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国民が知っておきたい近現代史 ―終戦を考える

日本では8月15日は現在も終戦記念日であるとして政府も民間も各種式典を挙行している。しかし国際法規に照らし合わせてみると法的な終戦日は昭和27年4月28日になる。国際法においては宣戦布告とともに開戦が行われ、講和条約・平和条約締結とともに終戦を迎えると解釈されるからである。
現在連合国各国は法的には停戦日である9月2日を戦勝記念日としている。韓国は光復節、北朝鮮も解放の日として8月15日を祖国解放記念日としている。ではなぜ日本では8月15日がこれほど鮮烈な印象を残しているのであろうか。それは玉音放送にあることは諸氏も想像に難くないであろう。

大東亜戦争終戦ノ詔勅

朕深ク世界ノ大勢ト帝國ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク朕ハ帝國政府ヲシテ米英支蘇四國ニ對シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ

抑々帝國臣民ノ康寧ヲ圖リ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々措カサル所曩ニ米英二國ニ宣戰セル所以モ亦實ニ帝國ノ自存ト東亞ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他國ノ主權ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス然ルニ交戰己ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海將兵ノ勇戰朕カ百僚有司ノ勵精朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ盡セルニ拘ラス戰局必スシモ好轉セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス加之敵ハ新ニ殘虐ナル爆彈ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ慘害ノ及フ所眞ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戰ヲ繼續セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招來スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神靈ニ謝セムヤ是レ朕カ帝國政府ヲシテ共同宣言ニ應セシムルニ至レル所以ナリ

朕ハ帝國ト共ニ終始東亞ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ對シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝國臣民ニシテ戰陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内爲ニ裂ク且戰傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ惟フニ今後帝國ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス

朕ハ茲ニ國體ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民之赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク擧國一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ總力を將來ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ國體ノ精華ヲ發揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ

御名御璽

昭和二十年八月十四日

現代文
私は深く世界の大勢と日本の現状について考え、非常の手段によってこの事態を収拾しようと思い、忠義で善良なあなた方臣民に告げる。 私は帝国政府に米国、英国、中国、ソ連に対してポツダム宣言を受け入れることを通告せしめた。そもそも日本国民の安全を確保し世界の国々と共に栄えその喜びを共にすることは、私の祖先から行ってきたことであって私もそのように努めてきた。先に、米国・英国二国に宣戦を布告したのも、我が帝国の自立と東亜の安定を願ってのものであって、他国の主権を侵害したり、領土を侵犯したりするようなことは、もちろん私の意志ではない。しかしながら、戦闘状態はすでに四年を越え、私の陸海将兵の勇敢な戦闘や、私の官僚・公務員たちの勤勉なはたらき、私の一億国民の努力、それぞれ最善を尽くしたにもかかわらず、戦争における状況はよくならず、世界の情勢も我々には不利に働いている。それだけではない。敵は、新たに残虐な爆弾を使用して、何の罪もない多くの非戦闘員を殺傷し、その被害はまったく図り知れない。それでもなお戦争を継続すれば、最終的には日本民族の滅亡を招き、そして人類文明おも破壊することになってしまうだろう。そのような事態になったとしたら、私はどうしてわが子とも言える多くの国民を保ち、先祖の霊に謝罪することができようか。これこそが政府にポツダム宣言に応じるようにさせた理由である。

私は日本とともに終始東亜の植民地解放に協力した友好国に対して、遺憾の意を表さざるを得ない。帝国臣民にして戦場で没し、職場で殉職し、悲惨な最期を遂げた者、またその遺族のことを考えると体中が引き裂かれる思いがする。さらに戦場で負傷し、戦禍にあい、家や職場を失った者の厚生については、私が深く心配するところである。思うに、これから日本の受けるであろう苦難は、大変なものになる。国民たちの負けたくないという気持ちも私はよく知っている。しかし、私はこれから耐え難いことを耐え、忍び難いことを忍んで将来のために平和を実現しようと思う。

