き続き、村田春樹さんが國民新聞に書いた記事「小和田恒悪玉論を問う」への激励投稿を続けたいと思う。さて国会会議議事検索システムで昭和60年11月8日衆議院外務委員会の土井たか子委員の質問に対する答弁を検証しよう。

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 前文

これから日本国の新憲法草案を提案しよう。どうしてそう思ったかは単純だ、今の日本国憲法は近代憲法の要件を満たしていないと思われるからだ。近代における国家は主権者である国民の国家形成への強い意志によって成り立っているとする。―するとしたのはもっと奥深い部分では違うと考えているが、近代に対応するためにそう仮定することにしよう。

近代思想において国家は、たとえ国民がひとりでも、国民意志があれば形成することができるとされる。しかしそれは利己的な個人意志ではない。五箇条の御誓文で公論と示された、意志を国民主権では民意というのであって、それがなければ近代国家は存在しないのである。さらにその意志は個々人の中にある不条理で熱い志であり、それを顕現しあるいは不当な隷属の強要から擁護されなければならないと考えている。

そして近代における憲法はその国家を統治する権力を制限するために制定するものであり、国民から政治権力への手紙であり、もっと強く表現すれば命令書として機能するのもである。よって国民が必ずしも従うべきものではないという性質のものである。
統治体というのは国際的には近代国民国家が国際関係を維持するため、またはその関係が破綻した場合に起きる紛争を解決したり、戦争を遂行し条約を締結するための代表府である。同時に国内においては共同体秩序を維持発展させるために制度や法律を制定する立法府、制定された法律をもとにそれを執行する行政府、そして行政が正しい手続きで行われているかを監視したりあるいは手続きの瑕疵を判断する裁判所などの組織のことである。

しかしこれらの組織は主権者である国民の自由を拘束したり法律を不当に行使したりする可能性があるので主権者は組織に対し、してはいけないことと、積極的にしなければならないことを文書によって命令する、それが憲法の本質なのである。そういう視点をもって世界最初の憲法らしい憲法であるアメリカ合衆国憲法と戦後アメリカの占領下制定された日本国憲法を比較してみよう。


アメリカ合衆国憲法(日本語訳)
前文
われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここにアメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。The Constitution o…