私は、ここにこうして国体を守り、忠義で善良なあなた方臣民の真心を信頼し、そして、いつもあなた方臣民とともにある。もし、感情的になって争い事をしたり、同胞同士がいがみあって、国家を混乱におちいらせて世界から信用を失うようなことを私は強く懸念している。 国を挙げて一つの家族のように団結し、子孫ともども固く神国日本の不滅を信じ、道は遠く責任は重大であることを自覚し、総力を将来の建設のために傾け、道義心と志操を固く持ち、日本の栄光を再び輝かせるよう、世界の動きに遅れないように努めなさい。あなた方臣民は私の気持ちを理解しそのようにしてほしい。

詔勅に記載される渙発の日時は8月14日、この日は御聖断によって連合国が提案してきていた、ポツダム宣言を受諾する意志を通告した日である。もしポツダム宣言の受諾を持って終戦(停戦)記念日とすればそれはそれで全くおかしくはないのである。

しかし14日でもなく9月2日でもなく、本年も8月15日に全国戦没者追悼式典が挙行されている。あの日、日本人の記憶には61年経った今年でも「終戦」は8月15日なのだ。

大東亜戦争は侵略戦争だったと主張する日本人は開戦の詔勅とこの終戦の詔勅をよく読んでほしい。開戦の理由は東亜諸国の西欧列強からの解放であり、終戦の理由は

敵ハ新ニ殘虐ナル爆彈ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ慘害ノ及フ所眞ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戰ヲ繼續セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招來スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神靈ニ謝セムヤ是レ朕カ帝國政府ヲシテ共同宣言ニ應セシムルニ至レル所以ナリ

である。敵が大量虐殺兵器を用いているのでこのままでは日本人が滅亡してしまう、これが理由だ。

日本軍は天皇陛下の詔勅が渙発されるや戦闘を停止する。先に書いた通り法的な停戦日である9月2日、この日陛下は誓約履行の勅書を

『朕ハ昭和二十年七月二十六日米英支各国政府ノ首班カ「ポツダム」ニ於テ発シ後ニ蘇聯邦カ参加シタル宣言ノ掲クル諸条項ヲ受諾シ帝国政府及大本営ニ対シ聯合国最高指令官カ提示シタル降伏文書ニ朕ニ代リ署名シ且聯合国最高司令官ノ指示ニ基キ陸海軍ニ対スル一般命令ヲ発スヘキコトヲ命シタリ朕ハ朕カ臣民ニ対シ敵対行為ヲ直ニ止メ武器ヲ措キ且降伏文書ノ一切ノ条項並ニ帝国政府及大本営ノ発スル一般命令ヲ誠実ニ履行セムコトヲ命ス』

と渙発している。

この間(8月15日~9月4日)8月8日に日ソ中立条約を一方的に破棄し宣戦布告を行ったソ連が満州国、樺太南部、朝鮮半島、千島列島に侵攻してきた。樺太では真岡郵便局では交換手10名が自殺を図り、その他職員も含め19名が殉職する真岡郵便電信局事件が起きている。

また玉音放送から数日でソ連に占領された長春の街で堀(松岡)喜身子婦長以下76名の婦女子はソ連軍によって拘束される。この日から彼女たちの悲劇が始まる。

満州従軍看護婦実話(1)
満州従軍看護婦実話(2)
満州従軍看護婦実話(3)

筆者は近現代史において薫陶を頂いた故名越二荒之助先生のお供で埼玉県にある青葉慈蔵尊の年次法要に何回か参列されて頂いたことがあり、堀(松岡)喜身子婦長ご本人の講演を拝聴したこともある。

堀(松岡)喜身子婦長はそれらの場で常に「この悲劇を語り継いで行きたい」と強い決意を語られていた。この言葉を聞くとあるイデオロギーの人達は「反戦」や「非戦」を言うが、松岡婦長は軍事力なき国際法の無力性とその悲劇を語っているのである。

婦長は「いくらソ連軍とはいえ、世界各国で公認されている赤十字を背負う看護婦に、間違った扱いなどしないだろう。」と考えておられたのだが、ソ連は彼女ら看護婦をソ連兵の慰安婦に利用、役に立たなくなると虐殺していたのである。

玉音放送のあと、日本軍は直ちに戦闘停止命令を発令する。連合国軍もその降伏の意思を確認の上、戦闘を停止し各部隊間で順次兵器の引渡し等の武装解除を行うことになる。降伏文書に調印する9月2日までは法的には自衛的な戦闘は行っても差し支えないということだ。

ソ連はそのような国際法規を無視して各地で残虐行為を行っている。日本軍は陛下が戦争を終結を宣言したあとは、抵抗を終了している。それはGFQ占領下でもかわりない。現代の戦争でも占領軍に対するテロ活動が頻発する。日本軍は占領軍に対するテロを一切行っていない。つまり法的な拘束より陛下の言葉に従っているということだ。

大東亜戦争というのは陛下が鉾を上げることを宣言開戦し、鉾を納めると決意されたと同時に終戦したのである。それは古今東西世界の戦争の歴史でも稀有なことであり、特筆すべきことなのである。

しかしソ連のような国際信義無視の独裁国家が相手の場合、真岡郵便電信局事件や青葉慈蔵尊の秘話のような惨劇が起こってしまう。自国の軍事力の背景のない一般人は、他国の支配地ではいかに弱い存在であるかを示す証左でもある。

玉音放送の後の関東軍は移留民保護のためソ連軍ともっと戦闘を継続してもよかったのではと悔やまれる。それほど日本人にとって8月15日の玉音放送は法律以上に重たい出来事なのであった。日本人にとって大東亜戦争終戦は永遠に8月15日なのである。

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国際関係論で論じられる理想主義

リベラリズムほど解釈が多様にある言葉はないと思う。日本語では自由主義と訳される場合が多いのだが、昨今では自由主義とリベラリズムは対立する政治姿勢ともいえる。よって自由主義をリバタリアニズムと呼ぶのが一般的になりつつある。本稿の場合はリベラリズムを社会自由主義的な用法、ようするに国際関係論で論じられる理想主義として論じることにする。

20世紀の戦争 20世紀は戦争の世紀と呼ばれるように産業革命による技術革新が戦争を巨大化、無慈悲化させた。世界は巨大化・無慈悲化する戦争に対して、一定の規則を締結したが、その後に勃発した第一次世界大戦は大規模かつ無慈悲な消耗戦によりヨーロッパ社会に大きな衝撃を残した。

第一次世界大戦の塹壕戦や化学兵器の使用は、ただ敵を消耗させるための戦略で、それまでの戦争とは様相が大きく変化した。戦争は国家が軍に命令して、軍が名誉をかけて行う営みから、国家国民全体で行う営み全体戦争つまり総力戦へと変容した。

パリ不戦条約(戦争抛棄ニ関スル条約)は大戦のような悲惨な戦闘を二度と繰り返さないために交戦国、非交戦国も含めて63カ国が署名した。目的は戦争の違法化、特に侵攻戦争の違法化を目指したが、最終的には侵攻戦争を非難するにとどまった。


貧困が戦争を起こす もし社会が現状で固定されるとしたら、現在比較的幸福な人はいいが、もし不幸な人はどうだろうか。それはその人の希望を奪い去ることになる。国家同士の戦争もある一面では現状に満足できない国家と、それを阻止しようとする国家の営みといえる。

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大戦中ロシアでは革命が起こりソ連邦が誕生する。国民(ソ連に国民がいたかは定かでないが)に貧困のない平等な生活を提供する統治体の出現に、ヨーロッパのエシュタブリッシュメントは期待と不安の眼差しを向ける。
リベラリズムの誕生 フランス革命の惨劇を経験しているヨーロッパの裕福な人達は、現状を維持しながら戦争を防止する政治体制の確立を急いだ。そのような背景でリベラリズム理論が誕生することになる。その理論は金持ちはそのまま、貧乏人はもう少しお金持ちにすることだ。

日韓併合 百年目の真実 李完用が救った大韓帝国

本年2010年8月29日は法律上の専制君主大韓帝国皇帝純宗が勅諭を発表して日本と韓国が合併したことを内外に示してから100年目にあたる。


韓国皇帝の勅諭 皇帝、若(ここ)に曰く、朕否徳にして艱大なる業を承け、臨御以後今日に至るまで、維新政令に関し承図し備試し、未だ曽て至らずと雖も、由来積弱痼を成し、疲弊極処に至り、時日間に挽回の施措望み無し。中夜憂慮善後の策茫然たり。此に任し支離益甚だしければ、終局に収拾し能わざるに底(いた)らん。寧ろ大任を人に託し完全なる方法と革新なる功効を奏せいむるに如かず。

故に朕是に於いて瞿然として内に省み廊然として、自ら断じ、茲に韓国の統治権を従前より親信依り仰したる、隣国日本皇帝陛下に譲与し、外東洋の平和を強固ならしめ、内八域の民生を保全ならしめんとす。惟爾大小臣民は、国勢と時宜を深察し、煩擾するなく各其業に安じ、日本帝国の文明の新政に服従し、幸福を共受せよ。

朕が今日の此の挙は、爾有衆を忘れたるにあらず、専ら爾有衆を救い活かせんとする至意に出づ。爾臣民は朕の此の意を克く体せよ。

隆煕四年八月二十九日 御璽

日韓併合100年目を前に韓国の反日派からの様々な動きがあるのでまとめてみたい。

2010年5月11日のこのようなニュースを目にした。

日韓知識人が共同宣言「日韓併合は当初から無効だった」
看過できないのは多くの日本人学者が関わっているという点 …今回の声明には発起人である和田春樹東京大学名誉教授をはじめ、日韓歴史共同研究委員会の日本側の座長を務めた三谷太一郎東京大学名誉教授など105人が声明に署名している。一方、韓国ではイ・テジンソウル大学明楊教授やカン・マンギル高麗大学名誉教授、詩人の高銀氏や金芝河氏のほか、幅広い層から109人が声明に署名した。… …声明では、「併合は大韓帝国の抗議を軍事力で押さえつけたもので、韓国側が国権の譲与を申し出たとする内容も虚偽(きょぎ)である」と指摘し、日本政府が日韓併合条約について「無効」であることを認め、8月の総理談話に関連内容を盛り込むように、積極的に働き掛けるとしている。… 2010年07月18日には、

日韓併合100年で日本が韓国へ謝罪、中国も大きな注目

8月29日に日韓併合100年を迎えるにあたり、日本政府は韓国に過去の植民地統治を謝罪する方針を明らかにした。17日、環球時報は「日本は韓国側…

なぜアップル、グーグルは日本をパートナーにしないのか ―大東亜戦争敗戦の原因も同じ

アップルもグーグルもソニーの落し子 9月12日iPhone5はプレスイベントでの公開予定されているが、サムスン、「iPhone 5」のLTE関連特許侵害でアップルを提訴する構えという記事があった。記事によると、サムスンはAppleがLTE対応の製品を発売すれば提訴すると警告したことがあるという。ある業界筋はiPhone 5でのLTE対応が報じられたことを受けて、サムスンは「直ちに法的措置を取ることを決定した」という。欧州と米国が「主な対象になる」と、情報提供者は述べている。

サムスンのギャラクシーS3シリーズは、今月6日、販売2000万台突破したと報道されている。グーグルは世界戦略としてサムスンをビジネスパートナーとしているのだろうから、ある意味これはアップルとグーグルの代理戦争といえる。しかしなぜアップルはサムスンを執拗に特許侵害対象としているのだろうか。



理由は2つあると想像できる。一つはデザインが非常に似ているからだろう。iPhoneの優位性はアップルの持つ古くからのブランドイメージとデザインの訴求力だ。iPodからそうだったが、他のデバイスとの接続性など、ソニーや他のメーカーの製品の方が優れている。マイクロUSB充電に対応していないなどは他のメーカーでは負の要素なるとことが、圧倒的に女性には支持された。

結局、電話のできる音楽プレイヤーとしてiPhoneはデビューしたともいえる。彼女たちが強力に支持したのはデザインだったことはほとんど自明だろう。Felicaやら赤外線やら、云々は選択条件の訴求力にはならなかったといえる。

その肝ともいえるデザインを真似されたのでは致命的だ。操作性など少しの差はあるが、他メーカーの発売するAndroid端末との差別化はデザインしかないとまでいってもよい。よってまず搦手のサムスンを戦略対象とすることは間違ってはいない。

もう一つは、もっとビジネス的なことで、想像だが、おそら秘密保持に関する問題だろう。iPhoneにもサムスン社製の部品は使われている。サムスンはアップルから委託された調達に関する仕様書などを当然グーグル側に提供して、―合法ギリギリだろうけど、端末とOS間のやり取りに関する微妙な部分だろう、性能向上を計つたことは想像に難くない。90年代液晶に関する特許を盗みとった手口と同じだろう。

日本企業にとってサムスンとア…

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 第2章

合衆国憲法の第 2章は大統領についての言及だ。1章の議会についての言及に比べてたった4条のシンプルな条文になっている。このことからも建国当時のアメリカが大統領をどう位置づけようとしていたかが伺われる。多くのことを議会で法制化し法律に基づいて行政部門が執行させるが、国民統合のシンボルとして王に代はる象徴が必要だったということだろう。合衆国大統領の権限は思いの外少ない。

第2条[大統領の権限]

[第1項] 大統領は、合衆国の陸軍および海軍ならびに現に合衆国の軍務に就くため召集された各州の 民兵団の最高司令官である。大統領は、行政各部門の長官に対し、それぞれの職務に関するいかなる事項についても、文書によって意見を述べることを要求することができる。大統領は、弾劾の場合を除き、合 衆国に対する犯罪について、刑の執行停止または恩赦をする権限を有する。

[第2項] 大統領は、上院の助言と承認を得て、条約を締結する権限を有する。但し、この場合には、 上院の出席議員の3分の2の賛成を要する。大統領は、大使その他の外交使節および領事、最高裁判所の 裁判官、ならびに、この憲法にその任命に関して特段の規定のない官吏であって、法律によって設置され る他のすべての合衆国官吏を指名し、上院の助言と承認を得て、これを任命する。但し、連邦議会は、適 当と認める場合には、法律によって下級官吏の任命権を大統領のみに付与し、または、司法裁判所もしく は各部門の長官に付与することができる。

[第3項] 大統領は、上院の閉会中に生じるいっさいの欠員を補充する権限を有する。但し、その任命 は、つぎの会期の終りに効力を失う。

どこの政党かは失念したが、権限の少ない日本の議院内閣制では意思決定が遅く手続きが煩雑なので、大統領制にすべきだと主張されていたが 、その政党は合衆国憲法を読み直すべきだ。合衆国では議会が大きな権限を持つため、寄り合いの会長的な大統領には予算を作成する権限すらない。
一方日本国憲法の第2章は施行当時から論議を呼んだ戦争の放棄条項いわゆる平和条項だ。

第2章 戦争の放棄〔戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認〕

第9条日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 前項の目…

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 第1章

近代憲法は、主権者である国民の意志として、組織される政府に対する命令書なので、前文は、その意志を表現したものがふさわしい。そしてその目的を明確にする必要がある。さらにその目的のために、憲法を制定するわけなので、そういうことを頭に入れたうえで、再び前文を読むと、合衆国憲法は、

われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここに アメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。
目的意志がシンプルかつ明確に表現されている。これと比較して、日本国憲法における国民意志もしくは達成したい目的は、

政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。に色濃く現れ、

これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
が次にくる。なぜわざわざ一切の憲法と法令と詔勅と断る必要があるのだろうか。ここにこの憲法を制定した意志があるのではないだろうか。そして最後には、

国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

目的を達成することを、宣言命令するのではなく誓ふ。さらに誓ふ対象も明記されていない。我々日本国民は、誰に対して目標を達成することを誓ふのだろうか。 これに答えを出せる憲法学者や国会議員が、我が国にはどれほどいるのだろうか。国民はそれを疑問とも考えていないのだろか。

第 1 章はその意志を具体化する、そして目的を達成するための第一歩ということだ。最重要なことを最初に申し述べているのである。アメリカ合衆国にとって最重要なことは法の支配、法による秩序であり、日本国では天皇―スメラミコトによる秩序―これをしらすという―であるということだ。大日本国憲法では、

大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス

と統治の根拠となる天皇が過去、現在、未来に渡つて、日本国と日本民族の秩序の源であることを示している。この場合の統治とは伊藤博文が解説するように、しらすであり現実的な権力、うしはくと厳密に分けなければならないのである。

合衆国憲法は合衆国の秩序は法によって護られるゆえ、第 1 章では立法府についての規定が列記される。一方、日本国憲法では天皇についての条項が…

情熱的な非寛容者たち ―キリスト教の歴史

宗教と言うとキリスト教、イスラム教、仏教、ユダヤ教、ヒンドゥー教などが浮かぶであろう。戦後の日本人は誇りと共に宗教心や宗教観も喪失してしまい、宗教と言うと多くは新興カルトしか頭に浮かばないであろう。オウム真理教は地下鉄サリン事件などいくつかの殺人事件を命令、実行したとして現在松本被告の死刑は確定しているが、過去キリスト教にそれに比べれば、いささか不謹慎の誹りを被害者ご遺族に受けるであろうが、規模もその残虐さも桁違いに違う。

日本国憲法の研究 ―合衆国憲法との比較 前文

これから日本国の新憲法草案を提案しよう。どうしてそう思ったかは単純だ、今の日本国憲法は近代憲法の要件を満たしていないと思われるからだ。近代における国家は主権者である国民の国家形成への強い意志によって成り立っているとする。―するとしたのはもっと奥深い部分では違うと考えているが、近代に対応するためにそう仮定することにしよう。

近代思想において国家は、たとえ国民がひとりでも、国民意志があれば形成することができるとされる。しかしそれは利己的な個人意志ではない。五箇条の御誓文で公論と示された、意志を国民主権では民意というのであって、それがなければ近代国家は存在しないのである。さらにその意志は個々人の中にある不条理で熱い志であり、それを顕現しあるいは不当な隷属の強要から擁護されなければならないと考えている。

そして近代における憲法はその国家を統治する権力を制限するために制定するものであり、国民から政治権力への手紙であり、もっと強く表現すれば命令書として機能するのもである。よって国民が必ずしも従うべきものではないという性質のものである。
統治体というのは国際的には近代国民国家が国際関係を維持するため、またはその関係が破綻した場合に起きる紛争を解決したり、戦争を遂行し条約を締結するための代表府である。同時に国内においては共同体秩序を維持発展させるために制度や法律を制定する立法府、制定された法律をもとにそれを執行する行政府、そして行政が正しい手続きで行われているかを監視したりあるいは手続きの瑕疵を判断する裁判所などの組織のことである。

しかしこれらの組織は主権者である国民の自由を拘束したり法律を不当に行使したりする可能性があるので主権者は組織に対し、してはいけないことと、積極的にしなければならないことを文書によって命令する、それが憲法の本質なのである。そういう視点をもって世界最初の憲法らしい憲法であるアメリカ合衆国憲法と戦後アメリカの占領下制定された日本国憲法を比較してみよう。


アメリカ合衆国憲法(日本語訳)
前文
われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここにアメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。The Constitution o…

TPP交渉における日本の戦略 ―ボーキング先戦略ができる政治家が必要

TPPについての議論をまとめた。おそらくボーキングという戦略を考えてる政治家は皆無だろうが、TPPについてはボーキング戦略で均衡を保つのが最良だと考える。
TPPの議論で残念なのは賛成派は運命論「参加しなけてばバスに乗り遅れる」、反対派は陰謀論「アメリカの日本に対する市場開放要求の屈するな!」、なにか幕末の開国派と攘夷派の議論のようだ。 陰謀論といったのはわかりやすくするためで、オバマ周辺のリベラルなユダヤ人が、今自分たちに向けられている非難を少しでもやわらげるためにとっている戦略だと認識している。

アメリカはアメリカのパワーを最大限に利用して"パックス・アメリカーナ"を達成したい元リベラルなネオコンと自由貿易による経済発展こそが平和を達成するという、純なリベラルとが共和、民主に分かれて政権をここ20年担当しているが、現在オバマ周辺は後者だろう。クリントン周辺と類似している。
結局クリントンの時に始まった日米構造協議やその後の年次改革要望書の延長がTPPだろう。
自由貿易はできるだけ推進しなければならない。なぜなら保護貿易では日本は立ちゆかない。大東亜戦争の原因の一つはアメリカが日本からの加工品にかけた高関税で日本の生糸の輸出が大打撃を受けたからだ。 バークやハイエクも自由貿易には価値を認めている。保守主義と自由貿易とは元来同一線上にある考えだ。

その裏には一定のルールによって行なうという法の支配の思想がある。私も法の支配下における自由貿易には大いに賛成である。しかし経済学にもある通り、市場というものは双方が同じ情報を共有している場合において均衡するものである。

よって一時的に片方が情報的に優位に立つことによって不均衡が生じる。幕末における欧米諸国と日本の金と銀の価値の違いで日本は損失を被った。

また工業化の遅れは輸入超過を招き、それまでの国内産業に致命的な打撃を与えた、こういった状態に対応するために関税があるのだ。関税自主権は不均衡に対する唯一の武器だといえる。
資源のない我が国は英国のように名誉ある孤立する訳にはいかない。資源を輸入しなければならないからだ。TPP推進派の議論の核心はこの辺にある。それは否定しない。各国が保護主義に走り、加工品に高関税をかけ出したら、資源ない日本とドイツの経済は困窮する。これは1930年代と相似する。 ドイツ…

眞子内親王殿下と小室圭氏の恋の行方を憲法で考える

憲法24条はまもられるのか?
日本国憲法24条
婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

日本国憲法では婚姻の自由が権利として認められている。前回の投稿でも示したが、第24条は日本国憲法で唯一国民に受け入れられた条文ともいえるので社会の根幹である家族を生み出す唯一の条件が「両性の合意のみ」とした、つまり愛が結婚の認証基盤だとうことだ。


憲法では陛下や秋篠宮文仁親王及び紀子妃殿下がそれを拒否しようがしまいが関係がないと規定している。しかし人権がご皇室にも適用されるかどうかの人権の享有主体性の問題はある。紀子妃殿下や皇后陛下のご心配ははかり知れないが、陛下はご結婚をすでに許可されているので、眞子内親王の心変わりがなければ、延期にはなるが破談になることはないだろう。なぜなら、陛下は日本の立憲君主、象徴天皇としての立憲的立場をよくわきまえていらっしゃるからだ。

もし内親王と圭氏の強い意思で結婚を希望したが、文仁親王や妃殿下のご意向で破談になるようなことがあれば、それは明らかな憲法違反となることだろう。圭氏の母親がどのような人物だろうが、婚姻は憲法では「両性の合意のみに基いて成立」するのである。 母親の借金などということと婚姻とは全く無関係なのである。私は眞子内親王には是非そのようなことで愛する男性との婚姻をやめてほしくはない。勿論合意がなければ―つまりそんな男愛せないと、おっしゃれば別だが。